I wish

 その日、クリス=ライトフェローは久々に自宅の食堂で朝食をとっていた。
 常にブラス城かビュッデヒュッケ城につめているせいで、滅多に食べられない執事の料理は、彼女にとってある意味家の味だ。
「クリス様、本日のご予定は?」
 久しぶりに主へ朝食を出すことのできた執事に、クリスは顔を向ける。
「ああ、今日は一日パーシヴァルにつきあう予定になってるんだ」
「では、ご夕食はパーシヴァル様とご一緒にとられるのですね」
「……んー、そうなるかな」
 主人(というより彼にとっては娘に近い)に尽くしたくてたまらないはずの執事は軽く笑ったままクリスの返答を待っている。
 クリスが返事をしようとしたとき、玄関のドアノッカーが音をたてた。
「おや、お客様のようですね」
「パーシヴァルかな?」
「私がお出迎え致しましょう」
 朝食をとったままのラフな格好のクリスを気遣ってか、執事が玄関へと向かう。
 そんなに気にする間柄でもないんだが、と苦笑しながらクリスは残っている朝食に手を伸ばす。せっかく執事が作ってくれた朝食だ、残したら悪い。
(さて、少しは着飾って出るか……?)
 箪笥の中身とパーシヴァルの嗜好を頭の中ではかりにかけつつ、最後のベーコンを口に放り込んだときだ。
「……パーシヴァル様?!」
 執事の素っ頓狂な声が玄関から聞こえてきた。
「ん?!」
 クリスの記憶が確かならば、彼がこんな声を出したのは、クリスが子供のころ泥遊びをして真っ黒になって帰ってきたとき以来だ。
「じいや! どうした?!」
 玄関へ出て行って、クリスも驚く。
「クリス様、おはようございます。ラフな格好もかわいらしいですねぇ」
「……パーシヴァル……お前……?」
 玄関には、なるほどパーシヴァルがいた。普段着らしいシックなコートを着込んで。
 出かける予定だったから、格好は変ではない。だが、彼の持ち物が変だった。
 クリスはそれを指さして思わず叫ぶ。
「お前それをどうするつもりだ!」
「飾るんですよ、もちろん」
 自分の背丈ほどもあるモミの木を抱えて、パーシヴァルはにっこりと笑った。



 ことの発端は、つい一週間ほど前だ。
「クリス様、クリスマスどう過ごしますか?」
 ブラス城のいつもの執務室で仕事をしているときに、パーシヴァルがそう聞いてきたのだ。
「クリスマス? ああ、仕事がなければ家で寝ているつもりだがそれがどうかしたか」
 クリスが聞き返すと、パーシヴァルがその場でこけそうになる。
「なんだ、そんなに変なことをきいたか?」
「……変なことって、クリス様、クリスマスですよ?!」
 そう言ったパーシヴァルの声は悲鳴に近い。クリスは不思議そうにパーシヴァルの顔を見上げる。
「ん? お前は帰省するんじゃないのか? クリスマスは家族で楽しむイベントだ」
「恋人で過ごすイベントでもあるでしょうが!」
「あ、そういえば」
 忘れていた、とクリスが言うと、パーシヴァルは肩を落とした。
「すまない、パーシヴァル。お前そんなに楽しみにしてたのか?」
「まあそんなとこです。で……クリスマスの夜を一緒に過ごしたいと思うのですが、いかがでしょうかね、私のかわいい人?」
 執務室にほかに誰もいないのをいいことにパーシヴァルはクリスの肩に手を回す。クリスはされるまま、恋人の腕に体をまかせ、その顔を見上げた。
「私はかまわないが、お前の家族のほうはどうする気だ?」
「そんなの、イクセには何年も帰ってませんよ」
「だがお前毎年きっちりクリスマス休暇はとってたじゃないか」
「……クリス様、それは詮索しないのがお約束というものかと……」
 パーシヴァルが視線をそらして苦笑する。恋人となって半年だが、つきあい自体は長い彼の女性遍歴は知っている。クリスも苦笑した。
「悪い。じゃあクリスマスはちゃんと休暇をとって一緒にすごすか」
「ええ、ゆっくり過ごしましょう。ケーキに七面鳥、シャンパンを用意して」
 やっとパーシヴァルが笑った。そんな様子を見ながらクリスは首をかしげる。
 変なとこにこだわる男だ、そう思って。それから、一つ思い出した。
「じゃあプレゼントも用意しなくちゃな。パーシヴァル、お前なにかほしいものはあるか?」
「そういうのは見てのお楽しみじゃないんですか?」
 言われて、クリスは眉間に皺をよせる。
「言いたくはないが、私の世間知らずは筋金入りだからな。パーシヴァルが喜ぶものをちゃんと用意できるかわからないし。それだったら、直接訊いた方がまだいいだろう?」
 騎士としての才能はともかくとして、日常生活に驚くほど不器用なクリスを知っているパーシヴァルは笑った。それからあごに手を当てると、軽く考え込む仕草になる。
「では、次の休みに一日私につきあって、おねだりをきいては頂けませんかね?」
「ん? そんなことでいいのか?」
 それじゃ普段のデートと一緒だろう、と言ったクリスにパーシヴァルは何かを含んでにやりと笑った。



