わざわざ関わり合いになるのも面倒か。
パーシヴァルはそう決めると、そろそろと移動を始めた。彼らの視線は、湖面に集中している(どこからナッシュが出てくると思ってるんだ、あいつらは)。背後を回れば気づかれることはないだろう。
自身の影にも気を遣い、なんとか危険地帯を抜けたときだった。
ピッシャーーーーンンンッ!!
轟音一声。
アーサーとギョームに、最大級の雷が落ちた。雷の光に、辺りは一瞬真昼のように明るくなる。
「敵襲っ?!」
空には雲一つない。この状況で、雷がおちることがあるとすれば、紋章術によってでしかない。
発動させる様子すら、パーシヴァルに気取られなかったということは、雷を落とした魔法使いは、かなりの使い手ということになる。
「……やれやれ、うるさいネズミはこうするにかぎるわ」
呆然とするパーシヴァルの視線の先、湖のほとりに少女が一人舞い降りた。
今湖面を照らしている月光そっくりの真っ白な肌に銀の髪。アメジストの色彩の中、血の色そのままの紅い瞳が鮮やかだ。
(誰だ、この少女は!)
破壊者とかいう、連中の一人だろうか。彼らの中には、高位の女魔法使いがいるという。だが、その姿は聞いていたものとは微妙に違うようだ。
「おや」
少女は、木陰に隠れていたはずのパーシヴァルを見つけた。くるりとパーシヴァルのほうを向く。
「まだネズミがおったか……」
「貴女……一体?」
パーシヴァルはショートソードに手をやる。なんであれ、彼女は不審者だ。しかし、少女はその様子を見てくすくすと笑い出した。
「まあそういきりたつでない。わらわは敵ではないぞえ」
「いきなり城の人間に雷おとしておいて言うせりふではないと思いますが」
少女は、軽くギョーム達をまたぐとパーシヴァルに近づいた。
「こやつらは別じゃ。人の逢瀬をのぞき見しようとしておったのじゃから」
「逢瀬? ……のぞき見?」
少女はパーシヴァルの前に立つ。敵意や、殺意は感じられなかった。彼女は武器すら持っていない。
「そうじゃ。まあ、あんなくたびれた男にわらわのような者がいるということが、驚きなのはわからぬでもないが迷惑な話でのう」
「くたびれ……って、まさか……」
パーシヴァルは、少女を見下ろした。
湖畔に現れた『真っ白な肌の美少女』。それに該当する人物が一人だけいる。
「ナッシュの浮気相手の方、ですか?」
「正確には浮気相手ではないがのう」
「では一体……?」
「本命じゃ」
にっ、と少女は笑った。一瞬かいま見せたその表情が、あまりに鮮やかな『女』のものであったせいで、パーシヴァルは面食らう。
どうやら、本当に彼女はナッシュの恋人らしい。かなり年齢に問題はあるが。
「……しかし、どうして私に正体を明かしたのです? 秘密にしておきたかったのでは」
「あそこで寝ておる馬鹿と違って、おんしを眠らせるのは骨が折れそうじゃったからのう。それに、おんしとて、今見たことを他言するわけにはいくまい?」
「確かに」
パーシヴァルは苦笑した。
彼女を見たということを他人に話す、それは同時に今パーシヴァルがここにいることを話すことでもある。
クリスの部屋は目の前。嫌でも関係がばれる。
「ものわかりのよい者は好きじゃぞえ? ……ああそうじゃ、ついでに少々つきあってくれぬかのう」
「つきあう?」
少女がいたずらっぽく笑う。そのときだった。
「シエラ!」
ナッシュの声が湖に響いた。
「なんじゃ、あわれっぽい声を出しおって」
少女は湖を見る。ほとりには、走ってくるナッシュがいた。
相当あわてていたらしい。いつもきっちりセットしている金髪はぐしゃぐしゃ、装備品もほとんどつけずに上はシャツ一枚。しかも、裸足である。
「シエラ! お前急にいなくなるなよ!」
「少々わらわの姿が見えぬくらいで子供のように探し回る出ないわ。阿呆が」
「人にさんざんトラウマうえつけといてそーゆーことを言うな!」
ナッシュはパーシヴァル達に近づいてくる。彼はパーシヴァルを見つけると軽く睨んだ。
