愛の交換日記〜シエラサイド〜

「しえら! しえら!」
 鳥の鳴き声に顔をあげると、窓の外に、リュックを背負った茶色い鳥がいた。
「おお、ドミンゲスではないかえ! 久しいのう」
 窓を開けてやると、ドミンゲスはちょこんとシエラの肩にとまった。頭を撫でると嬉しそうにくちばしを頬に寄せてくる。
「今餌をやろうのう。ナッシュから、なんぞ預かってきたのかえ?」
 ドミンゲスは、肩から降りてテーブルの上に乗り、シエラに背中を見せた。リュックの中身を見ろということだろう。シエラは慣れた手つきでそれを開ける。中から顔を出した手帳を見て、シエラの顔がほころんだ。
「律儀な奴じゃのう……あいかわらず」
「ソノ度、俺ハ大忙シダゼ」
「すまんの、ドミンゲスジュニア。ここはわらわの顔をたてて許しておくれ」
 シエラが頭をなでると、ドミンゲスはおとなしく羽を畳んだ。
「こ奴の手紙を読むのはそう悪い気はせぬのじゃ」
 ドミンゲスに餌を与え、シエラは手帳を持ってベッドに寝転がった。鍵を開けると、ナッシュらしい、少しくせのついた文字がシエラの目に入ってくる。
「あいもかわらずじゃ……」
 文章には書かれてはいないが、騒動に巻き込まれるのはいつも通りらしい。しかも、今回はササライも一緒とあって、苦労が倍増しているようだった。
 読み終わったあと、シエラは体を起こすと戸棚に向かった。そして、ペンとインク、紙を持ってくる。
「しえら、返事ヲ書クノカ?」
「そうじゃ。なに、返事は書くがすぐには出さぬ。旅で疲れたのであろう? しばらくゆっくりしていくといい」
 そう言って、ドミンゲスの頭を撫でてやると、甘えるようにクルル……と鳴いてドミンゲスはそこにうずくまった。
「さて……どう書くかのう?」
『ナッシュ、おんしはあいかわらず無駄に元気なようじゃのう? こちらは息災にやっておる故、気にするでない。
 炎の運び手のことは聞いておる。裏切り者の神官将がおったという話じゃが、その者はまことに風の……』
 シエラはペンを止めた。
「いや、これはナッシュに聞くことではないか」
 シエラは十五年前、戦いをともにした友人の顔を思い出して頭を降った。十五年前、デュナンで戦った者のことは、デュナンの者に聞いた方がいいだろう。それに手紙で書くことではない。
『城に多くの人間が、国籍を問わずに集まっているのか。確かに、デュナンの城のようじゃのう。懐かしい、と言いたいところじゃが、実は今わらわがいるのはそのデュナンじゃ。おもちゃがおらぬで、暇じゃったから。
 王も軍師も、しぶいいい男になっておって、眼福じゃったぞえ? 約一名、軍師が父親に似てはげ上がっておったのが幻滅じゃったが。
 ここも楽しいところじゃが、おんしのおる城も楽しそうじゃのう。気が向いたらそちらに行くかもしれぬ。もてなしの準備をしておれ。
 ではのう    シエラ』
 下書きを書き終えてから、シエラはしばらく考え込んでいた。
「しえら?」
 ドミンゲスジュニアが、首をかしげてシエラを見上げている。シエラは微笑んだ。
「……うむ、少し考えておってのう。まあよいわ」
 ドミンゲスをなでると、シエラは下書きをくしゃくしゃと丸めて、ゴミ箱に捨てた。
「しえら、書カナイノカ?」
「似たようなところじゃ」
 シエラはいたずらを思いついた子供のようにくすくす笑うと、ペンをとった。そして、交換日記をめくると『ああそうかえ』とだけ書いて閉じる。
「イイノカ?」
「よいのじゃ! 今回は手紙では伝えられぬことが多いゆえ、直接会って話すことにする」
 ドミンゲスは驚いてシエラを見上げた。シエラは笑う。
「じゃが、このことはナッシュに教えてはならぬぞえ? 驚かせて、肝をつぶさせてやるのじゃ!」
 かわいらしく、口の前に人差し指をたてるシエラを見て、ドミンゲスは嬉しそうに羽を広げた。



 数日後、一言しか返事を書いてもらえなかったことにうちひしがれたナッシュが「まあ、返事がもらえるだけましか……」と自分を慰めていたということはまた別の話。

オフラインで発行していた本のねたっす
まあ、人の目にほとんどふれないと思われるのでネットにもアップ
(本は本で、オフラインならではのものに作ったつもりだし)
この話は、チャットでの馬鹿話がもとになってます
スパイのナッシュと吸血鬼のシエラ。
会えない時間の多い彼らの遠距離恋愛(笑)を支えていたのはきっと文通であろうと!!
でもって更に交換日記をしていたら笑えるだろうと!!


>戻ります