 それで、当日がこれである。
「パーシヴァル、このモミの木を飾るってどこに」
「ここに」
「……は?」
 問いただそうとすると、パーシヴァルのすぐ後ろから声がかかった。
「パーシヴァル様、これ、どこにおけばいいですか?」
「ここに置いておいてください。中へは私が運びますから」
「はーい」
 今までモミの木のおかげで見えなかったが、背伸びをしてよく見ると、パーシヴァルの背後にはさらに大きな荷物が二つあった。それと、荷物をここまで運んできた業者の姿も。彼らは荷物を置くとさっさとその場を去っていく。
「パーシヴァル、その荷物の中身も……?」
「はい、飾りです。いやぁ一度やってみたかったんですよね、これだけ大きな屋敷の飾り付け!」
 言って、パーシヴァルは心底楽しそうに笑った。
「パーシヴァル、まさかこれが?」
「ええ、おねだりです」
「って、屋敷飾るってお前が疲れるだけだろうが」
「だから、一度やってみたかったって言ったでしょう? 実家では兄弟全員が好き勝手に飾り付けしちゃいますからね、最終的にばらばらになっちゃうんですよ。それで一度最初から最後まで自分でコーディネイトした飾り付けがやってみたいと思っておりまして」
 うれしそうなパーシヴァルの様子に、クリスは頭を抱えたくなった。あのときの笑いの意味はこれだったか。
「いいでしょう? クリス様」
 にっこりと笑いかけられて、驚くより呆れたクリスは、抵抗する気力も放棄した。



