Sweet & Sweet

「クリス様、今夜はよろしいですか?」
 親友のリリィとレストランで昼食を取っていたクリスの耳に、後ろから近づいてきたパーシヴァルが、そっとささやいた。
「ああ、私もそのつもりだったんだ」
 振り向き、パーシヴァルに微笑するクリス。その横で、リリィは半ば呆れたように鼻を鳴らし、テーブルに肘をついて言い放った。
「あんたたち、よくそんなに毎晩続くわね。私の知ってる限りでも、もう五日は続いてるわよ。信じられないわ」
「リリィは好きじゃないから、そういうことが言えるんだ。はまったら、やみつきになるぞ」
 クリスもムキになって反論した。
「あーあ、私には一生縁はないわね。ま、二人で楽しみなさいよ」
 気がなさそうに手を振り、リリィは食べかけのスパゲティーに向かって座りなおした。
「じゃあパーシヴァル、今夜、夕食後に」
「はい、楽しみにしております。この腕によりをかけて」
 パーシヴァルは持っていた紙袋を掲げてみせ、クリスにウインクすると踵を返して去っていった。
「ふふふふふ、楽しみだわ」
 両手で頬を覆い、堪えきれずに浮かぶ笑みを隠しながらクリスは呟いた。
「あんたたち本当に好きね。甘いものが・・・」
 嫌そうに眉を寄せ、リリィはクリスの皿を指差した。 そこにあるのは、クリスのたっての願いでレストランに取り入れられた、ゼクセン風アップルグラタン。「気持ち悪いわよっ!」
「おいしいのに?」
 甘党のクリスと、辛党のリリィでは、食べ物の趣味はどこまで行っても平行線で。
「良かったわね、彼が甘党で・・・」
「別にパーシヴァルは甘党なわけじゃないぞ。甘いものも辛いものも、どちらもいけるんだ」
「そんなの、どっちでもいいわよっ」
 リリィはため息をついた。 ここ五日続けて、夕食の後に開かれるお茶会は ――― 別名、甘いもの試食会。 甘いもの大好きなクリスと、天才パティシエ、パーシヴァルによる、おいしいお菓子探しの時間なのである。 リリィも誘われて一度行ったのだが、夕食を食べた後にもかかわらず、色とりどりに並べられるケーキやクッキーのの数々に、気分が悪くなって帰って来たのである。少しはしょっぱいものも置きなさいよ、というリリィの言葉に、せっかくの甘い味が消えちゃうじゃないかと応戦したクリスに、もはや太刀打ちできるものがいるはずもなく。同じく誘われたボルスでさえも、甘すぎるこの空間に耐え切れず、二度と参加しなかったらしい。「あんまり食べ過ぎると太るわよ。気をつけなさいよ」
「そうなんだよ、それだけが心配なんだが・・・」
 やめられないんだな・・・と言うクリスは、あまり困った様子もなく、今夜のケーキのことをあれこれ考えては楽しんでいるらしい。
「ほどほどに・・・ね」
 リリィは再びため息をついた。

