七人目は笑う

「あれは一体なんだったんだろうな?」
 廊下を歩きながら、私は言った。
「人ですよ。間違いなく」
 一緒に歩いていたパーシヴァルが応える。
「……だよ、な」
 人影を見た後、私たちはもう一度、屋敷の中を詳しく探索することにした。
 とはいえ、屋敷は広い。私とパーシヴァル、ナナシとビッキー、ゲドとリリィという二人ずつ3チームに分かれてそれぞれ見回っている。私たちの受け持ちは、広間などを中心とした一階だ。
「だとすると、どうなるんだろう? 遅れて目を覚ました誰かか? それとも」
 私たちの記憶を奪って閉じこめた誰かか。
 言葉にしなかったその意図を、つきあいが浅いはずのパーシヴァルは的確に汲み取る。
「これだけ探しても姿を見せないのです。どういう立場にあるにせよ、きっと七人目は私たちの味方ではないのでしょう」
「……だろうな」
 パーシヴァルは注意深く歩を進める。
「私は、この六人のメンバーにも少し不安を覚えます」
 私は顔をあげた。それは、自分も思っていたから。
「まず、私たち。この甲冑のデザインから判断するに、グラスランドの西に位置するゼクセン連邦の騎士団の団員と見て間違いないでしょう」
「ああ。装備からして、お互い一個師団の隊長以上の階級だろう」
「それからゲド殿。彼は傭兵のようですが、彼からは何か妙な波動が発せられています。強い……紋章の力でしょうか」
「それはビッキーも同じだな。悪い娘とは思えないが……」
「ふと見たのですが、彼女、瞬きの紋章をつけていました。珍しい紋章ですよね」
 瞬きの紋章とは、テレポートを主とした、特殊な魔法だ。暴発も多いと聞いている。
「リリィについても不思議なところが多い。あのなまりだから、ティントのあたりの出身だと思うが、そんなところのお嬢様が剣を持ってハルモニアにいることがわからない」
「本人の性格からかなり破格のお嬢様だったということはわかりますが、そこまでですね」
「それからナナシ……名前もわからないあいつはあからさまにうさんくさいな」
 私が顔をしかめると、パーシヴァルも頷いた。
「格好から類推するしかないのですが、彼のあの髪と瞳、恐らく……」
「ハルモニア人、だろう?」
 見上げると、パーシヴァルは口元だけで笑った。
「気づいていらっしゃいましたか」
「ああ。ハルモニア人……特に貴族連中は特徴的だからな」
「の割には服装が軽装で、どういった人物なのかが判別できません。傭兵にしても、徒党を組むタイプではなさそうですよね」
「一つだけぴったりの職業があるぞ?」
 部屋の中を確認しながら、私が言う。パーシヴァルは軽く首をかしげた。
「何です?」
「スパイだ。ハルモニアの」
「……だとすると、ますます状況がわからなくなりますよね」
「ああ。敵対しているはずのゼクセン騎士団とハルモニアの諜報員。そして、傭兵とお嬢様、魔法使い。六人といえばちょうどパーティが組める人数だし戦力的にも組み合わせは悪くない……が」
 パーシヴァルは、辺りを探索する手を止めた。
「そんなことは普通、ありえないです」
「何か戦闘中にことが起きたのだろうか……」
「とすると、記憶を呼び戻したときがまた危険ですね」
 パーシヴァルは、自分のあごに手をあてて考え込む。私も、探索する手を止めた。
「クリス、私と貴方はおなじゼクセン騎士団です。それに……記憶はほとんどないですが、私は貴女を信用できる、と確信しています」
「……そう、か」
 パーシヴァルは私を見ていた。じっと。
「貴女のことは、私が守ります。絶対」
「……パーシヴァル……」
 言葉を探していると、パーシヴァルはおどけて笑った。
「仲間ですからね」
 言われて、やっと息ができた。
(仲間、か)
「そうだな。では私もパーシヴァルを守ろう。絶対に」
「それは頼もしいですね」
「あ、信用してないな?」
 軽く睨むと、パーシヴァルは逃げるように廊下の戸を開ける。私はそれを追った。
「そんなことはないです……と」
 扉をくぐったパーシヴァルが足を止めた。彼の肩越しに、その先を見ると質素な造りの階段がある。
「あら、パーシヴァルとクリスじゃないの」
 見上げると階段の上にリリィとゲドが立っていた。彼らの分担は二階だ。その途中でこの階段の上にたどり着いたのだろう。
「二階の探索は大体終わったわよ。あんたたちは?」
「これからこの奥に行くところです」
「じゃ、一緒に行くわ。待ってるの、退屈だもの」
 ト、ト、とリリィは軽やかに階段を下りてくる。ゲドがゆっくりとそれに続いた。
