こっちは私の力で押さえておいてあげようと思うんだけどさ、そのへんうろちょろされると困るんだよね。一年ばかりどこかに行っておいてくれる?
自分と妹、更に親戚連中の大恩人にそう言い渡されて、俺はカレリアの町を歩いていた。クリスタルバレーをでてもう随分になる。ここから国境を越えて南下していけば、彼の命令どおり雲隠れに成功できるだろう。
「さて、どうしようかな」
街中には顔見知りが多い。そこらで適当に買ったターバンを申し訳程度に身につけ俺は歩く。
旅の目的はない。
つけるべき決着をつけ、結果帰るべき場所をなくしたのだから、当然かもしれない。国境を越えるという条件さえクリアしていれば、本当にどこへいっても自由だ。幸い恩人に路銀を少々融通してもらっていたから、懐も暖かい。
(指令をうけていたときは、あとでここにも遊びに行きたいとか、いろいろ考えていた気はするが……まあ今思い出せないってことは大して執着もしてなかったんだろうな)
いっそコインでも投げて決めようか。
そんなことを考えながら俺は交易所へと足を踏み入れた。長旅に備え、交易品を少し仕入れておこうと思ったのだ。ハルモニアの製品は、あまり流出しないから結構高く売れる。
中に入ると、店主が誰かと口論をしていた。
「だから、そんなものは絶対売れないって」
「大丈夫だって!」
店主に食って掛かっているのは「本」を大量に持った男だった。どれも装丁は同じ。シリーズ物でもなければ、全部同じ本だろう。店主は男を諭すように喋りかける。
「ハルモニアは文化、学問の発信地なんだぜ? そんなところに都市同盟なんて田舎の作家の本をもっていったって売れやしねえよ。鼻でわらわれるのがおちだ」
「そんなことはないさ。読み物としておもしろいだけじゃなく、話題性もたっぷり! 絶対売れるよ、このマルロ・コーディー作“決戦、ネクロード”は!」
がたんっ。
予想外の題名に、俺はそこにあった棚を倒すところだった。
(決戦……ネクロードだあ???)
その言葉が、ある女の唇から零れ落ちるのをきいたことがある。つい、一年ほどまえのことだ。妹のこととかいろいろと傷ついている俺の心に失恋というかなりしみる「塩」を塗るはめになるから、意識的に頭から追いやっていたというのに。
「おもしろいよー。なんたって実話だからな! 主人公はデュナンの盟主カツミ、その彼が悪鬼ネクロードにさらわれたティントの幼い姫リリィ嬢を助けるため、あの有名な傭兵ビクトールと青雷のフリック、それから薄幸の美少女吸血鬼シエラとともにのりこんでいくんだ」
げふぅっ。
俺は思わず咳き込んでいた。
薄幸の……美少女だあ? ……あの女が? 確かに見てくれはいいけど、何か違うだろ! どこが実話だ、どこが!!
「お客さん、どうしたんだい?」
店の隅にいた俺の妙な反応に気づいた俺に、店主が声をかけてきた。本を売り込んでいた男もこちらを見ている。
「あ……いや、なんでもない。ちょっとほこりを吸い込んだだけだ」
「そうかい? すまないね、掃除はまめにやってるんだが」
「き、気にしないでくれ」
ぶんぶん、と手をふると、男達は商談へともどる。いかんいかん、俺は今一応隠密行動中なんだって。
「しかしなあ〜〜冒険物かあ」
「ロマンスもあるぜ? ほらこのへん、美少女シエラにビクトールとヴァンパイアハンター・カーンが言い寄って三角関係になるところとか」
ずべ。
俺はその場でこけた。いきなり膝に力が入らなくなったからだ。
「お客さん?」
「……なんでもない」
一応平静を装ってみる。まあ、まんま不審者だな、俺。本を売り込んでいた男が俺を見る。
「もしかして、この本、興味あるのかい?」
「ああ……まあ」
男は、我が意を得たりという顔になる。
「ほらほら、そこの兄ちゃんも読みたいって思ってるじゃないか。な?」
「う〜〜〜ん……」
店主は俺をちらりと見る。無責任なことを言わないでくれ、と言いたいようだ。さてと、どうしたものかと一瞬考え、俺は口を開いた。
「俺はミッションでデュナンのあたりに行っていたが、けっこう有名な話だぜ、それ」
「ん? 兄ちゃん傭兵か?」
「まあそんなところ」
カレリアでは、傭兵のほうが一般人よりごろごろしている。剣をもった俺がそう答えるのは、むしろ自然なことだ。
「確か月の紋章がらみの話だから、まだハルモニアに一冊も入ってないんだったら、軍部が資料用に半分くらい買っていくんじゃないかな」
軍が常に真の紋章を追っている。これも有名な話。だから問題はないと踏んで俺は付け加える。
「ふーむ、じゃあまあいいか。ためしに買ってみるよ」
「ありがたい! もし売れて追加が必要になったら、我がゴードン商会に連絡をくれよ」
「はいはい、ま、売れたらね」
どうやら商談は成立したらしい。商品を換金すると、男が俺に本を一冊投げてよこした。
「兄ちゃん、ありがとな。これやるよ!」
「お、ありがたい。今買おうかと思ってたんだ」
言うと、男は嬉しいねえ、と顔をほころばせる。
「俺はマルロさんのファンでね。こうやって商売になるのも嬉しいんだが、この本を読む奴が一人でも増えるのが嬉しいんだ」
「へえー。そりゃ作家冥利につきるな」
俺達はお互いに笑いあいながら交易所をでた。男と別れて砦の出口へと歩いていく。
とりあえず、行き先はデュナンに決定していた。
あの女のあとを追っかけるというのも、置いていかれたということを考えるとなかなか情けないような気がする。しかしここでこの本に会ったのも縁なんだろう。他に目的もないし。
「そういや、白鹿亭の宿代、あいつ踏み倒していったんだよなー」
そんなことをつぶやきながら、俺は山道を上っていった。
シエラ様を探す荷物持ちの放浪の旅の始まりはじまり〜〜
しかしシエラが出てくるのはかなり後(笑)
おつきあい下さいませ
>もう帰る!
>さてつきあいますか