 夕食後、湯も使い、ゆっくりできる時間がやっと訪れた。クリスは執務室の窓辺に腰を下ろし、さらりと銀の髪を撫でた。ローブを一枚まとっただけのクリスの姿は、ランプに照らされて幻想的だった。
「さぁ、お嬢さん。用意ができましたよ」
 ドアが開き、パーシヴァルが深々とお辞儀をして、クリスに手を差し出した。
 何も着飾っていないのに、素のままの美しさを見せるクリスに、パーシヴァルは内心ドキドキするのを押さえられなかった。
 が、そこは卒のないパーシヴァルのこと。優雅なしぐさでそっとクリスの手をとり、それに合わせてクリスは立ち上がった。
 クリスは、パーシヴァルのエスコートで自分の部屋に入った。自分の部屋なのに、自分の部屋ではないような、まるでおとぎ話の世界に迷い込んだかのような光景に、思わず目を見張る。
 白いテーブルクロスの上に、二種類のケーキが並べられていた。
 部屋には、爽やかな紅茶の香りと、ケーキの甘い香りが交じり合い、クリスは何とも言えない幸せな顔つきになった。
「おいしそう」
「ええ、今日のはまた、傑作ですよ」
 パーシヴァルが椅子を引いてくれたので、クリスは腰をおろした。
 決して大きすぎないそのケーキは、彩りも香りも最高の出来。
「さぁ、今日のケーキをご紹介しましょう。こちらのチョコレートがかかっている方が“ガトー・ノア”そして、こちらのパイが”ピティビエ”と言います。・・・まずは“ガトー・ノア”からにしましょうか」
 夕食後のティータイム。胃の負担にならないように配慮して、パーシヴァルが器用にケーキを切り分けてくれた。小さめの一切れは、パーシヴァルの手で皿に綺麗に盛り付けられた。
「クルミがたっぷり入っていますよ。バーツがイクセに行ってきたらしいのですが、いいクルミが手に入ったとかで買ってきてくれたんです」
 その言葉どおり、一見、焼いたチョコレートケーキのような形をしているケーキの中には、クルミが詰まっていた。
「さぁ、お召し上がりください」
「ありがとう」
 パーシヴァルが注いでくれた紅茶をすすり、クリスはケーキを一口、口に入れた。
「おいしいっ!!」
「それは良かった」
 パーシヴァルはクリスの隣に腰掛け、満足げにクリスの食べる様子を見守っている。
「お前は食べないのか?」
「味わってますよ」
 パーシヴァルの前にもケーキはある。だが、まだ何も手をつけていないので、クリスは首をかしげた。
「でも、まだ何も食べてないじゃないか」
「クリス様の可愛らしいお顔を、十分味わっておりますので」
「パ、パ、パ、パーシヴァルっ!!」
 クリスの顔が、一気に朱に染まった。
「そ、そんなに見るなっ! なんだか食べにくいじゃないか」
「このお顔を見るために、私は料理の腕を振るっているようなものですから」
「そ、そうなのか?」
「さぁ?」
 パーシヴァルはくすくすと笑った。からかわれていると知り、クリスは赤い顔を見られないようにケーキを無心に頬張った。
 と、パーシヴァルが手を伸ばした。
「チョコレート、ついてますよ」
「え?」
 戸惑うクリスを軽く引き寄せ、その口元をパーシヴァルは軽く舐めた。
「あっ、いきなりそういうことをするなっ」
「でも、チョコレート、取れましたよ」
「あ、あぅぅ・・・ありがとう」
「いいえ、どういたしまして」
 パーシヴァルのにっこり笑顔に、クリスはとことん弱いらしい。それがわかっているパーシヴァルは、わざとクリスをからかっているのである。そんなパーシヴァルのささやかな意地悪を、クリスは気づいているのかいないのか。
「おまえも食べろ。私が紅茶を入れてやる」
 何も言えなくなったクリスは、恥ずかしさを隠すように、ことさらぶっきらぼうな様子で立ち上がったのだが、それさえもパーシヴァルには可愛らしく映った。
「クリス様、顔真っ赤ですよ」
「う、うるさいっ、お前が変なことばかり言うからだ」
「クリス様が悪いんですよ。あまりにも可愛らしいお方だから、つい苛めたくなってしまうんです」
「意地悪っ」
「褒め言葉としてとっておきましょう」
「だから、どうしてそうなるんだっ!」
「クリス様が可愛らしいからですってば」
 傍目には、どこまで行っても脈絡のない会話。それだけに、好き合っている二人にはどこまでも幸せな時間。「さぁ、もう一つのケーキも食べてみてください。“ピティビエ”と言います。私の故郷では、聖誕祭の日にこのケーキを焼くのですが、小さな人形を一つ入れておいて、食べる時に当たった人が、好きなお願いをみんなに聞いてもらえる・・・と言う感じで楽しんだものです」
 見た目はシンプルな、ただ焼いただけのパイ。さっくりとしたその生地を切り分けると、中にはとろりとしたクリームが入っていた。
「ふぅん、ギャレット・デ・ロワみたいなものか? 人形入れて、当たった人が一日王様気分でいられるってやつだ。小さい頃、うちでもやったような気がするな。母さんがそういうの好きだったから。父さんは、なんだか仕方なくって感じだった気がする」
 懐かしそうに目を細めるクリスに、パーシヴァルは優しい瞳を向ける。
「多分同じものですよ。ゼクセで売っていたものは、色とりどりの果物や飾りが入っているようですが、私の村のものは、こんなふうにシンプルなんです。今日のに人形は入っていませんが、さぁ、女王様、お召し上がりください」
「いただくわ、ありがとう」
 互いに優雅に礼をとり、クリスは本日二つ目のケーキに手をつけた。
 さくさくとパイ生地を壊し、中のクリームを一口、口に入れて・・・
「おいしい! なぁ、このクリームは何なんだ?」
「アーモンドクリームを入れて焼くのですが、今日はクリス様のお好きな紅茶風味にしてみました」
「これ、大好きだ」
「たくさんお召し上がりください」 
「うん」
 クリスが嬉しそうに頬張る姿に、パーシヴァルは目を細め、自分もまた皿を取った。
「なかなかの出来です」
「最高だよ」
 出来栄えに満足したパーシヴァルが頷くと、クリスもまた頷いた。
 しばらく、二人は無言でケーキを頬張った。
 二人が食べ終わる頃、ふっと、クリスの視線が一点で止まった。
「パーシヴァル」
「はい?」
「こんな所に、クリームがついてる」
 