「で、しかもなんでパーシヴァルと一緒にいたりするんだ」
「別におんしとは関係なかろう?」
少女、シエラはするりとパーシヴァルに体をよせた。パーシヴァルは苦笑する。先ほどの『つきあう』とはつまりこいうことなのだろう。彼女も意地の悪いことをするものだ。
他人の恋愛に関わるのは少々問題がありそうな気がしたが、相手はナッシュ。日頃クリスにまとわりついている彼に仕返しをするのも一興だ。
「野暮ですよねえ」
パーシヴァルは、軽くシエラの肩を抱き寄せた。普段へらへらと笑っているナッシュの顔があからさまにひきつった。
「パーシヴァル……お前、クリスにちくるぞ」
「私の言葉と貴方の言葉あの方がどちらを信用すると?」
「この女たらしめ!」
「貴方だけには言われたくありません」
ねえ、とシエラに同意を求めると、彼女も一緒にうなずいた。
「やれやれ、けちな上に野暮ではどうしようもないのう」
「けち、ですか?」
パーシヴァルが訪ねると、シエラはかわいらしくすねる。
「そうなのじゃ。ちょっと栄養補給をしようとしただけでがたがたさわぎおって」
「栄養ですか? ナッシュ殿、だめですよ、ちゃんと彼女には食事をさせてあげないと。いくら貴方の懐が寂しくても」
「うるさいパーシヴァル、そいつの栄養補給はそういう意味じゃないんだよ!」
なぜか、首筋をかばうように手をあてて、ナッシュが叫ぶ。
「違うって……それ以外に何が」
「これじゃ」
くす、と少女の笑い声が耳元で聞こえた。見下ろした彼女の紅い唇の間から、なぜか犬歯がのぞいている。
「あぶない!!」
ぞ、と背筋に悪寒が走った瞬間、ナッシュに引き倒され、パーシヴァルは地面に転がった。青ざめて見上げると、シエラが悔しそうな顔で立っている。
「ナッシュ、じゃまをするでない」
「するに決まってるだろうが! 前途有望な若者を毒牙にかけるのはやめんか!!」
「……こまかいことをうだうだと……」
「こまかくない!」
パーシヴァルは、二人を呆然と見比べた。今、彼女が一瞬見せた人間離れした姿。そして、『栄養補給』。まさか彼女は……。
「それ以上考えない方がいいぞ。お前のためにも」
「でしょうね」
パーシヴァルはよろよろと立ち上がる。
「おんしで食事をするのはあきらめてやろうと言うのじゃ。じゃまなどせずに、見ておればよかろう、ナッシュ」
「見てられるか!」
「うるさいのう……」
「うるさいとかそういう問題じゃない! 俺が、お前がほかの男の首筋にキスしてるとこなんか見てられるわけないだろうが」
「……」
沈黙が、辺りを支配した。
さすがに恥ずかしかったらしい。ナッシュは赤くなってそっぽをむいた。くすくすとシエラが笑う。
「……笑うなよ」
「笑い事以外の何じゃというのじゃ」
「……部屋に帰るぞ。……栄養補給はさせてやるから」
ナッシュがそう言うと、シエラは素直に彼の腕に抱き上げられた。
「じゃーな、パーシヴァル」
他言無用だ、と言ってから、二人は消える。パーシヴァルは呆然とその場でため息をついた。
やれやれ、つまり、彼から血を引き出すために使われたというわけか。
やはり、人の恋愛には関わるものじゃないな、とつぶやくとパーシヴァルはようやくクリスの部屋へと向かった。壁を登り、窓を叩くとクリスが顔を出す。
「パーシヴァル、遅かったな!」
「いろいろありましてね……」
中に入り、クリスを抱きしめると彼女は苦笑する。
「どうした? 甘えて……」
「なんか……ずいぶn貴女の顔を見てなかった気がしたので」
「昼間会ったばかりだろうが」
「でしたっけ」
パーシヴァルは苦笑すると、軽くクリスにキスした。
「寝ましょうか」
二人は、笑いあうと素直にベッドに向かった。
翌日、夜出歩いた疲れが出たのか、寝坊したパーシヴァルがルイスに見つかりそうになったということは、また別の話。
NOMAL ENDDING
多分のーまるエンディング……
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