家路

「こんなに早く帰ってくることになるとはな……」
 クリスタルバレーの手前、以前はぐれ竜を退治した小さな村に俺はいた。ここを出てからかれこれ半年ほど。恩人との約束とはちがってしまったが、この場合しょうがないだろう。
 村に入ると、前に泊まった宿の亭主が俺を見かけて嬉しそうな顔になる。
「ナッシュさん、お久しぶり」
「久しぶり。あれから村はどうだい?」
「家畜も順調に育っているし、平和そのもの、と言いたい所なんだけどなあ」
「どうかしたのか?」
 亭主はう〜〜ん、とうなる。
「それがね、今度は野盗が出るようになってね。昨日も一人旅行者が攫われたんだ。えーと、確かユーリっていったかな。ナッシュさんと同じような金髪で、緑の目の女の人」
「ユーリ?」
 俺は頭が真っ白になった。
 危ない目にあってはしないかと、道中心配のし通しだったが、そんなタッチの差でこんなことに巻き込まれているとは。
「それで、その盗賊は?」
 亭主につかみかかろうとした俺に向かって、馬の蹄の音が近づいてきた。
「ナッシュ!」
 見ると私服姿のレナが血相を変えてやってくる。
「レナ! ユーリが……」
「遅いぞばか者!」
 ごすっ。
 俺の脳天に、レナの鉄拳が直撃した。
「痛ええええええっ!」
「あたりまえだ、馬鹿! 亭主、こいつは借りていくぞ」
「れ、レナ様……」
「おいレナ、何を……」
「さっさと乗れ!」
 レナは、俺の襟首を引っつかむと力任せに俺の体を引き上げた。いきなりのことで俺はつんのめる。
「待てよ、俺の服は中にギミックが詰まってるから危ないんだってば!」
「知るか!」
 心底、怒っているらしい。俺は逆らわずにレナの後ろに乗るとそのまま彼女が馬を走らせるのに従った。
「レナ……事情は?」
 聞くと、レナはふん、と鼻を鳴らした。
「全く、どこで覚えてきたんだか、随分手際のいいやりかたでユーリは姿を消していてね。私も見つけたのはついさっきだ。この先の洞窟で盗賊たちに捕まっているらしい」
「この先の洞窟……なるほど、あの竜の棲家か」
「来たことがあるのか?」
「なりゆきでね。竜退治、なんてかっこいい真似をさせらたんだ」
「へえ。今回は随分格好の悪い状況だけどね」
 レナの言葉に、俺は返事すらできない。確かに、そもそもの発端はユーリに向き合わなかった俺にある。
「さて、ここだ」
 洞窟の手前で、レナは馬を止めた。洞窟の中に馬で入っていくわけにもいかない。俺は装備を確認すると、レナと頷きあった。
「盗賊自体はたいした人数じゃない。だが、中に一人魔獣を召喚できる魔法使いがいてね。それが厄介なんだ」
「なるほど。じゃあ洞窟の構造を知っている俺が先導するからレナは……」
 歩きながら、作戦を立てていたところで
 ひゅうううぅぅぅっ。どかん!
