Gegenwart

 君ほど鈍い男を俺は見たことがないね

「いやーっほーう。メリークリスマス!!」
「……クリスマスは明日ですが」
 突然乱入してきた男を、パーシヴァルはぎろりと睨み付けた。
「あやや……なんだずいぶん不機嫌だな」
 パーシヴァルの様子を見て、部屋に入ってきた金髪ナンパ中年男は眉を上げた。
「そりゃノックもなしに貴方のようなおやじに部屋を強襲されればだれだって不機嫌になりますよ」
「つれないねえ」
「で、何の用なんです?」
「たいした用じゃないさ。クリスマスだっていうのに部屋で転がってる馬鹿の顔おがみに……いやいやいや差し入れに」
 ちゃき、とパーシヴァルの剣が危険な音をたてて、ナッシュは顔を引きつらせた。
「差し入れは嘘じゃないぞー! ほらほら、15年もののスパークリングワイン。チシャ産で絶品」
「どういう風の吹き回しです」
 この男がいつも金がないとぼやいているのは知っている。パーシヴァルがいぶかしんでナッシュを見ると、ナッシュはにやりと笑った。
「ちょっとね。賭で勝ったついでに手に入れたんだが、カミさんの好みはクリスマスでも赤ワインでね。余らせているよりは恋人たちに有効活用してもらおうと思ってさ」
「なら他をあたったほうがよいのではないですか? 私はクリスマスは一人で過ごすことにしてるんです」
「おやおや、クリスは誘わないのかい?」
 男相手にウインクをくれるナッシュに、パーシヴァルは正直頭痛を覚える。
「貴方までそういうことを……私とあの人は」
「なんだ、他の人にも言われたのか。だめじゃんパーシヴァル」
 じろりと睨まれて、ナッシュは『おお怖』と肩をすくめた。
「なあパーシヴァル、いい情報聞きたくない?」
「別に」
「なんだよつまらないな。おじさんとっておきの情報なのにさ」
「……いりません」
「おじさん泣いちゃうよ?」
「泣きたいのならどうぞ。というより、聞かせたいことがあるならさっさと話したらどうです? 私が断ろうがどうしようが、しゃべりたいのでしょう?」
 くくく、とナッシュは笑った。
「ご明察。なあパーシヴァル、さっき旅支度したボルスがクリスの部屋に入っていったの知ってる?」
「実家に戻る前に挨拶に行ったのでしょう?」
「花束とワイン抱えて?」
 ぴた、とパーシヴァルの手が止まった。
「クリスマスを貴女とー……うーんいい告白のタイミングだよなあ。雰囲気いいし。ちょうど休暇だから実家帰らずにそのままかっさらって……」
「ナッシュ殿」
「そのあとどうなったか、知りたい?」
「……」
 ナッシュの、この上なく楽しそうな顔が、この上なく気に入らない。
 パーシヴァルは睨むしかない自分がとても嫌だ。
 くそ、このオヤジの首をそっくり切り落とせれば気持ちがよいのだが。
「知りたい?」
「……」
 にやにや。男は笑っている。
「言いたいんじゃないですか?」
「これはどっちでもいい。しゃべろうがしゃべるまいが、パーシィちゃんおもしろいから」
「ナッシュ殿!!」
「おじさん一つ知りたいことがあるんだよなー」
「何ですか」
 ああもう、ここまでナッシュのペースに巻き込まれたのならもう終わりだ。受け答えするしかない。
「クリスちゃんのこと、好き?」
「…………それは」
 聞きたければ答えろ、と言うことなのだろう。
「私は……別に」
「鈍いねえパーシィちゃん」
 パーシヴァルの唇からこぼれ落ちた言葉を見て取って、ナッシュが苦笑した。
「クリスがボルスに誘われたってだけで、それだけ動揺してるくせに往生際悪いよ」
「貴方に言われたくないです」
「俺だから言うのさ」
 ナッシュは笑っている。その笑いは、今までの笑いとは違って、微量の苦みが混じっていた。
「若いとき素直になっておかないとな、歳とったときに死ぬほど後悔することになるのさ」
「それはまた、実感のこもったお言葉で」
「皮肉でも冗談でもないんだけどね。で、聞きたい? ボルスのその後」
 話が最初に逆戻りして、パーシヴァルはため息をついた。
 ナッシュといい、バーツといい、何故自分の周りはお節介ばかりなのか。
「認めればいいのでしょう? ええ、確かに渡しにとってあの人は特別のようだ」
「いい返事だぜ、パーシヴァル。じゃ、ご褒美だ。クリスはボルスの誘いを断ったぜ。ということは、だ、お前さんにクリスを口説くチャンスはあるわけだ」
「そうですか……」
 ほっと息をつくだけのパーシヴァルに、ナッシュは不満げな顔になる。
「まだふっきれてないな? 本当に往生際悪いな」
「放っておいてください。貴方みたいに後ろに何もない人と一緒じゃないんですから!」
 そう言われて、ナッシュは盛大に笑い出した。
「やー、それでこそパーシヴァル。じゃあワインはここに置いておくから是非使ってくれ」
「はいはい」
 パーシヴァルは、ナッシュの背中を押した。いいかげんこのオヤジの相手は疲れる。
 去り際に、ナッシュはまたウインクしながら一言。
「それ、ボルスのチョイスだから絶対うまいと思うぞー」
「あんたひどいことするなあ!!」
 クリスにふられて傷心のボルスから巻き上げたのかよ!!!

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