七人目は笑う

「パーシヴァル、来たぞ!!」
「はい!!」
 玄関ホールに、私達の声が響いた。シエラの放つ邪気から出現した魔物をパーシヴァルの剣が切り裂く。
「このお!」
 私達が立つ場所とは反対側で、リリィも剣を振るっていた。彼女の一撃はクリティカルだったらしく、魔物はあっさり倒れた。
「どんなものよ!」
 にっこり笑ってVサイン。だが、そこへコウモリのような魔物が飛来する。
「リリィ、危ない!!」
 私が叫ぶと同時に、魔物はギャ、とうめき声を上げてその場に落ちた。魔物の首には鉄の礫のようなものが刺さっている。
「油断は禁物だぜ、お嬢さん」
 スパイクを構えた体勢でナッシュが不敵に笑う。リリィはむ、と眉をあげた。
「ありがと! でも次やったら許さないから!!」
「はいはい」
「みんな、どいてくださーい!!」
 中心に立っていたビッキーの杖が光った。緑がかった柔らかな光が広がったかと思うと、いくつもの竜巻が放たれる。
「切り裂きーーーーっ!!!」
 ビッキーの起こした風は、真空の刃でもってホールにいた魔物を全て消し去った。完全にいなくなったわけではないが、とりあえずの脅威は去って、私達はほっと息を吐く。
「小休止、だな」
 ゲドが抜き身の剣を持ったまま私達を見る。息を整えようと、私は大きく息を吐いた。
 シエラの邪気が暴走する間、出現する魔物を倒して生き残るというのは、結構骨が折れる作業だった。なにしろ、守るべき彼女こそが、魔物を製造しているのだから、やっていることは時間と体力の勝負だ。
 今も、一旦魔物を退けてはいるが、シエラの放出する邪気が一定以上にたまればまた復活するだろう。
 取り囲まれて身動きがとれなくなるよりは、と玄関ホールに陣取ってみたが、この作戦もまあないよりまし、という程度だ。
「ゲド、貴方はあと何回魔法が使える?」
「あと二、三回というところだろうな。人手が足りないから時間のかかる大技を使うより、得意な雷の紋章を小出しにしたほうがよさそうだ」
「あたしはまだがんばれるよ!!」
 ビッキーが杖を握りしめる。だが、彼女の顔色はあまりよいとはいえない。彼女もゲドと同じくらいの回数が限度だろう。
「触の終わりは……だいぶ近くなりましたね」
 窓を見上げてパーシヴァルが言った。
 月は半月を通り越し、少しずつだが、確実に元の形へともどり始めていた。恐らく、触が終了するまであと半刻。
「もつかな……」
 つぶやくと、リリィが思い切り背を叩いてきた。
「もたせるの!」
 けれど、それは思うより難しい。
「ぎりぎり、というところか」
 ゲドの判断は相変わらず冷静だ。それを聞いて、ナッシュが笑った。
「それなら大丈夫だな。大抵ぎりぎりって思ったときはなんとかなるもんさ」
「楽天的ねー。それよりあんた、ちゃんとシエラ守ってるんでしょうね」
「俺がカミさん守り損なうはずないだろ。ほら、傷一つないぜ!」
 ナッシュは、すぐ側で寝かせているシエラの姿を私達に示した。成る程、傷どころか魔物の体液といった汚れすらない。
 下手すれば一番の激戦区となりかねないシエラの周りを守っているのはナッシュだ。私達の円陣の一番奥に位置し、彼女に引かれて寄り集まってくる魔物を、最終的に全てしとめている。
「それよりゲド、リリィ、優しさの雫使うからしばらくじっとしててよー」
「はいはい」
 ナッシュを中心に、三人を蒼い光が包み込んだ。私は彼らから視線を外して、今もどこからか私達を伺っているはずの魔物へと注意を向ける。
「クリス、大丈夫ですか?」
 パーシヴァルが隣に立つ。私はその顔を見上げた。
「なんとかな。大丈夫だ、まだ剣は振れる」
「私達も回復しておきましょう」
 ぽわりとパーシヴァルの手に、先ほどのナッシュと同等の蒼い光がともる。
「すまんな。真なる水の紋章をつけているというのに、魔法が役にたたなくて」
「人には得手不得手があるからいいんじゃないですか?」