「クリス様、このおもちゃにリボンをかけてもらえますか」
「ん、わかった」
 クリスは、パーシヴァルに言われて、クマのおもちゃにリボンをかけた(ちょうちょ結びくらいならさすがにできる)。赤と緑のクリスマスカラーに彩られたクマは、それだけでもうクリスマス専用の飾りに見える。
 パーシヴァルは荷物を運び込むと、早速いそいそとあたりを飾り付け始めた。何度かクリスの家に来たことがあるからだいたいの目算はつけていたのだろう。ここにはこれ、そこにはそれ、とてきぱきと材料を振り分けては屋敷をクリスマスへと彩ってゆく。
 今はクリスに指示を出しながら玄関に飾る特大のリースの細工を仕上げている。こだわりの彼らしく、土台の部分から手作りだ。
「パーシヴァル様! ありましたよ!!」
 作業をしていると、執事が大きな箱を抱えて部屋にやってきた。ずいぶん長い間しまい込まれていたのだろう、箱は床に置くと盛大に埃をあげた。
「結構ありますねえ」
「大奥様の代からのものですからねえ。半分はクリス様がお生まれになってからお買い求めになられたものだと思います」
「じいや、何だ? その箱」
 クリスは不思議そうに執事を見た。彼は目をきらきらさせながら箱の蓋に手をかけている。
 普段、家の中のことはクリスでも勝手に変えることを嫌う彼だが、なぜか今回の飾り付けにはえらく協力的なのだ。
「クリス様は、覚えていらっしゃらないですか……」
 執事は少しだけ寂しそうに笑う。
「ん? 覚えてって……」
 蓋を開けて出てきたのは、やや色あせたクリスマスオーナメントだった。星、天使、ぬいぐるみ……古くはなっているが、どれも立派なものばかりだ。
「まだ旦那様と奥様がいらっしゃったころに使っていた飾りでございますよ」
「これ、全部うちにあったものか?」
 飾り物は箱いっぱいで、結構な量だ。こんなに物があったなんて忘れていた。
 パーシヴァルは、箱の中に手を伸ばすと飾りを手にとった。
「さすがに見事な細工物ですね。せっかくですから、これも全部飾ってしまいますか」
「いいですねえ」
 執事とパーシヴァルは意気投合して、これはどこに飾る、それはあっちに、などと話に花を咲かせ始める。クリスは完全に置いてきぼりだ。
「パーシヴァル様、この天使の人形はツリーにかけましょうか」
「ええ。ですがリボンがだいぶ痛んでますから、つり下げると切れそうですよ」
「なあに、それは付け替えてしまえばいいんです。リボンだけ買い足してきましょう」
 クリスが呆然としている間に執事はいそいそと部屋を出て行ってしまった。パーシヴァルはまだ箱の中のおもちゃを物色している。
「なあパーシヴァル」
 クリスが不機嫌に声をかけると、パーシヴァルは上機嫌にクリスを振り返った。
「何ですか、クリス様」
「この箱の中身まで飾ったら、お前のコーディネイトで統一できなくなるんじゃないのか?」
 やつあたり気味にけちをつけるが、パーシヴァルは気にしていない。
「いいんですよ、調整はしますし。それに……ほら、こんな楽しいものも見つけましたよ」
 そう言って渡されたのは不細工な粘土細工だった。恐らくサンタだと思われるが、いびつすぎてなんだかよくわからない。
「これ、なんだ?」
「それはあなたのほうがよく覚えてらっしゃるのではないですか?」
 言って、パーシヴァルはクリスの手の中のそれをひっくり返した。そこには、殴り書きで『くりす』と書いてある。
「え……あれ? 私が作ったのか?」
「一緒にこんなものもありますよ」
 更にパーシヴァルは妙な置物を二つ、クリスに手渡す。その二つもサンタのようだが、大きさとカラーが微妙に違う。裏返すと『ぱぱ』『まま』と書いてあった。
 家族の、サンタの置物。
 ずっと昔に家族で作ったものだ、きっと。
「ほらね、素敵でしょう?」
 楽しそうに笑うパーシヴァル。だが、クリスはそれに素直に笑えなかった。顔が表情を作ることを拒否したかのように強ばっていて動かせない。
 パーシヴァルは苦笑すると、静かにリースの仕上げを再開し始めた。
(あ……れ?)
 自分の反応がよくわからなくて、クリスは眉間に皺をよせた。無意識に出したため息が予想外に重くて驚く。
 何かが、変、だった。
 クリスマスの飾り付けがしたいという、恋人の他愛もないわがまま。
