七人目は笑う

 姿を消したナナシとビッキーを探すために、私たちは玄関ホールへと戻ってきていた。この場所は吹き抜けになっていて、二階へとスロープ状の階段が設置されている。
「気をつけてください」
 先を歩くパーシヴァルが、私を振り返った。先頭を行くゲドもこちらを見ている。
「ああ、大丈夫だ」
 言ってから振り返ると、最後尾を歩いていたリリィが苦笑した。
「もー心配のしすぎよ! それよりも早くビッキーを見つけましょ。おっさんはどうでもいいけど」
「それはそうだ」
 ゲドが足早に階段を上がる。パーシヴァルも同様に。私もそれに続こうと、階段に足をかけたときだった。
「……っ!!」
 玄関ホールが霧に包まれた。身を刺すような冷気が一気に充満する。
「これは……氷の息吹!」
 冷気は形を取り、床から次々に氷の柱が出現する。氷とはいえ、この勢いだ。当たればただではすまない。私は紋章の効果範囲から逃れようと玄関ホールを疾走した。
「くっ」
 間一髪、床を駆け抜けて転がると、今まで走ってきた所を氷の柱が覆っている。まるでハリネズミみたいだ。
「クリス!」
「私はここだ! 怪我はない!」
 急激に空気が冷えたせいで、霧はまだ出現したままだった。私を呼ぶパーシヴァルの声は遠い。
 七人目のしかけた効果的な分断作戦には舌をまくばかりだ。
「リリィ!」
 私は彼女の名前を呼びながら玄関ホールを見回した。彼女も玄関にいた一人。どこかすぐ近くにいるはずだ。
「リリィ?!」
 私は氷ほ柱を注意深くよけながら走った。しかし、彼女の返事はない。
 おかしい。彼女の性格なら、すぐに怒鳴り返してきそうなものなのに。
「リリ……」
 そこで、私は足をとめた。
 紫の騎士服に栗色の髪、そして赤い羽根飾りのついた帽子が見える。彼女は無事だった。
 声をかけようとして、私はぎくりと動きを止めた。
 彼女は一人ではなかった。
 彼女の正面に、見知らぬ人影がある。
 白銀の髪に白い肌。白いワンピースを着た少女だ。およそ現実味のない、白く抜けるようなその姿のせいで、一瞬氷の化身かと思う。
「……」
 少女が何かをつぶやいた。剣を持っているはずのリリィは、抵抗らしい抵抗をせずにその場にくたくたと倒れる。
「リリィ!!」
 どうして?
 気の強い彼女が抵抗をしない、そのわけがわからなかった。
 剣を抜いて走り寄ると、少女はこちらを向いた。深紅のルビーアイが私を射抜く。
「控えよ」
「控えられるか! リリィに何をした!」
「眠っておるだけじゃ。危害を加えるつもりはない」
 少女は静かに言うと、リリィを見下ろした。その様子はとても静かで、見かけ以上の年齢に見える。
「眠らせているのがもうすでに危害じゃないか!」
「そうとも言うな」
 くす、と笑うと少女は私に手左手を差し出した。その薬指がきらりと光る。白銀の指輪だ。
「……?」
 いぶかっていると、その手を中心に風が集まり始めた。今度は、風の紋章魔法、眠りの風の気配がした。
「……く……」
 自分の意志に反した、強烈な眠気が体の自由を奪う。私はその場に片膝をついた。
 駄目だ、寝ちゃいけない。
 彼女の思惑が何かはわからないが、それにはまるわけにはいかない。姿を消した二人や、倒れているリリィを助けるためにも。
「眠れ……」
 少女が私に近づく。
 見下ろしてくる白い面は困ったような表情だ。
「嫌……だ」
「頼むから、眠っておくれ。それがおんしたちにとって一番よいことなのじゃから」
「何……一番……?」
「ただ一晩でよい。おとなしく寝ておくれ」
 ルビーアイに浮かぶのは敵意でも、悪意でもなかった。ただひたすら、慈しみ、悲しむだけのもの。
「な……」
 どういうことかと聞き返そうとしたが、もう口はほとんど動かなかった。まぶたも鉛のように重い。
 駄目だ……寝ては。この少女を止めなくて……は……。
「クリス!!」
 世界が闇に閉ざされる一瞬前、貫くようなパーシヴァルの叫びが響いた。
「クリス!! 大丈夫ですか!!」
 叫びとともに、立ちはだかるパーシヴァルの背中。ここへたどりつくまでに引っかけたのだろう、騎士服の裾はあちこち裂けていた。
「もうたどり着きおったか……!」
 ち、と舌打ちをして少女が離れる。パーシヴァルは剣を抜き去ると少女に向かって構えた。
「貴様、クリスに何を……!」
 膝をついて頭をたれた私を確認してパーシヴァルの表情から余裕が消えた。疾風さながらに、剣とともに駆け出す。
