愛の交換日記〜ナッシュサイド〜

『拝啓 シエラ様』
「んー、なんか堅いな」
 書き出してから、俺はペンを紙から離した。
「なっしゅ、サッサト書ケ」
 机の上で、俺の様子を観察していた『相棒』が茶色の翼をふるわせて、そう言う。
「うるさいよ、ドミンゲス。少し黙ってろ」
 つん、とつつくと任務の苦楽をともにしているナセル鳥、ドミンゲスジュニアは不服そうに羽を畳んでそこにうずくまった。俺は作業を再開する。
「さっさと下書きを終わらせないとな」
 そう言いながら、視線を移した先には、小さな革張りの手帳があった。淡いピンク色をしたかわいらしいその手帳には、その様子に不似合いなほど頑丈な鍵がついている。
 実はこれ、手帳じゃない。
 俺は普段機密事項に関しては、報告書でも書かない限り全て頭にたたき込むことにしている。だから、手帳なんかは必要ない。(それにそんなことしてたら危険だ)
 では何かというと…………交換日記だったりする。
 そこ、笑うんじゃない!
 スパイなんて仕事で何ヶ月も何ヶ月もカミさんに会えないのは本当に寂しいんだよ!
 たいがい命の危険にさらされてるから、ストレスだってたまるし! その合間にカミさんと日記をやりとりして、少しは心を和ませようとしたって…………まあ三十七のオヤジのすることじゃないってことは解ってるんだけどさ。(しかもスパイとしてもかなり問題ありの行動だ)
 俺はため息ひとつもらすと交換日記の下書きを再開した。
「ええと、書き出しは……」
『シエラ、元気してるか?
 俺はそれなりに元気だ。今、ビュッデヒュッケ城っていう、ゼクセンのはずれにある城にいる。任務の流れで、クリスっていう女騎士と知り合ったって前書いただろう?』
「……っと、シエラ以外の女の名前出すのはまずいな」
『任務の流れで、ゼクセンの連中と知り合いになったんだが、そいつらが、シックスクランやハルモニアと同盟を結んでこの城に集合することになったから、一緒に住むことになったんだ。
 個室はあるし、情報はとり放題だし、結構楽な職場だよ。無理難題ふっかける上司がすぐ側に住んでるっていうのが玉に傷だけどな。
 そういえば、この城っていうのがちょっと不思議なところなんだ。城主がこだわらないせいなのかな? 人がいっぱい集まってるんだが、まあその顔ぶれがむちゃくちゃなんだ。人っていったら国籍問わずだし、そのほかダックだのリザードだのエルフだのドワーフだのごちゃまぜだ。この間なんか、風呂敷背負った犬までいた。しかも五匹。
 なんていうか、前シエラが話してくれたデュナンの新年同盟軍? そんなかんじだ。
 結構おもしろいから今度見物にこいよ。案内するからさ。紋章さえ見つからなかったら、多分あんたのこともみんな気にしないと思う。
 戦争の終わりはまだ見えないが、早めに切り上げてあんたのところに帰るよ』
「……と、あとは」
 俺は一旦ペンを止めたあと、一筆書き添えた。
『愛してる  ナッシュ』
「……」
 会いたい、とまで書きそうになって、俺はやめた。そこまで書いたら女々しいだけだろう。
「ジュニア、これ、頼むよ」
 ようやく下書きを手帳に書き写して、俺はドミンゲスジュニアに声をかけた。ジュニアは、億劫そうに頭をあげる。
 ったく、親もたいがい生意気だったが、息子はそれ以上だな!
「ヤット書イタカ。コレヲ届ケタライインダナ?」
「そうだ。大切なものだから、絶対届けてくれよ?」
「ヤレヤレ、はるもにあノ指令書トドッチガ大事ナンダカ」
「こっちが大事!」
「ほほう、それはいいことを聞いたな」
 ドミンゲスに向かって話しかけていた俺の後ろから声がかけられた。
 ややトーンが高めの、可愛らしい少年の声。だが、その声に含まれる感情は少年どころの話じゃない。
「さ……ささらい……様?」
 振り向くと、それはもうすがすがしくお笑いになられているササライ様がいらっしゃった。
 なんであんたはスパイの背後に回れるんですか!
「僕の命令より大事な手紙って何かなー? ドミンゲス、見せてくれるかい?」
「ドミンゲス! さっさと行け!」
 俺は窓を乱暴に開けるとドミンゲスを窓から放り出した。ぴぃ、と声を出してドミンゲスは窓の外の闇に消える。あれぐらいのことでやられるとは思わないけど、次会うときには高級餌を用意しておかなくちゃな。
「ナッシュ……いーい度胸だねえ」
 振り向くと、ササライがまだ笑って(でも目は笑ってない)が立っていた。
 この後、この暴君の機嫌をとるのに俺がどれだけ苦労をしたかは、まあ書かないほうがいいだろう。

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