 祭りは楽しいもので、飾りは綺麗なものばかり。
 それなのに、何故自分は不機嫌なのか。
(私は、この祭りが嫌いだったのか?)
 今までのクリスマスの記憶を必死で掘り返す。それは自分でびっくりするほど、希薄なものばかりだった。
 去年はブラス城で宿直。
 一昨年は砦の一つでやはり軍務についていた。
 三年前も、四年前も、やっていることはほとんど同じだ。
 クリスマス休暇がとれなかったわけではない。自分で仕事をいれたのだ。祝う気もなかったから。
 昔から嫌いだったわけではないはずだ。
 だって家にはこんなに飾りが置いてあるし、今手の中にある置物は、自分が家族のために作った物。嫌いだったらこんなことはしない。
 では何故?
 記憶の糸をたぐり寄せ、クリスマスに無関心になった原因を探っていたクリスは、結論に至って呆然とした。
 硬直した手から、人形がころりと落ちる。
 ああ、そうだ、私はクリスマスが嫌いだったんだ。
 クリスマスは、家族のお祭り。
 冬の厳しさの中、皆で肩を寄せ合い神に祈る日。周りの人たちとも祝うが、やはりメインは家族だ。
 けれど、クリスに家族はいない。
 父が死に、母が死に。
 家で待つのは執事ただ一人。
 底冷えのする広い家で、ただ一人クリスマスを祝って何になる?
 無関心は、寂しさの裏返しだ。
 だって見てしまうと、認めなければいけなくなってしまう。
 自分は、ひとりぼっちのかわいそうな子供なのだと。
「あ……思い……だした」
 家族三人、そろっていたときの幸せな記憶。
 思い出せば、孤独な今を知ってしまうから追いやっていたのに。
 唇が震えていた。視界が歪む。
「馬鹿……パーシヴァル……! 思い出しちゃったじゃないか……」
 泣きそうなクリスの肩を、パーシヴァルの腕がゆっくりと抱いた。クリスは振り返ると、彼の胸板をだだっ子のように叩いた。
「馬鹿! どうしてくれる、せっかく忘れてたのに! 思い出してしまったらもう、クリスマスが一人で過ごせないじゃないか!!」
 パーシヴァルは、どうしてとは聞き返さなかった。癇癪をおこしたクリスの体を強く抱くだけだ。
 そして、囁く。
「一人で、過ごさなければいいじゃないですか」
 囁いた声は、驚くことも迷うこともない。
「私がいるのではだめですか?」
「パーシヴァル?」
「私が貴女に誓ったのは何ですか? 貴女と共にいることでしょう?」
 パーシヴァルは、強く、強くクリスを抱いている。
「私が一緒にいます。だから、もう傷つかないで。そして、忘れないで」
「お前、なんでそんなにわかって……」
 そのものわかりのよさが、ひっかかった。
 いや、違う。ものわかりがいいんじゃない。
「お前わざと思い出させたな?!」
 パーシヴァルは何も答えなかった。でも、それが答えだ。
「うぬぼれかもしれません。ただの私の身勝手かもしれません。けれど、私は貴女の家族になりたい」
 そして、その孤独を埋めたい。
 わざと思い出させるようなことをしたのもそのためだ。
 傷は、そこに傷があるとわからなければ癒しようがないから。
 切ない声でまた囁くと、パーシヴァルは唇でクリスの涙をぬぐう。
「パーシヴァル……家族って! わかってるのか? 本当にずっとだぞ?!」
「ええ。私は生涯貴女の側を離れません」
 瞼に落とされるキス。それは誓い。クリスは、もう一度だけパーシヴァルの胸板を叩いた。
「馬鹿……それじゃプロポーズだ」
「ああ、そういえばそうですね」
 何の気負いもなく、さらりと肯定するパーシヴァル。
「そうですねってお前なあ!」
 真っ赤になって聞き返すが、彼は迷わない。
「ずっと、そばにいますよ」
 にっこりと微笑まれて、クリスは返答する言葉を失った。

安原あすみさんとこといろいろ紆余曲折があって書いた一本です
なんだか気がついたらパークリ作品交換会になってました。

お題は「パークリでおねだり」
パーシヴァルがおねだりをしていますが、
与えているのか、与えられているのか……

なんか、クリスって家族に恵まれてないよなあと思ってできた一作です
そして、あすみさんからおかえしで頂いたSSはこちら!!
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