「ここは……屋敷の中でも裏になるみたいだな」
 ぼそり、とゲドが階段室を見回しながら言った。玄関ホールにあった大きな階段に比べて、この階段室は狭いし、階段の造りも簡単だ。
「だろうな。この先は厨房と使用人部屋があるようだ」
 私が言うと、リリィは腕組みをして辺りを睨む。
「吸血鬼のくせに、礼拝堂以外は普通の屋敷の造りなのよねー、生意気だったら!」
「……それは、論点が違うだろう……」
 しかし、リリィはゲドのつぶやきを聞いていない。
「上の様子はどうでした?」
 パーシヴァルが言うと、ゲドは首を振った。
「特に人影らしきものは……ない」
「でも、何部屋か絶対に開かない部屋があったのよねー! 館の主人の部屋と客間だと思うんだけど、すっごい頑丈で!」
「が、頑丈?! リリィ、何を……」
「たいしたことじゃない。そこらにあった椅子で扉を殴っただけだ。扉は結局開かなかったが」
 ゲドが補足説明を付け加えた。相変わらずパワフルなお嬢様だ。
「では、まだ隠れている余地はあるわけだな」
 奥廊下を通り抜け、私たちは厨房へと向かう。そこで不思議なことに気がついた。
「あれ、このへん埃が少なくないか?」
「やっぱりクリスもそう思う? さっきから変に思ってたのよー。二階もね、その絶対開かない部屋のあたりだけここみたいに埃が少なかったの!」
「妙だな」
 私は足を止めて首をひねる。パーシヴァルも切れ長の瞳を細めた。
 埃が薄い場所……そこはつまり、掃除をされたか人が通ったか、どちらにしろ最近人の手が入ったという証拠である。
「誰か、この屋敷にいるのでしょうか?」
「可能性がないわけでもない。もっとも……俺たちがそうしたという可能性もないわけではないが」
 ゲドの意見はあくまで慎重だ。パーシヴァルが頷く。
「ええ。それもあるでしょう。でしたら、厨房を見ればもっと状況がわかるかもしれません」
「厨房で?」
 私が聞き返すとパーシヴァルは笑った。
「ええ。台所はいつも使う場所ですからね。ここに人がいるならそこが一番頻繁に使われているはずです……と。簡単にはいかないみたいですね」
 厨房の扉に手をかけたパーシヴァルが小さく舌打ちをした。がちゃがちゃ、と何度か取ってを押したり引いたりするが、扉は開かない。
「鍵がかかっているみたいね! ようしそれなら!!」
「やめておけ」
 がちゃん。
 リリィが扉に蹴りをいれる一瞬前、ゲドが扉の鍵を壊した。中途半端に曲がった取ってをつけたまま、扉が力無く開く。
「何すんのよー! 私が開けようとしてたじゃない!」
「……扉のガラスが割れる」
「何よ! 鍵が壊れるのはいいっていうの?」
 彼女のやり方では、鍵もどっちみち壊れると思うのだが。
 しかし、つっこんだところで彼女は取り合わないだろう。
 部屋の中は、やはりほこりっぽかった。館の大きさにあわせるように、厨房はかなり広く作られている。人がたくさんいたころには、ここで常に人が仕事をしていたのだろうが、今は静かだ。
「あまり、使っていないようだな……」
「そうでもないですよ」
 率先して厨房の奥へと行ったパーシヴァルは、水瓶をのぞきこみながらそう言った。それから、ぱたぱたと辺りを調べ始める。
「水瓶には澄んだ綺麗な水がためてありますし、このあたりのシンクだけ、ちゃんと掃除されています。それに……ああ、やっぱり」
 床に埋め込む形で作られた貯蔵庫を開いてパーシヴァルは笑う。
「ほら、ここに貯蔵してある野菜や肉なんかも新鮮ですよ。これはつい数日前まで、いえ、今人がいるという証拠です」
「成る程……それは、私たちが用意したものだろうか」
 パーシヴァルの後ろから、貯蔵庫をのぞき込む。彼は首を振った。
「いえ。それはないでしょう。六人で生活するには量が少なすぎますし、ほら、そちらの戸棚の食器」
「……これか?」
 シンクのそば、ひとつだけ埃のたまっていない食器棚をゲドが開けて見ている。その中にはティーセットや皿が一組、きちんと手入れされて収められていた。
「ちょうど一組……ここに暮らす人間は二人、ということか」
「あたしたちじゃない誰か……あれ? っていうことは」
「八人目がいるかもしれない、ということか?」
 あまりいい気分のする想像ではなかった。得体のしれない七人目。そして、そのほかにひっそりと身を隠している人間がいるかもしれないのだ。
 いや隠れているだけならばいい。それが、私達を観察し、攻撃の機会をうかがっているのだろうとしたら?!