 傷を癒しながら、パーシヴァルは優しく微笑んだ。
「お前は私を甘やかしすぎだ……」
「そうですかね?」
 パーシヴァルは不思議そうにあごに手をあてた。
「私は、ただ貴女を守ると言った、その宣言を実行してるだけですよ」
「お前という奴は……」
「なんですか?」
 いや、と私は首を振った。
「私は幸運だな、と思って」
「幸運?」
 パーシヴァルは、私の顔をのぞき込む。
「確かにこんな事態に陥ってしまって、絶対絶命なのだが、それでも背中を預けられる人間と一緒だから」
 状況は最悪。だけど、怖くはない。
 彼が背中を守ってくれているから。
「クリス……」
「ん、何だパーシヴァル」
 パーシヴァルの顔が大まじめなものになったから、今度は私がきょとんとする番だ。
「私達って、もともとつきあってたりしませんかね?」
「はあ?! な、なななななななな何を言い出すんだ突然!」
「いやなんとなく」
「し、知るか! そんなの覚えてない!!」
 私の悲鳴のような声に驚いてナッシュ達がこっちを見ていた。
 パーシヴァルはくすくすと笑っている。
「パーシィちゃん、クリスにセクハラしちゃだめだよー?」
「ナッシュ殿、貴方じゃないんですからそんなことしませんよ」
「お前記憶戻しても絶対俺のこと嫌いだろう……」
「それは断言できますね」
 軽口をききながら、パーシヴァルは私から離れる。私は激しい動悸を押さえ込むので精一杯だ。
 パーシヴァルは、ちょっと振り返ると笑った。それはとても人の悪い笑顔。
「記憶戻るの、楽しみですね」
「ああそうだな!」
 全く、こいつはいい奴かもしれないが、悪い男でもあるぞ! 絶対!!
「いつまでじゃれてる、新手がきたぞ」
 ゲドが剣を構え直しながら言った。ホールの端に目をやると、新たに現れた魔物がそろりとこちらを伺っていた。
「とにかく、死ねないですね」
「もっともだ」
 私も剣を構える。こちらを伺っている魔物の数はどんどん増えていた。
 傷を癒したとはいっても、数時間の戦闘で体力自体はかなり消耗していた。先ほどまでも軽口はほとんど強がり。
 慣れているはずの甲冑が重い。ただ握っているだけの剣も、気をつけないと取り落としてしまいそうだ。
 けれど、止まれない、死ねない。
 失った私の記憶のために。
 何より、この場にいる仲間のために。
 魔物の一匹が飛び出した。それを合図に、黒い津波のような集団がこちらへ押し寄せてきた。
「私は死なない!」
 叫びは祈り。
 祈りは力となり、私の剣に宿る。
 魔物を切り裂きねじ伏せ、私は駆けた。とにかく生き残るためには、最小の労力で敵を倒すことが必要だ。
「ふせろ!」
 ゲドの怒号と、辺りを支配する金の光。雷の紋章の力が発動したあと、ホールの魔物は半減していた。
 だけど、半減しただけ。いなくなったわけじゃない。
 残る魔物にまた、剣を振るう。
 別の方向では、ビッキーの魔法が発動していた。
 ちらりと振り返ると、窓の外の月はほぼ満月になっているのが見える。
 あと、ちょっと。
 まだ体力にはなんとか余裕がある。どうにかなりそうだ。
 だがそういって、ほっとしたのが悪かった。
「っ!!」
 ずるり。
 たった今刺し貫いた魔物の体液が床を塗らしていた。それをまともに踏んづけた私の靴はそのまま床を滑る。
 体勢を立て直そうにも、重い甲冑がそれを阻む。
 乱暴に重力に引き倒された私は、無様にも床に転がった。
「クリス!!」
 パーシヴァルが駆け寄る。のばされた手につかまって起きあがろうとした私は、パーシヴァルの背中ごしに、爪を振りかぶる魔物の姿を見た。
「パーシヴァル、後ろ!!」
「え」
 彼は、振り返る。
 だがそれでは遅い。呆然と見上げるしかない私は、悲鳴にならない声を上げる。
 爪は正確にパーシヴァルの頭を刺し貫こうとしていた。
「パーシヴァル!!」
 彼を死なせるわけにはいかないのに!
