「しかし、馬子にも衣装とはよく言ったものじゃのう……」
「見てくれだけはいいですから、こいつ」
「うるせえな! 俺だって好きでこんな格好してるわけじゃねえ!」
あれから、ユーリと仲直りした俺たちは馬車でそのまま近くにあるスフィーナ家の別宅へやってきていた。そこで、夕食となったわけなんだが、「そんな格好で屋敷をうろつかれたら床が汚れる」との家主の命令で、俺は装備衣装その他もろもろを引っぺがされていた。今着ているのは数年前まで普段着にしていたような上等なシャツとズボン、それからベストだ。
「あら、でもお兄様少し痩せた?」
ユーリが俺を見て、首をかしげる。ユーリは、目元が赤く腫れており、痛々しかった。
ここへ来る道々ザジのことを聞いたり話したりしながらずっと泣いていたせいだ。
「辺境警備隊なんて職業をやっていて、太れっていうほうが難しいとおもうけどね。ああ、でもくびになったんだっけ」
「あと半年はハルモニアに出入り厳禁だろ? お前」
レナが言う。
「んー、まあ適当にどこかふらふらしてるよ。問題は、これからの飯のたねだよなあ」
「なんじゃ、おんし無職か。情けない」
「うるせえ、あんただって似たようなものじゃないか」
「わらわとおんしを一緒にするでないわ」
ぷい、とシエラはそっぽをむく。へいへい、あんたに口で勝とうなんて思ってませんよ。
「ナッシュ、口、ついてるぞ」
レナに言われて、俺は食事の手を止めた。
「え、どこ?」
「ここじゃ。ほんにおんしは食べ方が汚いのう」
シエラの白い手が、俺の頬に当たり、俺はあとずさる。
「子ども扱いはやめろよな! 自分でやれるっての」
「では大人らしく美しく食事をするんじゃな」
俺が言葉につまったところで、ユーリが笑った。これは、喜ぶべきだろうか?
「お兄様、あいかわらず……」
「シエラ様、聞いてくださいよ。こいつ昔っから食べるのだけは行儀悪くて」
「そこ、過去の失態をばらさない」
「お前の場合、現在も続く失態だろうが」
「うるせえ!」
「おやおや、ナッシュ? 食卓は明るく楽しく、がラトキエ家流なのではなかったかのう?」
くつくつと笑いながらシエラが俺を見ていた。全く、いちいちしょうもないことばかり覚えてやがる。
「だったら、楽しい話題で盛り上がろうぜ」
「ほう……ではナッシュの過去の失敗談を語るのが楽しいと思う者は手をあげよ」
さっとレナ、ユーリ、シエラの手が挙がった。
「お、お前ら〜〜〜〜〜〜」
「三対一、だな。さてどんな話をシエラ様にして差し上げようか、ユーリ?」
「ふふ、そうねえ」
女達は結束を深めているようだ。
ああいいよ、もう。楽しければ好きに話してるがいいさ!!
「ナッシュ、待ってくれ」
俺の初恋の相手が誰だったか、とか、昼寝をしていてレナにいたずらされただとか、そんな話ばかりで周りが盛り上がるという、拷問のような時間からやっと開放されて、俺が部屋に戻ろうとしたところを、レナが呼び止めた。
「何、レナ。俺の昔話だったら、もうよしてくれよ」
「そんなんじゃない。これを渡し忘れていてな」
そう言って、渡されたのは懐中時計のような形をしたアクセサリー。中にはシエラの細密画が入っている。前にカーンからもらったものだ。
「あ……」
「ポケットの奥に入れてあったから、危うく洗濯女が一緒に洗ってしまうところだったぞ?」
「ありがとう。中……見た?」
言うと、レナは意味深に笑った。
「見たんだな?」
「つい……出来心だ、許せ」
レナは謝るとそのまま吹き出した。それは、謝る態度じゃないだろ。
「レナ、俺だって怒るぞ」
「すまん。でも、ちょっと安心した。やはり、順番からいうと上の兄弟から片付いていくべきだからな」
「余計なお世話だ。それを言うならレナ、あんたが一番最初に片付かないといけないんじゃないか?」
「それこそ余計なお世話だ。私はもう、しかるべきところから婿養子をもらう手はずをつけてある」
レナは胸をそらす。
「手はずをつけるって言う時点で、何かが激しく間違ってないか……それ」
「個人の自由だ」
「へいへい」
俺は尻のポケットに細密画を突っ込むとまた歩き出した。
「ナッシュ」
「何?」
俺は首だけで振り向く。
「ちゃんと、つかまえろよ」
「さあね。なにせあの女王様の心は秋の空より変わりやすいから」