 私たちが思わず言葉を失った瞬間、厨房の中が光った。
「きゃああああああっ」
「うわああっ!!」
 一瞬の光のあと、シンクの上に人が二人出現する。彼らはもつれ合って床に転がった。
 剣を抜きかけた私たちは、その二人の人物を確認して、なんとかとどまる。
「ナナシ! ビッキー!! なんでお前達がいきなり現れる!!」
「い、痛たたたた……や、あれ……なんだ屋敷の中か」
 ビッキーをかばったせいで、背中から床に転がったナナシはそのままの体勢で私達を見上げた。彼の上に正座した状態でビッキーはおろおろを周りを見回す。
「ナナシさ〜ん、ごめんなさい、失敗ちゃった……」
「あー大丈夫、大丈夫。それよりビッキーは怪我ないな?」
「はい!」
「…………いや返事はいいからどいてくれ」
 ビッキーが腹の上からどいて、ナナシが体を起こすのを待ってから、私たちは彼を睨んだ。
「……で? どうして貴方がいきなり厨房に現れるんです?」
「そう怒るなよパーシィちゃん。ビッキーが瞬きの紋章装備してるから、テレポートでこの屋敷の外に出られないかなーと思ってやってみたんだって。失敗してここにでてきちゃったけど」
「そういうことは、他に断ってからやれ! 大体地下の探索はどうした、地下の探索は」
 私が見下ろしながら睨むと、ナナシはへろりと笑った。
「地下にはワインセラーと地下墓地があったけど、とくにおもしろいものはなかったよー。意外に狭くてさ、あっさり終わっちゃったから暇で」
「だからってビッキーにいらないことをさせるんじゃない」
「なんだよー、ひどいなお姫様。俺だって外に出るために努力してだなあ……」
「そのままとんずらしようとしていたりしてな……」
 ぼそりとゲドが言う。ナナシはあわれっぽい声を出した。
「そんなことしないってば! 信用してくれよ」
「そういうことは一つでも信用できることをしてから言うんですね」
「冷たいよ、パーシィちゃん」
「だからそう呼ばないでください」
 パーシヴァルがすげなく言い放つと、ナナシはがっくりと肩を落とした。全く、自分の言動そのものが原因をつくっていると自覚しているのだろうか、この男は。
「クリスさんたちのほうはどうでした?」
 ビッキーが緑の瞳で私を見上げた。
「ん? ああ、たいしたことは見つかってないよ。食料があるから、誰かいるんじゃないかってことはわかったがな……」
「へえ……恥ずかしがり屋さんなのかなあ……」
 ビッキーの平和な思考回路に、私たちも思わず笑ってしまう。本当に、世界がそれだけ単純ならばいいのだが。
「ごはんかあ……」
 食料庫をのぞき込んだビッキーの腹から、きゅうぅ……という、可愛らしい音がした。
「あ」
 ビッキーが顔を赤くして、顔を上げる。パーシヴァルが彼女にやさしく笑いかけた。
「そういえば目が覚めてからこっち、何も食べてませんでしたからね。その前は、いつ食事をしたかわかりませんし。材料はありますから、パンでも作りましょうか」
「お、賛成! 俺も腹減ったー」
 ナナシが調子よく手を挙げる。パーシヴァルはそれを冷ややかに見下ろした。
「勝手なことをした罰に貴方のは少なめ、ということで」
「パーシヴァル、俺のこと、嫌いだろう……」
「さあ?」
 しかし、その言動が何かを裏付けている。私は、食料庫に入っている食料に手を伸ばした。
「パンか……できたら私も手伝おう。材料はこれか?」
 何気なく、パンの材料に使えそうなものを手にとってパーシヴァルに聞いてみる。しかし、彼の顔は何故か引きつった。
「いえその……クリス、悪いのですが、それはパンの材料には使えないかと」
「え?」
「クリス、あんたそれ味噌よ。どーすんの」
「えええ?」
 リリィのつっこみに私は慌てて聞き返す。だって白いじゃないか!!