 ぺろっ「うわっ、ク、クリス様っ!?」
「仕返しv」
 パーシヴァルの唇を、クリスの舌がなぞった。愛情表現というには、あまりにも一瞬で、稚拙なものではあったが。クリスがそれをしたということに、パーシヴァルは驚きを隠せなかったらしい。クリスの不意打ちに、パーシヴァルの顔はみるみるうちに赤くなる。
「ク、クリス様っ!」
「パーシヴァル殿が、あまりに可愛いから、つい苛めたくなってしまうんだ」
 パーシヴァルの真似をしながら、クリスはくすくす笑った。
「やりましたね」
 普段冷静なだけに、パーシヴァルは一瞬とはいえ取り乱したことが、かなり恥ずかしかったらしい。
「仕返し返しですよ」
 パーシヴァルはクリスを軽々と引き寄せ、自分の膝に座らせた。
「仕返し返しなんですから、嫌だと言っても止めませんよ」
「自分からやったくせに」
「俺はいいんです」
 パーシヴァルはクリスの髪を掻き揚げ、アメジストの瞳を愛でるように覗き込んだ。
「食べちゃいたくなるほど可愛い、あなたが悪いんですから」
 香水も何もつけていないはずなのに、抱きしめたクリスの身体は、甘い香りがした。
「パーシヴァル・・・」
 クリスの腕が、パーシヴァルの首に回された。
 と同時に、パーシヴァルの唇が、クリスの唇に重なった。
「んっ、パーシヴァル・・・甘い・・・」
「しっ、今はね、とっておきのデザートを味わっているところですから。あ、この唇なんか、最高に甘いですよ」
「・・・おまえのケーキより?」
「もちろんです」 甘いもの試食会 ―――
 別名、恋人たちのティータイム。
 それは、二人だけの甘い、甘い ―――     fin.