ひらひらと手を振って、俺は今度こそ自分の部屋へと歩いていった。
ドアをノックすると、聞きなれた声が返事をした。
「入っていいか?」
きくと、声は俺に許可を出す。俺は、酒瓶とグラスの乗ったお盆を持ったまま、行儀悪く扉を開けた。
客間の一室、窓辺に、銀髪の少女が座っている。
レナにからかわれた手前、速攻シエラの部屋を訪れるというのは少々ばつが悪い気もしたが、何せ相手が相手だ。姿が見えるうちに口説いておかないと、いついなくなるか知れたものではない。
「よう」
「おんし、妹についていてやらなくてよいのか?」
「今は一人にしておいたほうがいい。何か聞きたくなったら、自分で来るさ」
俺は、客間のテーブルに盆をおろす。
「で、俺としては、あんたと話がしたかったから、ここに来たんだ」
「乙女の部屋にやってくるには少々時間が遅いが……まあその上等な手土産に免じて許してやろうよ」
誰が乙女だ、という言葉を俺は飲み込んだ。開始早々、五分もたたないうちにたたき出されたのではあまりに情けない。
「赤ワイン、あんた好きだろう?」
「まあ、好みじゃな。ナッシュ、この部屋は少し肌寒い。暖炉の火を入れてくれぬか」
「了解」
俺は暖炉の前に膝をつくと、暖炉をいじり始めた。今日はいつもの装備がないから、少し手間がかかりそうだ。
「しかし、ハルモニアにくるなんて、危なくないか?」
「何がじゃ」
暖炉をいじる俺にシエラが近づく。
「この国は紋章を欲してる。あんたみたいに真の紋章を宿している人間にとっては鬼門みたいなところだろう?」
「下らぬことを……わらわがヒクサクごとき、若造にしてやられるとでも?」
「ヒクサク様を若造呼ばわりするのは、世界でもあんただけだよ」
よく考えたら、シエラはうちの国の王様よりさらに三百歳も年上なんだよな。えらい世界だ。
「まだか?」
「もうちょっと……って、シエラ、何するんだよ!」
尻にもぞ、という感触を感じて、俺は身を翻した。痴漢か、あんたは!!
「なんじゃ、これは」
「あ」
シンプルなズボンのポケットにいれたまま、かがみこんでいたから形が浮き出ていたらしい。シエラの手には、さっきレナに渡してもらった細密画があった。
「待て、それは……」
時すでに遅し。
シエラは蓋を開けて、中を見てしまった。
「これは、わらわの……」
「それは、その、カーンにもらったんだ」
俺は奪い取ろうとするが、シエラはさっと体を引く。
「カーンに会ったのか?」
「ああ。それで、もう必要ないからっていってもらった」
「そうか……」
ふと、ルビーアイが伏せられた。てっきりからかわれると思っていた俺は、反撃しそこねる。彼女はどこにひっかかったのだろう?
ああ……。
少し考えてから、俺はシエラに近づいた。
「放浪生活をやめたから、実家にある額に入った絵だけあれば十分だって言っていた。それに、俺のほうがこれを必要としているからって」
「ふむ?」
シエラの顔が上げられる。やっぱりな。役目を終えたとはいえ、カーンたちマリィ家の人々に必要のないものという扱いをされたのが、つらかったらしい。安心したのもつかの間。
「で、何故おんしがこれを必要としておったのじゃ?」
にやり。
シエラの握る細密画に手を伸ばそうとしていた俺は動きを止めた。
「それは……その」
シエラは俺を面白そうに見ている。俺は墓穴を掘ったことを知った。
しまった……しかしここで認めたら負けだ。
「何故じゃ?」
ずい、と今度はシエラが俺に近づいた。俺はずりずりとあとずさる。
ずい。ずりずり。
ずい。ずりずり。
「さて、もう後がないのう、ナッシュ?」
「う……」
俺はベッドサイドに追い詰められていた。腰を落とした俺に、シエラがのしかかるようにして迫ってくる。
「やれやれ、強情なことじゃ。では力づくで白状させるかのう?」
「この体勢でそこまで色気のないことを言うか……」
「色気、とは?」
尊大な、態度。俺は腹をくくることに決めた。
くそ、認めりゃいいんだろ、認めりゃ。
するりとシエラの細い腰を抱く。右手は、シエラの頬に。
「俺が、あんたに会いたかったからだ」
「ほう?」
「こき使われて、血を吸われて、約束破られて、置いていかれて、それでもなんて、俺もどうかしてると思うけど」