「おぉ……!」
 怒りをそのまま刃に変えて、繰り出した剣は、殺意をもっていて鋭い。
「パーシ……」
 魔法の余韻でうまく動かない体で私はあえいだ。
 だめだ、彼を止めなくては。彼女は確かに私を眠らそうとはしていたが、それは殺されるほどのことではない。
 止めなければ……!
 けれど、体はいうことをきいてくれない。間に合わないと思ったその次の瞬間、今度は少女とパーシヴァルの間に緑の影が割って入った。
 ガン!! とすさまじい音がして、パーシヴァルの剣が止まる。
「ナナシ……! 貴方何故!!」
「悪いなパーシヴァル。この女を傷つけられちゃ困るんだ」
 パーシヴァルの剣を受け止めてにやりと笑った男、それは消えたはずの金髪男、ナナシだった。
「ナッシュ! おんし何故ここにおる!」
 少女も予想外だったらしい、驚いて目の前の男を見上げた。ナナシはウインク一つ投げてよこす。
「結構魔法に耐性があるみたいだね、俺。それともあんたの魔法に、かな。さっき目が覚めた」
「ナナシ、どいてください。彼女はクリスを」
「眠らそうとしただけだって。そうだろ? クリス」
 視線をむけられて、私はやっと頷いた。
「そうだ……だから彼女を殺す程のことじゃない。パーシヴァル、剣を引いてくれ」
「しかし」
「どうなってるんだこれは……」
 遅れて追いついてきたゲドが、状況がわからずにうめくようにつぶやいた。ナッシュがあいたほうの手をひらひらと振る。
「やっほーゲド、心配かけてごめんねえ」
「ビッキーは?」
「……ビッキーの心配のが先ね。まあわかるけど。彼女も寝てるだけだよー」
「へらへらしてないで説明してもらえますか? ナナシ! 貴方一体どうして戻ってこれたんですか。それに何故彼女をかばうんです」
 まだ剣を構えたままパーシヴァルが言った。ナナシは苦笑する。
「だから、魔法に耐性があったからすぐに目がさめただけだって。部屋の閉じこめられてたから、脱出するのに少し苦労したけど。この人を守るのは、俺にそれだけの理由があるから」
「……貴方、七人目の仲間だったんですか?! 記憶がなかったのでは」
 パーシヴァルが聞き返す。しかし、彼が七人目の仲間では、いろいろと筋の通らないものが出てくる。ナナシ自身も首をひねった。
「そこのところはよくわからない。記憶がないのは本当だしね。でも、これを見つけてしまったから」
 言って、ナナシは左手の手袋を外した。男性にしてはやや細めの整った指がさらされる。
 その薬指には、少女のものと全く同じデザインのプラチナの指輪があった。
 左手の薬指にはめる、おそろいの指輪。それが意味するところは一つだ。
「こんな事情なんでね、俺はこの人をかばわないわけにはいかないんだ」
「え……え?」
 私たちは、少女と金髪男を見比べる。少女の歳のころは15、6。ビッキーとそう変わらない。対して男のほうはどうみても三十より下には見えなかった。
「ナナシ……お前ロリコンか?!」
 思わず口をついてでた疑問に、ナナシは笑った。
「さー? 俺記憶ないからよくわかんないや。ただ一つ言えることがあるとしたら」
「あるとしたら?」
「この人はめちゃめちゃ好みだ」
 大まじめに言い切った言葉に、怒りを覚えたのは何も私だけではないと思う。
「それをロリコンというのではないか?」
 ゲドがぼそりと言う。
「あーなるほどねえ」
「なるほどじゃありません! クリス、この馬鹿切って捨てていいですか?!」
「少女はともかくとして、ナナシは殺していいかもしれんな」
「ああっ、クリスちゃんひどい!!」
 ふざけた発言をしつつも、油断なく構え会っているナナシとパーシヴァルの様子が、かえって情けなく見えるのは何故だろう。
「……とにかく」
 ゲドがため息混じりに言った。
「七人目、説明してもらおうか? 何故俺たちがここにいるのか、そして何故眠らせようとしたか」
 少女に視線が集まる。
 彼女は、一瞬瞳を伏せるとこっくりと頷いた。

えっと、33333ヒット記念
りん様のリクエストでパークリで「記憶喪失」第四話です

やっとなんだか区切りらしきものが。
ココまで書いてひとつまずいことに気がつく……
雷の紋章に風の紋章、水の紋章って……
シエラいくつ紋章つけてんのさ!!
(無計画に書くからこんなことに…!!)

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