七人目は笑う

「わらわの名はシエラじゃ」
 屋敷の客間に落ち着いてから、少女はそう名乗った。
 少女に説明を求めた私たちは、二階にあるこの部屋に案内されていた。屋敷の大部分の部屋とは違って、ここだけはきちんと手入れされている。
 部屋には、眠らされていたリリィとビッキーもいた。説明するのならば、と少女が魔法をといて起こしたのだ。今ここには、屋敷にいる七人全員が集合している。
「シエラ……というと吸血鬼の?」
 リリィが眉間に皺を寄せながら尋ねる。ひじかけよろしくナナシに寄りかかった体勢で少女は頷いた。
「そうじゃ。真なる月の紋章の継承者……始祖にあたる」
「そう……なの?」
 リリィは眉間に皺をよせるだけでなく、額に手をあてた。
「リリィ? 顔色が悪いがどうした?!」
 私が手を貸すと、リリィは体を預けてきた。
「わからないの。この人を見ていると、何かひっかかるような感じをして」
 どうやらこのひっかかりのせいでさっき抵抗ができなかったらしい。
 くすくすとシエラが笑った。
「ああ、それはそうじゃろうな。おんしとは一度会うたことがある」
「え?」
「おんしは小さかったから、記憶が戻っても覚えているかどうかわからぬが、15年前、吸血鬼にさらわれ嫁にされそうになっていたところを助けたのじゃ」
「吸血鬼の嫁ぇ?!」
 リリィが身を乗り出した。
「そうじゃ。ネクロードという、わらわ以外の最後の吸血鬼じゃった。おんしはそ奴に襲われたティントの大統領令嬢じゃ」
「んー、じゃああたしがシエラちゃんをみて懐かしいのはやっぱり会ったことがあるから?」
 ビッキーが可愛らしく首をかたむけた。シエラは微笑む。
「そうじゃろうの。おんしと会ったのも15年前じゃ」
「え? じゃあビッキーも真の紋章を持っているのか?」
 彼女の現在の外見年齢を考えると、シエラの言葉は計算が合わない。私がきくと、シエラはうーん、とうなった。
「ビッキー自身は普通に16歳じゃ。そのへんの事情はややこしい故、記憶が戻ったときにでもゆっくり調べられよ。わらわもよくわからぬ」
「はあ……」
「で、俺はあんたのダンナってことでいいんだよな?」
 人間肘掛けと化しているナナシがシエラを見下ろす。いままでにこにこしていたシエラの表情が不機嫌に歪む。
「まあ不本意じゃがそういうことじゃのう」
「不本意って何だぁ! 俺は記憶をなくしてもあんたに……」
「耳元でどなるな。五月蠅い」
 ナナシは泣きそうな顔をしているが(三十過ぎの男のする顔ではない。決して)シエラのほうはどこふく風だ。ナナシ以外の全員が、彼ら二人の関係を大体理解した。
 つまり、そういう尻にしかれた関係なのだろう。
「おんしの名はナッシュ。わらわとのつきあいはもう十年以上になるかのう。この屋敷にも一応おんしの部屋があるぞえ」
「え? まじ?!」
「屋根裏じゃが」
「……それは冗談だと言ってくれ」
 ナナシ、いやナッシュはうなだれる。こうしてやりとりをみると彼らが夫婦だと言うことがよくわかる。やりとりが自然だ。
「私達も貴女の知り合いなのでしょうか? 私には貴女に対し覚えがないのですが……」
 パーシヴァルがシエラにむかって尋ねた。シエラは顔をあげる。
「おんしたち三人には直接会ったことはない。じゃが、有名人じゃからのう。大体の素性は知っておるぞえ」
 言って、すい、と指をあげた。
「まずそこの黒いのがゲド。新炎の運び手のリーダーじゃ。前回の炎の運び手の戦にも参加しておった」
「……俺が?」
 ゲドの問い返しにシエラは答えない。
「それからおんしがクリス=ライトフェロー。銀の乙女と呼ばれるゼクセン騎士団の団長じゃ。真なる水の紋章をもつ炎の運び手の一人でもある」
「だ、団長?! 私が?」
「で、そこのスカした男の名がパーシヴァル=フロイライン。ゼクセン騎士団の中心人物の一人じゃ。確か通り名が……疾風の騎士、じゃったかのう」
