Weihnachten

 メリークリスマス! あなたに祝福がありますように

 ことん、と小さく音をたてて、クリスはテーブルの上にマグカップを置いた。
 ずいぶんゆっくり飲んでいたせいか中身はすっかり冷えている。
「……」
 階下からは、酒場で皆が騒ぐ音が響いてきている。
 いつも騒がしい場所だが、クリスマスイブなせいか、余計に騒がしいようだ。
 クリスは、うん、と首をかしげた。
 六騎士の連中を送り出してから既に数時間。夕食の時間どころか、夜食の時間にさしかかろうとしている。
 多分、腹は減っているのだと、思う。
 だが食事をする気はおこらず、こうやってずるずると部屋にいる。
 食事をする機会がなかったわけではない。
 一時間以上前に、ボルスが誘いに来た。
 ……花束とワインを持って。
 あまり気負わなくていいと本人は言っていたが、目に期待が溢れていたので断った。
 彼の気持ちは嬉しいが、応える気がないのならそもそも誘いにのるわけにはいかないだろう。
 彼はいい男だけど、私が好きなのは彼じゃない。
 こんな職についていて、男に好かれるのはかなりの幸運だとは思うけれど、それでもやっぱり駄目だ。
 気持ちを簡単に偽れるほど器用にはできていないのだからしょうがない。
 ボルスには申し訳ないと思うけれど、クリスにとっては彼の告白よりもクリスマスを一人で過ごすと言ったパーシヴァルの言葉のほうが鮮やかで。
 取り巻きは数多くいても、特定の女はまだいないのだと確認してほっとしている自分を浅ましいと思うべきか、かわいいと思うべきか。
 自分でもどうかしていると思う。
 浮かばせた名前は数知れず、いつも女が取り巻いてばかりいるあんな男。
 けれど同時に、彼の優しさも、内なる激しさも知っている。
「いかん……やめよう!」
 いつの間にやら思考が黒髪のにやけた騎士のことでいっぱいになっていたことに気がついたクリスは首を振ると、立ち上がった。
「とりあえず下に行って、何か腹に詰め込もう。うん、それがいい」
 部屋着の上からジャケットを羽織ろうとしたら、ノックがそれを邪魔した。
「誰だ? 開いてるぞ」
「この時間にそれは危ないですよ」
 呆れ気味のその声にクリスは身を固くした。
 その耳障りのいい低い声は、さっきまで考えていた男のものだったから。
「パーシヴァル?」
 振り向いて、更にクリスは絶句した。
 大きなワゴンと共に部屋に入ってきたパーシヴァルは、正装していた。
 私室のどこに置いていたのか、きちんと手入れされた漆黒のタキシード。ぴしっと着こなした彼の姿は男性なのに、綺麗という言葉がぴったりくる。
 そして、ワゴンには今できたてらしい七面鳥の丸焼きと冬野菜のスープ、それからスパークリングワイン。
「何事だ?!」
 パーシヴァルはにっこりと笑った。
「夕食を、貴女と共に過ごしたいと思いまして」
「いやにしたって普通に誘いにくればいいだろう。この料理は」
「ちょっとしたいきさつで、よい鳥と野菜と酒が手に入りましたので、腕をふるってみました」
 クリスは呆然と見上げる。
 この男は、何故クリスが望んだ通りの優しい微笑みを彼女だけに投げかけているのか?
「お前、クリスマスに一人だけ特別扱いしないんじゃ……」
「ああ、そういえばその説明が先でしたね」
 パーシヴァルは軽く体をかがめた。
「私はね、クリス様、もうずっと前から貴女のことを……」

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クリスマスSS第二弾!
女たらしパーシヴァル、改心してクリスを口説く(笑)
この後どうなったかは想像におまかせ〜〜
なんか長くなってしまったパークリです。
他より長いですが、それはプロットのせいってことで。
今回タイトルは歌のほうではなくて
ディケンズの名作「クリスマス・キャロル」がもとです。
ディケンズの話だと過去、現在、未来のクリスマスの幽霊がやってきて
主人公をいさめるのですよ。
なので、その役をバーツ達にやってもらって、
題名を更にパーシヴァルの武器に引っかけさせてもらいました。
今回一番ツクリで遊んでいる話かもしれません。
Weihnachtsabendはクリスマスイブ、
Weihnachtenはクリスマスのドイツ語訳です。
念のため。
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