貴方との時を望む

「旅に出ようかと思う」
 朝の六騎士会議の席で、クリスがそう発言したとき、パーシヴァルは『これはダメだな』と思った。
 ざわりとクリス以外の全騎士がうろたえ腰を浮かす様子を横目で見ながら、心の中でだけため息をつく。
「グラスランドもハルモニアも安定してきているのですよ? 何故この時期に出て行く必要があるのです!」
 ボルスが叫ぶ。
 その言い分は、思考がクリスを中心に回っているボルスにしては、珍しく正論だった。
 真の紋章を巡る戦争が終結してから一年。また敵対関係に戻るかと思われたグラスランドの民とは、予想外に理解が深まっていたらしく、大して問題は起きていない。ハルモニアも現在は内政の立て直しで外部に打って出る気は全くない。
 だから、政治的にクリスが外へでる必要などない。
 パーシヴァルは、だが、と自分だけの理由でクリスの行動を推し量った。
 多分。

(多分彼女は俺から逃げるために旅に出るのだ)

 パーシヴァルは三日前、クリスに指輪を渡そうとした。
 出世したとはいえ、新興の騎士の身分であるパーシヴァルにあまり高いものは買えなかったが、それでも彼なりに精一杯誠意のこもった一品を。
 そして申し出たのだ。
 共にいたいと。
 真の紋章を持つ彼女と流れる時は違うかもしれないが、それでも精一杯側にいたいと。
 それでこの発言である。
 逃げ以外の何だというのだろう。
 彼女がパーシヴァルを愛していない、ということはない。
 指輪を渡す前、恋人としてずっと蜜月を過ごしてきていたから、彼女に愛されていることは知っている。
 彼女もまたパーシヴァルの想いを知っている。
 しかし……いや、だからこその逃げなのかも知れない。
 パーシヴァルは未練がましくポケットの中に仕舞ってある指輪を握りしめた。
 真の紋章を持つ者の寿命は意外に短い。
 不老を約束されているその紋章だが、育ち盛りの少年や少女に宿ってしまった場合、それは悲劇でしかないからだ。
 実際ここ最近でも、魔術師ルックは32歳で死亡、ハイランドの最後の皇王ジョウイは17歳で死亡、とまだ死ぬには早すぎる年代で命を落としている。アイクの管理する図書館に行けば、きっともっと多くの死亡者が見つかるだろう。
 若くして紋章を受け継いだ者の多くは、周りの成長と老いに、精神的に耐えられないのだ。
 もちろんまれに長寿を保つ者もいる。
 バランスの守護者レックナートや、前竜洞騎士団長ヨシュア、彼らはいずれも数百年の長きを生きている。
 だが彼らが長寿を保つことができたのは、それらの紋章の特性上全うしなければならない使命を帯びていたからではないかと思う。
 そして、共に生きる者を必要としなかったため。
 不老不死の身にとって、大切な者の老いは格別に堪えるのだ。
 その証拠に、七十余年を生きてきたワイアットは家族ができてたった二十二年で死を選び、竜洞騎士団長は娘の誕生とともにその位を降りた。
 クリスはきっとそのことを感じて、逃げたのだ。
 パーシヴァルがとっくの昔に手遅れな程に彼女を愛していることなど知らずに。
「話を聞けボルス! それから他の皆も!!」
 クリスの一喝で、パーシヴァルは思考から現実に引き戻された。
 目の前ではボルスがレオに口を塞がれている。
「私が旅に出るのは、この時期だからだ」
「この……時期だからですか?」
 サロメが不思議そうにクリスを見やる。
「ああ、安定しているこの時期なら、私が少々遠出をしても問題にはならないだろう? ちょっと長期になりそうなんでな」
「遠出とはどこに行かれるおつもりですか」
 ロランの問いに、クリスは平然と堪えた。
「シンダルの遺跡めぐり」
「……は?」
 予想もしなかったその行方に、全員が唖然とした。もちろんパーシヴァルもだ。
「調査をして、この水の紋章を外して、誰の手も届かないところに封印してこようと思う」
 しん……と部屋が静まりかえった。
 誰も、発言の意図がわからず混乱するしかない。
「ん? どうした?」
「……クリス様、それは何故なのですか?」
 サロメが青ざめつつも訊ねる。クリスは苦笑した。
「うん、実は三日前にパーシヴァルにプロポーズされたんだ」
「はあ?!」
 パーシヴァルとクリス以外の騎士が叫んだ。
「それで考えたのだが……プロポーズを受けるにはこの紋章はちょっと邪魔なんだ」
 クリスは顔をしかめた。それからパーシヴァルの方をまっすぐ見る。
「パーシヴァル」
「何でしょう」
「私はお前のことを愛してる」
 パーシヴァルは受け答えながら、震えそうになるのを必死にこらえた。
 期待を、してしまいそうで。
 ありもしないことをクリスが選んだと、言いそうで。
「私は、お前と生きて、お前と老いて、それからお前と死にたい。そのために、紋章を捨てたいと思う」
 そう言って、クリスは実に華やかに笑った。
「まだお前の指輪は受け取れるだろうか」
 言われて、パーシヴァルも笑う。そしてクリスの前に進み出た。
 指輪を彼女に渡すために。
「最高の殺し文句ですよ」
 絶句する騎士達の中、最高の幸せを手に入れた男は、優雅に恋人の手を取った。

ライン

十万ヒット記念企画
「貴方との時を望む」

最初とはちょっとお題が違ってしまいましたが、まあそのへんはご愛敬ってことで。

相手との時を望むからこそ長寿を気にしないパーシヴァルと、
長寿を捨てるクリス。
なかなか対照的な行動で、いいんじゃないかなあと思います。

個人的には、3の3英雄には真の紋章が似合わないなあと思っていたり。


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