 パーシヴァルは特に自分のプロフィールに疑問はなかったらしい。静かにそれに頷いた。
 ゲドがゆっくりと口を開く。
「俺たちの素性はわかった。だが、どうして記憶を奪われここにいる?」
 射抜くような視線を、しかしシエラはあっさりと受け流す。
「わらわは知らぬよ」
「話が違うのではないのか?」
 ゲドの声が低くなる。部屋を包む空気も同時に重くなる。
「まあ順を追って聞け。まずこの屋敷じゃが、蒼き月の村にある、わらわの館じゃ」
「……?」
 聞いたことのない名前だった。私がいぶかしむ表情をしていることに気がついたのか、シエラは私に笑いかける。
「わらわの第二の故郷じゃ。三百年前まで、ここには吸血鬼達だけが暮らす集落があった」
「それって危なくないの?」
 リリィが当然の疑問を口にする。
「そうでもない。月の紋章さえ近くにあれば、そこから力を補充することができる。じゃから人の血をすする必要はないのじゃ。まあもっとも、それは一人の不埒者のせいで台無しとなったが……と、これは今の話には関係ないか。まあ要はわらわの家じゃということじゃ」
 シエラはナッシュに体を預けながら、ふうと息を吐いた。
 どうしたのだろう、さっきよりしゃべる様子がけだるげだ。
「あれは……昼前のことじゃったか……わらわはとある用のためにこの屋敷に結界をはっていたのじゃ。そこへ、おんしたちがテレポートして飛び込んできた」
「どうして?」
 ビッキーが緑の瞳を見開いてシエラに尋ねた。彼女は苦笑する。
「知らぬ、と言ったであろう。ナッシュがここに行こうなどと言い出すはずもない故、ビッキー、多分おんしがテレポートに失敗したのじゃろう」
「ええ? あたし?!」
 くつくつとシエラは笑う。
「たまにのう。前もテレポートを頼んだデュナン統一戦争のリーダーがトラン湖のまっただ中に放り出されたことがあったぞ」
「しかし、テレポートの失敗程度では記憶までは飛ばないのではないですか?」
 パーシヴァルが問う。そこが問題じゃ、とシエラは頷いた。
「恐らくわらわの張った結界が原因じゃろう。この結界はわらわの月の紋章の力の半分ほどを割いて作った大がかりなものでのう、今夜いっぱい外界と屋敷を完全に隔てるようになっておる。そこへ無理矢理入ってきたせいで、術が干渉しあったのじゃ」
「そんなことが……実際にあるのか?」
 私は魔法には随分うといらしい。判断しようがなくて聞き返すとシエラも困った顔になる。
「わらわも確約はできぬ。じゃが、原因がその程度しか思いつかないというのも本当じゃ」
「じゃあ、結界をといたらどうだ? そうすれば記憶が戻るかもしれない」
 ナッシュがシエラに尋ねる。シエラはぜい、と息をついた。
 やはりだるそうだ。具合が悪いのだろうか。
「それは無理というものじゃ。わらわ自身にももう解けぬ」
「なんだってそんな結界はるのよ!」
 リリィが言うと、シエラは五月蠅そうに目を閉じた。
「月蝕を……知っておるか?」
「月蝕? ん〜〜と、あのお月様が欠けるやつ?」
 ビッキーの答えを、そうそう、とシエラは肯定した。
「わらわは月の紋章を身につけておるゆえ、月の満ち欠けに体調を左右されるのじゃ。一月時間をかけて満ち欠けするぶんにはよいのじゃが、短時間で月の光が失われるときは特別でのう」
「何か起こるのか?」
 ゲドが言う。シエラは頷いた。
「月の光を得られぬゆえ、この日は月の紋章を制御するわらわの力が急速に失われるのじゃ。暴走すると言ってよい」
 シエラはまたふう、と息を吐いた。彼女の顔色はどんどん悪くなっている。
「月の紋章は魔に属する紋章であるゆえ、暴走したわらわの周りは邪気で満たされる。満たされるだけならばよいが、その邪気は濃すぎて、魔物を産んでしまうのじゃ。ここに張った結界は、集まってきた邪気や魔物どもを外部に漏らさぬためのものじゃ」
「成る程ー、そういうことなわけねー……って、それじゃ」
 リリィがシエラの言葉の意味を理解して、顔を引きつらせた。