 いきなり落ちてきた火の玉に、俺たちはその場を飛びのいた。
「ナッシュ!」
「俺は大丈夫だ、レナは?」
「生きてるよ!」
 火の玉で抉られた地面をはさんで道の手前と奥、俺たちは分断された。洞窟側にいる俺は、レナに近づこうと道を戻ろうとする。その間に、先ほどの火の玉を繰り出したらしいキメラが舞い降りた。
「ちっ。しょうがないな」
 やつの狙いはレナのようだ。後ろからナイフで切りつけようとした俺を、レナが制する。
「さっさと洞窟に行け、ナッシュ! 奴らに気づかれたということはユーリが危ない!」
「けどレナが!!」
 キメラは生半可なモンスターじゃない。二人でかかっていって倒せるかどうかも怪しいのに。
「私は大丈夫だ。ナッシュ、ハルモニア親衛隊副隊長の私の実力を見くびってもらっちゃ困るねえ」
 にやり、と笑った顔は随分余裕だ。会っていない三年間に、レナも腕を上げたのだろうか。ここは、レナを信用して任せることにする。
 俺は洞窟に向かって走り出した。入る直前に、耳元で歌声。ワンフレーズ聞き終わる前に俺は耳をふさいだ。
「セイレーン……」
 入り口に青白い人魚が立ちはだかる。今の状態では誰も手助けをしてはくれない。歌を聴いて寝てしまったらアウトだ。幸いなのは、セイレーンがあまり丈夫なモンスターではないこと。歌声を聞かない俺にじれて、セイレーンが魔法を使おうとするその一瞬、俺はスパイクを繰り出した。
「邪魔だ!」
 眉間に一発、というファインプレーでセイレーンを倒すと、俺は洞窟の奥へと進む。身を隠しながら奥へ、と思ったがそうはいかなかった。魔法使いが、要所要所に明かりを設けているため、身を潜めるための闇が存在しなかったのだ。
「正面突破? やってらんねーな」
 しかし選択肢はない。だいたい、つぎつぎと現れるモンスターのおかげで、俺の頭からは徐々に思考能力が奪われていく。一番俺の嫌いな戦い方へと状況は変化していった。
「くそ、術者はどこだ?」
 ユーリを探しつつ、気配を探るが、全く分からない。人間の盗賊がいないのも変だ。しかし、それ以上考える前に、俺は重要なものを見つけた。
「ユーリ……」
 洞窟の最奥、ちょうどはぐれ竜が住処にしていたところに、ユーリはいた。最近しつらえられたらしい檻のなかで不安そうに座っている。
 駆け寄る前に、俺は装備を点検した。今までのこの術者の癖ならば、ここに何かいないほうがおかしい。
「スパイクが装てんしなおして三発……投げナイフはもうない。あとはショートソードとアンカー、火薬が少し、か。まあなんとかいける?」
 確認が終わった俺は、慎重にユーリの前へと姿を現した。
「ユーリ」
「お兄様!」
 ユーリが俺に駆け寄る。俺は妹を極力見ないようにして扉の鍵を開けにかかった。
「お兄様……」
「話はあとだ。逃げるぞ」
「ええ、だけど……」
「ん?」
 鍵を開けると同時にすさまじい魔力の高まりを感じた。とっさにユーリをかばって横っ飛びに飛ぶ。振り向くと、今までいたところに巨大なストーンゴーレムが出現していた。
「……こんなものまで?」
 背筋に冷たい汗が流れる。術者の力は強大だ。あれだけのモンスターを呼び出しておいて、更にこんなに大きなものを出現させるなど、普通では考えられなかった。
 しかし、そんなことに驚いている場合じゃない。ユーリを連れて、逃げなければ。
 先ほど確認した装備を思い出す。
 あんなでかいの相手にスパイクやショートソードは無意味だ。火薬もこの量じゃどうしようもない。第一、こんな洞窟で爆発物を使ったらこっちまで巻き添えをくう。となったら……逃げの一手だろう、これは。
「ユーリ、走れるか?」
 体を起こしたユーリにきく。こく、と妹が頷くのを確認して、俺は閃光弾を手の中に滑り込ませた。
「目を閉じて、合図したら一緒に走るんだ。いいな?」
「はい!」
 退路は一本きり。失敗したら、多分あとはない。俺は閃光弾を炸裂させると、一気に走り出した。ゴーレムの足は遅い。スパイクを放って牽制しつつ、その場から退避する。
 逃げ切れる、そう思ったときだ。
 目の前に、キメラが現れた。
「なっ!」
 キメラの三つ首が口を開く。魔法が、くる。後ろからはゴーレムの足音。
 どうすればいい?
