Weihnachtsabend

 それはやっぱり365日のうちの一日で、別に特別でもなんでもない。
 そうだろ?


「さて、これで仕事は終わりだな」
 とんとん、と書類をそろえると、クリスは顔をあげた。
「お疲れ様です」
 クリスの作業を静かに待っていたサロメがその書類を受け取るとにっこり笑った。
「あー、今年ももう終わりかあ……」
 ボルスが椅子に座ったまま、大きく伸びをした。その頭をレオがこつんと叩く。
「こら、まだあと一週間はあるんだぞ。気を抜きすぎるな」
「でもこれから新年まではクリスマス休暇ですから、間違いじゃないですよ」
 全員分のお茶をいれていたルイスが言う。違いない、とロランが静かに頷いた。
「評議会から招集されてしまったらそれも終わりですけどね」
「水をさすんじゃない、パーシヴァル」
 ボルスに睨まれて、パーシヴァルが苦笑した。
 あいかわらず貧乏なせいで、冬だというのに壁のあいたビュッデヒュッケ城。(でも体感温度は何故か高い)
 その騎士団用執務室では、ゼクセン騎士団長をはじめ、六騎士と呼ばれる面々が集合していた。
 一日遅いがこれからクリスマス休暇だ。
 もちろん彼らの仕事は騎士なのだから、休暇は交代制だ。けれど、いつもより長めにとれる休暇に、みんなうかれていた。
「ボルス様は休暇の間どうされるんですか?」
 ルイスに訊かれて、ボルスはつまらなさそうに口をとがらせた。
「実家に帰ることになっている。家族で集まるのはいいんだが、ここ数年違う家のお嬢さん方が何故か何人も紛れ込んでてなー」
「見合い代わりか。そりゃ災難だな」
 わはは、とレオは笑う。帰る場所が決まっている既婚者は気楽なものだ。
「私も家に帰る予定です。母の様子をたまには見に行かないと」
 サロメが書類片手に微笑んだ。
「ルイスも実家か。……ロランは?」
 パーシヴァルが訊くと、ロランはわずかに口元をほころばせた。
「今年は、楽団の方々のところに寄せてもらうことになりまして……」
「「ほほう」」
 にやり、とロラン以外の全員が笑った。
 楽団、といえば酒場でいつも音楽を奏でている陽気な三人組のことだろう。彼らの内の一人は、ネイといって、妙齢の美女エルフである。
「なに勘ぐってるんですか! 私は別に」
「別にどうってことはないですよね、花屋の予約くらい」
 パーシヴァルのつっこみに、ロランが珍しく顔をゆがめる。
「なんで知ってるんですか。で? パーシヴァルこそクリスマスはどうするんです」
「部屋で寝てます」
「嘘!!」
 予想外の答えに、全員が大声を出した。常に物静かなロランやサロメまでもが、である。
「お前のことだから、クリスマスをいいことに女のところをはしごでもしてるかと思った!」
「人の生活を勝手にただれさせるんじゃない、ボルス」
「だってクリスマスこそとりまきが放っておかないだろうが」
「クリスマスだからな。誰か一人と一緒にすごしたら、その人が特別になるだろう? 俺はそういう特別扱いはしないんだ」
「……いつか刺されるぞ、お前」
 ボルスがぼそりと言ったが、パーシヴァルにはまったくきいていない。
「だったらそれこそ実家に帰ったらどうだ? 今年は近いだろう」
 クリスが呆れてそう言うと、パーシヴァルは首を振る。
「実家は駄目です。ボルスと同じ理由ですが」
「見合いですか」
 周りがだいたいあきらめる年齢まで達しているサロメが言う。ボルスが悪態をついた。
「お前はさっさと片付いとけ」
「ボルス、お前は田舎の縁結びおばちゃんの怖さを知らないからそういうことを言えるんだ。下手に実家に帰って一晩過ごしてみろ。次の日には玄関先に花嫁が一ダースならんでるぞ」
 本当に縁談には辟易しているらしい。パーシヴァルがため息をつくと、他全員が笑った。
「あれ? そういえばクリス様は?」
 ルイスが言うと、そういえば、と彼らはクリスを振り向いた。
 クリスは苦笑する。
「ん、今年はまだ片付けたい仕事もあるし、この城で過ごすつもりだ」
 何故、と言いかけて彼らは他の言葉を探した。そう言えば、彼女は実家に家族がいない。
「いつもはじいやが食事を作ってくれるんだが、今年は彼が実家に帰らなくてはいけない理由ができてしまって。誰もいない家に帰るよりは、城にいるほうが楽しいから」
「そう……ですか?」
 ボルスが心配そうな顔になる。クリスはくすくす笑った。
「子供じゃないんだから大丈夫だよ、ボルス。それににぎやかさからいったら、今年が一番騒がしいくらいだ。ほらみんな、せっかく休暇なんだから楽しんでこい。パーシヴァル以外は!」
 笑うクリスに送り出されて、彼らは執務室を後にした。


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