「どうしようもないくらい、いちゃいちゃラブラブ甘々のパークリ」というリクエストいただきましたが・・・こ、こんなもんでよろしかったでしょうかっ!? なんだか中途半端に終わってしまったような(汗) 自分的にはかなり甘くしたつもりですが、途中、ケーキの本に読みふけってしまった自分がいたりして・・・(滝汗) タカば様、1000ヒット、ありがとうございました。(よろしければ、おまけのササリリが続きます)

 

今日のキスはどんな味?

「で、聞いてるの?」
「ええ、クリスさんが信じられないくらい甘党なのでしょう?」
「そうなのよ。ほんと、信じられないくらいよ」
 あれは異常だわとか何とか、失礼極まりないセリフを吐きまくるリリィは、なぜかササライの部屋にいた。
「私も甘党じゃないですから、甘いものは置いてありませんが。お茶くらい飲みますか?」
「? 今日はあの口うるさい側近はいないの?」
 ササライはティーポットを手に取り、苦笑した。
「口うるさいって・・・ディオスのこと?」
「そうよ、あの鼻の男よ」
「鼻の男って・・・ま、確かに似合う呼び方だな」
 こちらもまた、本人が聞いたら怒り出すか、はたまた落ち込みそうなセリフをさらりと吐き、カップに紅茶を注いだ。
「あんた、紅茶なんか入れられるのね。かなりのお坊ちゃんだと思ってたんだけど」
「私だって、紅茶くらい入れられますよ」
「へぇ、見直しちゃったわ」
 テーブルに肘をつき、様子を見守るリリィに、ササライは目を丸くした。
「珍しいですね、あなたがそういうこと言うの」
「わたしだって、ちゃんとできる人には一目置くわよ」 
 真面目なリリィの表情に、一瞬ササライが目を奪われたその瞬間・・・
「あーーーっ!!」 
「な、何ですかっ!?」
「こぼれてるーっ!!」
 カップに注がれる紅茶が、いつの間にか溢れ出し、テーブルを伝って床にしみを作っていた。
「結局あんたはお坊ちゃんよね」
「すみません・・・」
 
 何とか紅茶はリリィが入れなおし、二人は席についた。
「ああそうだ、いいものがあったんです。リリィさん、口あけて目をつぶって」
「??? 何よ」
「いいから、いいから。辛党のあなたも好きなものですよ」
「分かったわよ」
 リリィは言われたとおりにした。目をつぶり、口を開けて・・・
「何よこれっ!!」
「リリィさん、辛いの好きでしょう?」
「辛いのは好きよ。でも、時と場合っていう言葉、あんた知らないわけ!?」
「? いい雰囲気だったと思いますけど」
「どこがよっ!?」
 リリィの叫び声が、部屋に響いた。
「100歩譲って、キスしたことまではいいことにするわ。でも、何でそんなに辛いのよっ! 唇ひりひりするじゃない!!」
「せっかくファイヤーケーキを貰ったから、一緒に食べようと思ったのに」
 で、まずは口移しで一口v とササライは可愛らしく言ってみたのだが、リリィには通じなかったらしい。
「いくら辛い物好きだからって、別にケーキと胡椒を一緒にしなくてもいいでしょっ!? ケーキは甘い方がいいに決まってるじゃない」
「なんだ、そうなんですか」 
 ササライが、初めて分かったとでも言うように手を叩いた。
「じゃぁ、今度一緒に甘いものでも」
「あんた、甘い物好きなの?」
「いいえ、全然」
「じゃぁ、何でよ」
「あなたと甘いキスをしたいだけですよ」
「/// ば、馬鹿なこと言ってるんじゃないわよっ!!」

   fin.

< 初めて書いたササリリ。結構書いてて楽しいカプでした♪


結城市捺様のサイトで1000ヒットを踏み、強奪したキリ番SSです。
お宝を頂いたのは初めてなので、すっごいどきどきしながら掲載してます。
クリスとササライ(ぇ?)リリィがすっごいかわいいです。
これ読んで、夜中にもかかわらずケーキが死ぬ程食べたくなりました

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