「ユーリ!」
 俺は一か八か、ユーリをマントで包み、洞窟の壁すれすれに伏せた。
 同士討ち……に、なるか?
 しかし、どちらのモンスターの衝撃も来なかった。
 いきなり回りが静かになる。
「……え?」
 顔を上げると、洞窟には何もいなかった。キメラも、ゴーレムも。ただ、俺とユーリだけが無様に転がっている。
「ユーリ、大丈夫か?」
「ええ、お兄様こそ」
「俺は大丈夫だ。しかし、どうしたんだこれは?」
 俺は体を起こすと、ユーリを立たせた。
 今の状況は予想外だ。モンスターを呼び寄せたあの手際といい、人をいたぶるように順序よく配置したあの計画性といい、奴のような術者がこんなところで手を抜くとは思えなかったのだが。
「後についてこい、ユーリ」
 油断なくあたりを見回して歩き出そうとした俺は、動きを止めた。ユーリが抱きついてきたからだ。
「ユーリ?」
 一瞬、罠かと思った。だけど、ユーリは俺の知っているユーリ自身で。
「やめるんだ、ユーリ、お前が汚れる」
 抱きつくその手を引き剥がすこともできない。俺は、俺の手は彼女の婚約者の血で染まっていたから。
「そんなこと、どうでもいい」
「ユーリ」
「お兄様がザジを……殺したことは、わかっています。わかっていて、それでも」
「ユー……リ」
 じわり、と抱きついてきたユーリの、ちょうど顔が当たる部分が濡れる感触。
「汚れているのは私のほう……。本当のザジを知っていて、お兄様やレナに迷惑がかかると分かっていて、あの人についていった私が」
「お前知ってて……!」
 ユーリは一瞬、沈黙する。俺は息を吐いた。
「私は、お兄様を恨んでなんかいない。そして、全てを知る覚悟をしている。そう、お兄様に伝えたかったのに……お兄様はずっと逃げてばかりいたから」
「……ごめん」
「お兄様、私の話を聞いてくれる? そして、私に教えてくれる?」
 俺はユーリの震える肩を抱きしめた。
「わかった。全部……話すよ。ごめん……ユーリ」
 ユーリ、お前は俺が思っていたよりも、ずっと、強かったんだな。
 ずっと、俺はお前の前から姿を消すことを、お前の弱さのせいにしてたけど、そうじゃなかった。俺に、お前と向き合う勇気がなかっただけなんだ。
「ごめん……」
 再度謝ったとき、ぱんぱんぱん、と拍手の音が洞窟内に響き渡った。
「やれやれ、やっと仲直りしたね?」
「レナ? キメラは倒せたのか?」
「ああ、あれ? たいしたことなかったよ?」
 そう言って、レナはすっとぼけた。なにかおかしい……何か、あるだろこれは。
「さっきから、モンスターの気配が一つもしないのは、あんたが術者を倒したせいかな、とか思ってたけど、違うだろ」
「そんなことないよ」
 しかし、答えるレナの顔は、引きつっている。困った顔じゃない。笑い出すのを押さえている、そんな顔だ。
「うそつけ、だったらそんな気力体力充分余裕です、な顔で立ってられるか!」
「おや私を疑うのか。ひどいねえ、ユーリ」
「そうよ、お兄様」
 俺はユーリを見下ろす。だが、ユーリの顔も、涙目ではあったものの、笑いをこらえている者のそれだ。
 そういえば、あの臆病なユーリがこの状況で抱きついてきたというのもおかしい。盗賊だっていないし。
「ユーリ……レナ……これってもしかして……」
 レナがにんまりと笑う。俺の疑問は確信に変わった。
「そう、お芝居。だまされたね、ナッシュ」
「〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!!」
 悔しすぎて、声も出ない。そう、俺はまんまと女二人の策略にひっかかったのだ。