「これから月蝕が起こって、ここは魔物だらけになるってこと?!」
「そういうことじゃ。それゆえ、おんしたちには一晩結界の中で眠ってもらおうと思ったのじゃが……失敗したのう」
 リリィが立ち上がった。
「だったら最初っからそう言えばいいじゃない! なんでこそこそ隠れるのよ!」
「それは……俺のせいだろう」
 ナッシュが、シエラの体を支えて言った。
「俺は見てのとおりハルモニア人だ。装備からして、多分それなりにやばい仕事をしてたんだろう。ハルモニアは真の紋章を求めてる。その国の人間が真の紋章持ちの女と恋愛……まして指輪まで交換してるなんて、ばれたら一族ごと処刑もんだからな」
 シエラは目を伏せている。
「目を覚ましたとき、俺たちは自分に記憶がないなんて思わなかっただろう? 彼女もそうさ。いつもの俺だと思って、俺が適当に言いくるめるとふんで姿を隠したんだ。違うか? シエラ」
「んー……まあそんなとこじゃ」
 体調がよくないのだろう。シエラは申し訳程度に肯定する。
「だがそれは記憶喪失のおかげで思い切り狂った……と。それで一人ずつ眠らせようとしたわけか」
 私が言葉を次ぐ。ナッシュはシエラの髪をなでた。
「全く無茶するんだから」
「五月蠅い。そもそもおんしがふがいないのが悪いのじゃ」
 具合が悪くてもナッシュに悪態をつくことは忘れないらしい。ゲドは額に手を当てて、息をはいた。
「で、事情はだいたいわかった。だがこれからどうすればいい? ここはそのうち魔物でいっぱいになるのだろう?」
 シエラは無言だった。
「これから結界をはっているのじゃだめ?」
 ビッキーが言う。けれど、シエラの顔色を確認した私達は、事態がそう単純なものでないことがわかっていた。
「これからシエラに結界を張らせるのは無理だろう。俺たち相手に立ち回ったせいで随分消耗してるし、触が近づいているせいか魔力も不安定だ」
 ナッシュが窓に視線を移して言う。外はもう、夕暮れの茜色から宵闇色へとすっかり変わっていた。
「記憶のない俺たちでは、魔力はあっても強固な結界など張りようがない……」
 ゲドが冷静にそう断じた。
「何よ!じゃあこのままおとなしく魔物に襲われろって?」
「まあ待てリリィ」
「クリス、何よ!」
「とりあえず飯を食おう」
「はあ?」
「魔物が襲ってくる。そして私達は外に出られないのだろう? だったらすることは一つだ。飯を食って体力をつけて、月蝕が終わるまで魔物達と戦って生き残る」
 月蝕の時間は長くない。長くて数時間といったところだろう。それまでの間どうにかして生き残ればいいのだ。
「私もその意見に賛成ですね。確かにそれしか道はない」
 パーシヴァルが笑った。
「まあ、考えてもしょうがない、か」
 ゲドがぼそりと言った。
「じゃああたしがんばるね!!」
「ビッキー……テレポート魔法だけは危ないからやっちゃだめよ?」
「えー、リリィさんどうしてぇー?」
「そもそもあんたの事故でしょうが」
 ナッシュがパーシヴァルに笑いかけた。
「じゃ、料理はパーシィちゃんにおまかせってことで。おいしい夕食お願いね」
「なんで私にふるんですか。……料理は作りますけどね」
「疾風の騎士よ、こ奴に食事を作らせるでないぞ。味が濃すぎて食えたものではない」
「何だよあんたも食う気かよ!」
「なんじゃ、おんし食事をしてほしいかえ?」
「勘弁してください。お願いします」
 夫婦漫才があんまりおかしかったので、私達はこの状況だというのに笑ってしまった。

えっと、33333ヒット記念
りん様のリクエストでパークリで「記憶喪失」第五話です

説明ぜりふ苦手……!!
状況が理解できてる人はどれだけいるのか、書いておきながら不安です。
むー……
いやだったら最初から複雑なプロット作るなっていうか

あーわけがわからないという方、言ってくださいね(汗)

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