 爪が、パーシヴァルを貫く一瞬前、奇跡はおきた。
「触は終わりじゃ」
 ホールにシエラの凛とした声が響き渡ったのだ。次いで、まばゆいばかりの白い光がホール全体を支配する。いや、屋敷全体か。
 光が収まったとき、魔物はきれいさっぱりいなくなっていた。
 見上げると、無事な姿のパーシヴァルがにっこり笑って立っている。
(よ、よかった……)
 なんとか間に合ったらしい。私は涙が出そうになるのを必死でこらえた。
「ご苦労じゃったの……もう心配はいらぬ。わらわは復活した」
 出会った時とはうってかわって、晴れ晴れとした表情でシエラは立っていた。最初見たときも綺麗だとは思っていたが、顔色のよくなった今は、輝くばかりだ。
「怪我はあっても、誰一人欠けずにすんだようじゃな。……よかった」
「あとはこの屋敷を包む結界だけだな。これは一晩たてば消えるのだったか」
 ゲドがシエラに尋ねた。シエラはうーん、と可愛らしくうなる。
「そうじゃのう、栄養補給をすれば今すぐ外すことは可能じゃが」
 言って、シエラはナッシュをちろりと見る。見られたほうは、ざざ、と音をたててあとずさった。
「あ、あの〜〜栄養補給って、シエラさん、もしかして……」
「あれ以外に何がある」
 当然のように言い捨てられて、ナッシュは肩を落とした。
「この疲れてるときに貧血になったらまじでやばいって!!」
「では他の者から補給するとしよう。ゲド、首を出すのじゃ」
「待て待て待て!! それはもっと嫌だ!」
 ナッシュはシエラの肩を掴んだ。うるさそうにシエラがナッシュを見上げる。
「で?」
「……わかった。わかりましたよー、もう」
 ナッシュはため息をつくと、引っかけていたマフラーを外した。そしてジャケットのボタンも外すと首筋をさらす。
 体をかがめるナッシュの首に、シエラが腕を巻き付けた。そして、首筋にキスするようにして、牙をたてる。確かに旦那以外にしては行けない体勢だ。
「……っ……」
 ナッシュの顔が苦痛に歪む。それとは対照的に、シエラの顔はうっとりと満足げだ。
 血を吸われたナッシュの顔が貧血にゆがみはじめたころ、やっとシエラは彼を解放した。
「ふむ。それなりに美味じゃったの」
「そいつはおそまつさまで」
 シエラはぺろりと唇を舐めると、天井に向かって手を伸ばした。
「我が月の紋章による封印よ……その用はもう成した。砕けるがよい!!」
 手から伸びる銀の光芒。
 それは天井から屋敷の二階に、そして屋敷全体をかけめぐる。
 どこかで何かが砕ける音がして、屋敷を覆っていたなにかが消え去った。
 そして。
「これで結界は消えたが……」
 そこまで言って、シエラは言葉を切った。私達の様子が一様に変だったからだ。
 屋敷を覆う結界のせいで私達の記憶がとんだのだという、シエラの推測は当たっていた。結界がなくなった瞬間、私達は一斉に記憶を取り戻していた。
 頭を駆けめぐる情報の多さと戦いながら、私は記憶を整理していく。
 そうだ……私はゼクセン騎士団長クリス=ライトフェロー。
 父ワイアット、母アンヌの娘。
 六騎士と呼ばれる仲間がいたんだ。名前はサロメ、ボルス、レオ、ロラン、見習いのルイス。
 それから……
「パーシヴァル?」
「クリス様」
 私達は、たった今知り合ったばかりのように、まじまじとお互いを見つめ合った。
 パーシヴァル=フロイライン。
 疾風の騎士と呼ばれる優秀な騎士で、それから
 私の同僚。
(な、なんだ……ただの同僚じゃないか!!)