「それは白みそ。赤みそもあるから混ぜて使ってたかなー?」
 ナナシも一緒になって食料庫をのぞき込んだ。
「赤みそと白みそ……なんだ混ぜたらピンク味噌にでもなるのか?」
 白と茶ではそうはなりそうにないが。言うと、全員の顔が引きつる。
「いい。あんたが料理できないっていうのはよーくわかったわ。ここはあたしとパーシヴァルがやるからおとなしくしてなさい」
「なんで! たかが味噌じゃないか!」
 しかし、誰も私には賛成してくれなかった。

「クリスさん……おなかすいたの?」
「ん……まあそんなところだ」
 厨房のすぐ隣にある、使用人用のものらしい食堂で私たちは食事ができるのを待っていた。厨房では、パーシヴァルとリリィが料理を作っている。
「何お姫様、やきもち?」
 にやーり。
 顔をあげると、間近にナナシの人の悪い笑顔があった。思い切りぶん殴りたい衝動を私は抑える。
「別に。そんなことはない。腹が減っているだけだ」
「そう? 素直じゃないなあ」
 にやにや。
 ナナシは自分の考えを曲げる気はないらしい。
 別に、料理ができない自分にふがいなさを感じたりはしているが、リリィと二人、料理をしているパーシヴァルが気になっていたりはしない。
 多分。
「青春だねえ。おじさんあてられちゃうよ」
「うるさい」
「ふうん? でもさ、パーシィちゃんのこと、気になってないわけじゃないでしょ」
「……う、そ、そんなことない! だからうるさいって言っているだろうが」
 即答できなかった自分が悔しい。
 私は、ポケットに手を入れて、その中のものを握りしめた。
 そこには、先ほど自分の名前を調べているときに発見したコンパクトがある。それは、コンパクトのようだったが、中に小さな絵……細密画(ミニアチュール)がある。
 そのモチーフは、自分でも家族でもなかった。
 甲冑を着た黒髪の青年、パーシヴァルである。
 何故これを私が?
 騎士団の同僚にしても、少し不自然な持ち物だ。だが、このミニアチュールは造りが粗く、大量生産品でもある。どこかで売られていたのを買った……というのでもやはりおかしいか。
 当然の帰結は、けれど受け入れがたい。
 それが、大事な気持ちであるからより一層。
「おじさんにできることなら協力してあげるからいつでも言ってねV」
 ぼうっとしていたら、ナナシにがし、と手を掴まれた。思わず拳を出すといい手応えがしてナナシは離れる。
「おやじくさいぞ」
 部屋の隅で、闇を同化するように座っていたゲドがぼそっと言う。その台詞に存外傷ついたらしいナナシは床に座り込んでいじけ始めた。
「全く、この非常事態だっていうのに……ビッキー、すまないな。私たち大人がこんなにふがいなくて」
 言うと、ビッキーは屈託なく笑った。
「そんなことない! クリスさんはいい人だし、ゲドさんは優しいし! それに……このお屋敷、怖くないから」
「怖くない?」
 こっくり、と迷いのない仕草でビッキーが頷いた。
「このお屋敷、なんだかなつかしいの。見たことはないけれど、空気が……なつかしいの」
「空気……か?」
 しかし、私には鬱蒼としたつかみ所のない空気しか感じられない。
「……俺たちを閉じこめているのに、か?」
「……うん。確かに、あたしたちはここから出られないけど、でもこの結界は、あたしたちを守ろうとしてくれてる、そんな気がする」
「守る? それは魔法使いの勘か」
 私はビッキーの瞳をのぞき込んだ。そこに、嘘はない。彼女はほにゃ、と笑った。
「だからね、きっと大丈夫。七人目さんもね、怖い人じゃないよ」
「そうだといいな」
 笑って、ナナシが立ち上がった。
「ナナシ?」
 厨房とは反対側、廊下へつながる扉を開けようとするナナシを私は呼び止めた。少し、顔色が悪い。
「ちょっとその辺りを見てくる。使用人部屋のほうは見てないんだろ?」
「しかし一人では……」
「なあに、遠くへは行かないさ。やばくなったら逃げてくるからさ」
 あまり人の話を聞く気はないらしい。まあ子供でもないし、いいかと思って見送ると、足音もなく気配だけが遠ざかっていった。
「あいつも何を考えているんだか」
「さてな。何か思い出したのかもしれん」
 ゲドがナナシの出て行った扉を見ながら言う。確かに、彼の様子は少しおかしかった。
「だがどうやって?」
「それがわかれば苦労はしない……」
 ゲドの言葉に、私が同意しようとしたときだった。
「うわあああああああああああああああああっ!!!!!」
 ナナシの悲鳴が屋敷中に響き渡った。

 

えっと、33333ヒット記念
りん様のリクエストでパークリで「記憶喪失」第二話です

ええ。
そうですよ?
一話二話ときたからには
前後編でも前中後でも終わらないんです。
おつきあいくださいませ……

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