ビュッデヒュッケ城ホーンテッドツアー
〜パーシヴァル私室〜

「じゃあな」
 ゼクセン騎士団疾風の騎士と呼ばれるパーシヴァルは、夜も遅いというのに身繕いをしてボルスにそう言った。
「また今日も行くのか?」
「ああ。それが何か?」
「何かってお前なあ……」
 同僚であり、烈火の騎士と並び称されるボルスは顔をしかめた。
 今現在、ゼクセン騎士団は、その部隊のほとんどをゼクセン連邦のはずれ、ビュッデヒュッケ城に集結させていた。ハルモニアの元神官将、ルックがしかけた五行の紋章戦争において、長年の宿敵であったシックスクランおよびハルモニアと同盟を結んだためだ。ゼクセンとグラスランド、両者の中間点に位置するこの城は共同戦線の拠点とするのに最適だったのだ。
 もともと中立地帯だったため、人も集まりやすく、物資も十分に補給できる。本当に申し分のない城なのだが……一つだけ欠点があった。
「男と一つベッドで雑魚寝なんて、戦場以外じゃやりたくないんでね」
 パーシヴァルは苦笑してそう言った。
 そう、城唯一の問題。それは、狭さだった。
 もともと、この城はそう狭くはない。むしろ、古い時代に建てられた建物らしく、部屋は豊富で敷地も広い。この辺境に住まう人々の人数を考えれば破格の大きさだ。だが、ゼクセン、シックスクラン、ハルモニア、はてはティントの義勇軍まで加わった軍の規模は総勢二万人。到底一つの城に収容できる人数ではなかった。
 仮宿舎も建ててはいるが、それでもまだ足りない。
 で、その結果、多くの人間が一つの部屋におしこめられることとなったのだ。
 一応役職は鑑みられるが、それにも限度がある。パーシヴァルとボルスも、その例に漏れず、二人部屋となっていた。しかもベッドは一つ。
 まあ、三段ベッドのぎっしり詰められたタコ部屋にぎゅうぎゅうに詰め込まれている一般兵に比べれば全然待遇はいいのだが。
 戦場で贅沢は言えない。それは確かだ。
 だが、どうにか楽ができるのならそうしたいというのも人情。
 それでパーシヴァルの考えついた「どうにか」がこれだった。
「俺と一緒に寝るのが嫌だからって、何も毎晩毎晩女のところに行かなくてもいいだろうが」
 この夜中にパーシヴァルがでかけるところ。それは女のところに他ならない。
 どうせ雑魚寝をするのなら、『柔らかい』ベッドのほうがいいというわけだ。
「さみしいか?」
 おどけた笑いを見せられて、ボルスは吼えた。
「そうじゃない! そう毎晩出歩いていたら身が持たないだろうって言ってんだよ! 朝は早くに起きないといけないし、それに夜は……」
 女のところに行く、ということはつまり毎晩「いたしている」わけで。それで騎士団の業務がこなせたら化け物だ。
 それにこの行動、端から見たらただの色ボケだが、つきあいの長いボルスには、ベッドを譲ってやろうというパーシヴァルのひねくれた気遣いだということがわかってしまっている。
 だから、行き先はともかく、気にしないわけにはいかないのだ。行き先はともかく。
「心配性だなあ」
「パーシヴァル、怒るぞ」
 ボルスの眉がつり上がる。しかし、パーシヴァルはくすくす笑った。
「あのな、ボルス。女のところに行ってるからって毎晩してるわけじゃないぞ」
「はあ?」
「単に抱き合って眠るだけで気持ちいいって感覚がわからないとはなあ……まだまだ子供だな」
 子供扱いついでにのろけられて、ボルスは真っ赤になった。
「おいコラ、なんだよそれっ!」
「自己管理の範囲内でよろしくやってるから気遣い無用だと言ったんだよ、ボルス。じゃあな♪」
「ったく! どこでも行ってこい! もう帰ってくんな!!」
 ボルスの投げた枕をひょいとかわすと、パーシヴァルは足取りも軽く部屋を出て行った。
「やれやれ……」
 廊下に出ると、パーシヴァルは苦笑した。
 ボルスの気遣いが嬉しい反面、くすぐったい。
(しかし、行き先が『ただの女』のところじゃないってわかったらさすがに怒るだろうなあ……)
 パーシヴァルの行き先、それはゼクセン騎士団長クリスのところだった。
 この夜中に訪ねるのだから、関係がただの上司と部下などでは当然ない。
 ……騎士団に漏れたら、八つ裂きにされかねない事実だが(特にボルス)
「さてと、今日はどうするかな……」
 クリスの部屋へ向かうべく、パーシヴァルは歩き出した。
 


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何故かノベルゲーム調……