Hide-and-seek

 それは、その時々で違って。
 水辺だったり、日だまりだったり、風の流れるところだったり。
 でも、少しだけ人目を逃れた、日常の喧噪が届かない。
 そんな場所。

「職務放棄か?」
 降ってきた澄んだ声にパーシヴァルはようやく顔を上げた。
「これは、クリスさま。見つかってしまいましたか」
 甲冑の音は押さえようもないのだから近づいてきたことは判っているはずなのに、声を掛けるまで気が付か ないふりをする男に、クリスはあからさまに眉を顰めた。
 片手は分厚い本を途中で押さえ、草の上に直に座っていた男の傍らにはトレイに載った食事途中の皿と布で 保温してあるポットが二つ。
「やっと仕事が一息ついたので、遅い昼食を取っていたのですよ」
 嘘だか本当だか、もっともらしいことをさらりと言う。
 そして。
「クリスさまこそどうなされました?」
 からかうような口調ではあるが、その瞳は優しく細められている。
 こんな外れに来る理由など、一つしかないのだが。
「見回りだ」
 クリスはそう言いつつも、すぐ立ち去らずにパーシヴァルの隣に腰を下ろした。男はどこか可笑しそうに笑 みを見せただけだった。
 トレイにはまだ手つかずのサンドイッチとアップルグラタン。だがその他にも空いた皿が重ねられている。
 クリスがそれらを目で示すとパーシヴァルは少しだけ苦笑した。
「腹が減っていたんで、いろいろ買ってみたんですが、食べてるうちに良くなってしまって……、宜しければ 、どうぞ」
 男は器用に片手でポットを引き寄せると紅茶でいいですよね?と聞き、クリスが応える前に伏せてあったカ ップを返し、なみなみと紅茶を注いだ。
 そして、自分の使っていたカップにもう一方のポットから珈琲を注ぎ足す。
「それもおまえの分だったのか?」
 いくら鍛えている男だとて、常からは考えられない分量に呆れればいいのか、微笑めばいいのか。判らずに クリスは曖昧な表情を見せた。
 それを見ているパーシヴァルの方は、飄々とした態度を崩さない。
「どちらを飲もうか迷いましてね」
「……私が来なかったらどうするつもりだったんだ?」
「さて、どうしましょうかね。夕飯が食べられなくなるかも知れません」
 残したら勿体ないですしと言うが、全部食べたら夕飯どころか腹痛で職務に支障をきたしかねない。
「仕方ないな……有難く頂くよ」
 クリスは手甲の留め金を外しながら小さく笑った。
「実は昼はまだだったんだ」
 そうだと思いました。
 彼のつぶやきは声には出なかった。

 景色を眺めながら右手でサンドイッチを食べるクリスと、左手で器用に本を押さえて読むパーシヴァル。
 二人の間の距離は寄り添うには遠く。
 他人の振りをするには近く。
 余った片手は草の下。

「……冷たい」
「今日は風が強いですね」
 そっと触れる指先が。
 絡める、指先が。
「やっぱり、冷たい」
 冷たくて、熱い。

 視線を合わせることなく、パーシヴァルの冷たい指がクリスの指の間を掠めるように撫でる。それは部下と しては逸脱した行為。だが、クリスはくすぐったそうにするだけで、振り解きはしない。
 だが、少しずつ解け合うぬくもりに心地よさを感じる前に。
 遠くでクリスを捜す声がした。

 いつまでも戻ってこないクリスを心配したのか。
 しかし賢しい従者は、用事がなければ探しに来ないはずなのだ。

 “たまたま”遅い昼を取っている男を、
 “偶然”見回りに出た女が見つけて、
 “つい”買いすぎた食事の残飯整理をしている事は。
 大抵は“うっかり”見過ごしてくれるのだから。

 ああ、でも。クリスは混乱した頭の中で考えた。
 今日はここを探し当てるまでに時間が掛かってしまった。
 でも、まだ。
 デザートだって食べてない。
 だって、まだ。
 サンドイッチも半皿分。
 それに。
 それに……

 きゅ。

 無意識のうちに左の指に力が入ってしまったらしい。
 横を見ると、僅かに眼を見開いた男の顔があって、クリスは慌ててその手を振り解いて立ち上がろうとした 。
 しかし逆の手で手首を捕まれる。
「見つかってしまうまで、ここにいて下さい」
「でも」
「あと少しだけ」
 もう少しだけ。

「……サボっているのがばれても、庇ってやらないぞ」
「仕方ないですね」
「悪い男だな」
 嬉しくて泣きそうになる気持ちを抑えるためにわざと大仰な溜息と共に吐き出した言葉は笑顔と共に一蹴さ れた。
「それは心外ですね。私を悪い男にするのは貴女なのに」
 垣間見せる表情がどれほど自分を惹きつけるか彼女は知らない、とパーシヴァルは思った。

 押さえを失った本の頁は風になぶられ。
 彼女を探す声は、遠く、近く。
 見つかってしまうまで、あと少し。
 例えばそれは触れるだけのキスを交わすくらいの間。

ぷちパークリ交換会によりあすみさんから頂いたSSです。
お題は「パークリでおねだり」
私がパーシヴァルのおねだりを書いて、
あすみさんにクリスのおねだりを書いて頂きました。
ほのぼのと、優しく恋人気分を楽しんでいる雰囲気がたまりません。
一緒にいるのが幸せっていうこういう雰囲気が愛おしいですね〜。
あすみさん、ありがとうございます!!

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