シエラの顔が険しくなる。俺はそれに構わず彼女を抱き寄せた。
「俺はどうしてもあんたにもう一度、会いたかったんだ」
「ナッシュ……」
シエラの体を抱きしめる。小柄で、華奢なその体は俺の腕の中にすっぽりおさまるどころか、余るくらいだ。
耳元で、囁く。
「蒼き月の村まで行ったんだ……」
「わらわを探しに? ……よくもまあ見つけたものじゃ」
「いろいろあってね。しかし、何ヶ月も駆けずり回って探してたっていうのに、よりによって故郷であんたを見つけるとはね。皮肉な話だ」
俺ばっかり会いたいと、そう思っているようで。それを嘲笑われているようで。
ふふ、というシエラの笑い声が俺の耳を打った。
「何を下らぬ……そうして一人で納得して、一人で落ち込む気かえ?」
「悪かったな」
シエラが、体をずらす。俺の目を真正面から捉えることができるように。
「一言聞けばよいのじゃ。何故わらわが、わざわざこんなしち面倒くさい国にやってきたのかを」
「え、それって」
期待に、俺の心臓は情けなくも興奮していた。
シエラは、俺の故郷がハルモニアだと知っていた。家名も知っているから、きっとクリスタルバレーに的を絞ることも簡単だったろう。
そうだと、思ってよいのだろうか。
シエラもまた、俺を探していたと。
「シエラ」
「聞いてみる気かえ?」
意味深な、瞳。肯定とも否定ともとれない。
俺はしばらく見つめた後、息を吐いた。
「いい……別に」
俺はその代わりに、シエラの唇にくちづけた。シエラはそれを柔らかく受け止める。俺は相手の唇を軽く噛んで、離れた。
「シエラ」
「なんじゃ」
シエラの頬にかかる髪を、さらりと指ではらう。
「俺、警備隊をくびになって、雇いさきを探してるんだ」
「それで?」
頬に、口付けを落とす。
「始祖様の荷物持ちに雇ってはいただけないでしょうかね」
更に、額にも。
「さて、どうしたものかのう」
気のない台詞。俺は瞼にまたキスをする。
「そうじゃな。ではこれからの働き次第……ということでどうじゃ」
シエラの手が、俺の首にまわされる。誘う、しぐさ。
「これから……今から?」
俺はシエラの腰に回していた手をずらし、シエラのももを撫で上げる。
シエラはくすぐったそうにしているが行為自体を拒みはしない。
「では精一杯励ませてもらいますか」
「そうするが良い」
シエラと俺は、こらえきれずに笑いあった。
翌日、目が覚めたあと俺がしたことといえばシエラがいるかどうか、それを確認することだった。
すぐ隣にあるぬくもりに手を触れて、ほっと息を吐く。
体を起こして、シエラの寝顔を覗き込む。
本当、寝ている顔はこんなにあどけないのに。
抱きこんで、肩口にキスすると、その腕を引っかかれた。
「痛え」
「なにをやっておる、この助平が」
「ちょっとしたスキンシップだろ。大体昨日はそっちだって……」
ぎり、と腕に本気で爪を立てられて、俺は黙った。
「昨日の件、考え直したほうがよいじゃろうか?」
「ひでえなあ。あんなに頑張ったのに。大体、俺より有能な荷物持ち、いないぞ?」
「文句の多い荷物持ちもな」
シエラはするりと俺の腕の中から抜け出す。俺は負けじとまた手を伸ばして抱き寄せる。
「それはあんたが無茶な注文ばっかりつけるからだろ」
「ふん、あれしきで音をあげるとは、軟弱なことじゃ」
また、シエラは逃げる。だけど、それはベッドの上という範囲内だ。
「あんたの荷物とあんた自身、全部背負って歩くのを、あれしきで片付ける気か?」
「そうじゃ」
布団の上の鬼ごっこ。なぜか俺がシエラに押し倒される。そんな体勢になったとき、突然ドアがノックされた。
「あ」
俺たちは、失念していた。ここが、スフィーナ家の別宅であることを。
ドアが開かれる。
「お兄様、シエラ様のところにいたの? さっきから探して……」
部屋の中を見たユーリはそのまま固まった。
朝起きたまま、寝癖もつけっぱなしで下着姿。そんな状態でベッドの上でじゃれあう俺たちがどういう関係かは明白である。
「ええと……」
俺は体を起こしながら苦笑いをする。
さて、どう話すべきか。
妹に発見され、おにいちゃんピンチ!
とんでもない状況ですが、これで終わってます
このあとどう言い訳したんでしょうか(おい)
どっちにしろ、レナには笑われてそうですが
>帰るわよ!