「ユーリはずっとあんたに会いたがっていたけど、あんたは一筋縄じゃ帰ってきてくれないからね。そこで一芝居うったのさ」
 洞窟の入り口に戻る道々、レナがそんなことを言った。
「にしたってひどくないか? 俺は本気で心配したんだぞ?」
「本気じゃなきゃ帰らないだろう? 大体三年間、お前がユーリに与えた苦痛を考えれば安いものさ」
「……う」
 そういわれれば、俺に反論する余地はない。くすくすと女性軍は笑っている。俺は話の矛先を変えることにした。
「そういえば、ここのモンスターはどうしたんだ? 随分いたけど、これだけ呼び寄せようと思ったらかなり高位の術者の協力が必要だったろう?」
 まさか、円の神殿にいるはずのあの人じゃないだろうな、と心の中で俺はおびえる。あの人にもうこれ以上借りは作りたくない。その俺の心中を知ってか知らずかユーリはとんでもないことを言い出した。
「実は、今回私が家出して、盗賊に捕まったところまでは本当の話なのよ」
「なに?」
「それで、困っているところをある方が助けてくださったの。それで、私があんまり世間知らずなものだから、見かねて協力してくださったの」
 計画は、ほとんどその人が立てたのよ、とユーリは笑う。
「どういうやつだよ、それ……」
 俺は侵入者を入念にいたぶるために完璧に計画された洞窟の仕掛けを思い出す。後一歩で死んでいたかもしれないという場面は、ユーリを助けた後のあの一瞬意外にも多々あったのだ。
「ほら、あの人だよ」
 洞窟の入り口まで戻ってきた俺たちは、入り口に立つ人影を認めた。
 逆光で顔は見えない。しかし女性のようだ。小柄な体のラインで分かる。
 ……見たことあるぞ、この人影。
「計画はうまくいったかえ?」
 上等な鈴の音のように愛らしい声は、時代がかった台詞をつむぐ。レナが駆け寄った。
「ありがとうございます。おかげで万事丸くおさまりました」
 ユーリと一緒に、日の光のもとへ出た俺は、その協力者をしげしげと眺めた。
 色素の淡い、銀の髪。少女のように幼い顔立ちに、血の色のルビーアイ。桜貝のような淡い口元は尊大な笑みを浮かべ。
「シエラ……?」
 そこには、ここ数ヶ月、俺がずっと探しつづけていた女がいた。
 俺は現実かどうかを確かめるために、シエラの肩を掴む。
「シエラ……だよな?」
「なんじゃ、わらわが幻か何かに見えるかえ?」
「見えない」
 ユーリとレナが、おろおろと俺とシエラを見比べた。
「お兄様、シエラ様を知ってるの?」
「知ってるもなにも……なあ」
 ここ数カ月捜しまわってました、とはとても言えない。
「やれやれ、盗賊などという無粋な輩から娘御を助けてみれば、おんしと同じ目と髪で、まさかとは思っておったが、本当におんしとはな」
「ありがとうよ」
 俺はぷい、とそっぽを向く。
「ん? 家族問題を解決するのに手を貸してもらっておいて、感謝が少ないぞ?」
「それについては礼を言うよ。ありがとう! だがな、荷物持ちとしてこき使われたあげくにあんたの戦闘にまきこまれ、あげくのはてに情報も何もなしにとんずらこかれて、俺が素直に口きくと思ってんのかあんたは!」
「そういえばそうじゃったかのう」
 妹と叔母にだまされ、シエラに遊ばれ、ストレスがピークに達していた俺は、ついに禁句を口にした。
「年の取りすぎで記憶がボケたか、この妖怪電撃オババ!」
「誰がオババじゃ!」
 本日戦ったモンスターも含めて、最大級の電撃をかまされて、俺は意識を手放した。


やっとあえたはいいけれど
結局雷おとされてます。
感動的な再開ですか?
無理です……

>で? 次で落ちるんでしょうねえ?

>帰るわよ!