 艶っぽい空気とはかえって無縁の、騎士団の仲間。
 それなのに都合よく期待をしていた自分が恥ずかしい。
 っていうか、穴があったら入りたい。
 無意識に開いた口から、乾いた笑いが漏れた。
「は、はは……そうだった。お前は私の部下だったな」
「貴女は私が剣を捧げた人だ」
 うん。確かにそうだった。
 私はここへとばされるまでのことを思い返す。
 あれは今朝のことだ。父ワイアットが私に紋章を預け、天に召された数日後、炎の英雄ゲドがビッキーをつれてやってきた。
 ビッキーのレベルあげにつきあってほしいとのことだったけれど、恐らく父のことで落ち込んでいる私を見かねて、外に連れ出そうとしてくれたのだろう。
 だから、私は護衛にパーシヴァルを連れて、彼についていくことにしたのだ。途中、おもしろがってついてきたナッシュと、(多分彼女も心配していたのだと思う)強引に連れて行けと主張したリリィを加えて六人で出発。山道で順調に戦闘を行っていたときに、私達は運悪く破壊者の一行と鉢合わせをしてしまった。
 彼らは四人だが、実力差はあまりにもありすぎる。それで大あわてでビッキーにテレポートを頼んで……急かせすぎて事故を起こしたのだった。
「あ、ビッキーちゃんだ!」
 ビッキーが窓から中庭を見て叫んだ。結界がなくなったおかげで、やっと分身の気配を掴むことができたのだろう、小さいビッキーが出現しているところだった。そして、その後に続くようにして、十二小隊の面々、ハルモニアの神官将ササライ様、六騎士の連中が姿を現す。
「迎えにきてくれたんだ……! わーいっ!!」
 ビッキーが駆け出す。ゲドとリリィが苦笑しながらそのあとに続いた。ナッシュはというと、シエラを抱きかかえてこっそり二階へと避難を始めている。
 ま、彼のことは今はそっとしておこう。
「行かなくてはな」
 彼らを追おうとした私の手を、誰かが掴んだ。
 いや、誰かなんて訊くまでもなく、パーシヴァルが掴んでいたのだけど。
 意味がわからず見上げた先には、見慣れた訳知り顔のパーシヴァルがいた。
 わかっているのでしょう、そう言いたげに。
「……」
 ああそうだ。私はわかっている。
 彼と私が恋人だっていうのは記憶をなくしていた間にできた夢。
 けれど、その夢の間にわき上がった気持ちと、記憶をなくす前から抱いていた気持ちは全く同じだ。
 私は、ポケットの中の細密画を思い出す。これは街の露天で売られていたのを『おもしろそうだから』とごまかして嘘に引きつった顔でようやく手に入れたものだ。
 自分の持つ感情の意味も、ちゃんと理解している。
 わかっているけど、なんだか彼のその余裕が気に入らない。
 気に入らなかったから、私はパーシヴァルの手を思い切り力をこめて握り返してやった。
「痛っ……」
 顔をしかめた様子が小気味よくて、私は笑う。すると、パーシヴァルは私を引き寄せて抱きしめた。


おまけエピローグ









えっと、33333ヒット記念
りん様のリクエストでパークリで「記憶喪失」最終話です

やったーーーーーーっ!!
やっと終わったよ!
ママン、ぼくはやったよ!
パークリのくせにナッシュでばりすぎとか
パーシヴァル影薄いとか
それ以上にビッキーの影薄すぎとか
いろいろつっこみどころがあるのですが!!
とにかく完結です!!
今回このタイトルは森生まさみの漫画が元ネタです。
タイトルだけじゃないって噂もありますが
りんさんごめんなさいね……こんな暴走野郎で。
引かないでくれるとありがたいです。

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