恋愛指南

「女の子の口説き方を教えて下さい!」
 扉を開けるなり、ぶつけられた言葉に、オレは面食らって呆然とした。
「…………は?」
「ナッシュさん! お願いです!! 僕真剣なんです!」
 世界の命運を巻き込んだ大戦争のまっただ中だっていうのに、どこかのほほんとした空気の漂うぼろ城ビュッデヒュッケ城。スパイのはずだっていうのに、何故かご丁寧に用意してもらえた俺の部屋には、気弱な城主様トーマスが立っていた。
 俺に『お願い』とやらをするのに相当の勇気を振り絞ったのだろう。膝をがくがくふるわせながら、今にも泣きそうな顔で俺を見上げている。
 しかし……何を教えてくれって?
「ちょ、ちょっと待て。何が何だって……よくわからんがとりあえず中入れ」
 俺は部屋のドアを大きく開けると、トーマスを中に招き入れた。
 こんなやりとり、廊下でやるもんじゃない。アーサーのいいねたになっちまう。
「あ、はははははい!」
 トーマスは、ぎくしゃくと部屋に入ってきて、それから板の間の溝に足を引っかけて見事にその場にすっころんだ。
「うわぁっ!」
「おい大丈夫か?!」
「ああああ、だ、大丈夫ですだいじょ……わあっ」
「いいからそこに座れ!」
 俺はトーマスの腕を乱暴に掴んで持ち上げると、そのままベッドに座らせた。
 この城主さん……人のことによく気がつくし、歳の割には物わかりがよくていい奴なんだが、本当に自分のこととなるととことん間抜けなんだよなあ。
「とりあえず落ちつけって。で、何だって?」
 俺はトーマスの隣に座ると、少し猫背になってトーマスの顔をのぞき込んだ。
「その……女の子の……口説き方というか……心を掴むには……どうし……たらいいかな……ってその…………」
 言葉の最後は、トーマスの口の中でもごもごと固まって消えた。
「口説き方、ねえ。なんでまた俺に聞くんだ? そういうのなら百戦錬磨の騎士様とかに聞いた方がいいんじゃないのか?」
「で、でも、パーシヴァル様って、主に口説いてるのは大人の女性じゃないですか! それよりはむしろ、女の子とつきあってるナッシュさんのほうがと思って……!」
 ずべ。
 トーマスの一生懸命な主張に、俺は背中からベッドに倒れ込んだ。
「トーマス、お前さん……アーサーの記事まだ引きずってやがるのか?」
「えええええ、ででで、でも、二日前、本当に城の裏手で女の子とデートしてましたよね」
「……っどこから見てた?」
 がば、と俺は身を起こした。その日は、確かにシエラとデートをした日だったから。
 でも見つかるとやばいから、かなり警戒してたはずなのに!
「城の裏手の船のマストです。あそこ、眺めがいいし、登ると少しは度胸がつくかなって思って」
「……」
 俺は沈黙した。
 ちっきしょう、人の目の多い城だとは思ってたが、ここまで気の抜けない状況だったとは。
「オーケイ、話にのってやるよ」
「本当ですか?」
「ただし!」
 俺はトーマスの口の前にびっ、と人差し指を突きつける。
「デートを目撃した件は忘れろ。いいな?」
「は……はあ……いいですけど……。そんなに隠すことですか?」
「隠すことなの! あれで俺のカミさんは恥ずかしがりでね。誰かに見られてた、なんて知れたら訊ねてきてくれなくなっちまう」
「え? ええええカミさ……」
「それよりお前の話だろ、トーマス。セシルの口説き方だったっけ?」
 わざと個人名を出してやると、案の定トーマスは今俺に投げかけていた疑問を吹っ飛ばして狼狽した。
「い、いいい、いやその僕はっ! 女の子と仲良くなる方法を聞いただけで……っ、セシルとはっ!」
「嘘つけ。それから、お前さんは恋愛師匠がお前の好きな女くらい解らない朴念仁だとでも思っているのか?」
「う」
 トーマスは言葉を詰まらせると、真っ赤な顔で俯いた。
 それを俺はほほえましく思いながら見下ろす。
 素直な城主様の好き好きオーラなんて、俺じゃなくても誰でも気づいてることだったりするんだけどね。
 知らないのは、想われている当の本人くらいだろう。
 そして、想われているセシル自身も、トーマスが好きだってことも。
「セシルのことが……好き、なんです」
 ぽつり、と思い詰めた声音でトーマスが言った。
「初めてあった時から、セシルはずっと明るくて、一生懸命で、守ってあげたくて……でも、どうしたらいいのか解らないんです」
「わからない、か?」
「ええ、僕は、戦うことは得意じゃないから、戦いの場で彼女を守ることはできない、というより守られてばっかりだし。口べただから、気の利いたことの一つも言えない。でも……それでもセシルの、こころを」
「どうしても手に入れたいってわけか。そりゃ悩むよな」
 俺は苦笑した。
 城主様のコンプレックス。
 それは、セシルに守られてしまうこと。
 確かに男としたら情けなく思うことかもしれない。
 けれど、トーマスは気づいているだろうか? セシルの生き甲斐が、トーマスを守ることにあるってことを。
 彼が強くなって、守られる必要がなくなれば、それはセシルから大事なものを取り上げてしまうことになる。
(そういえば、セシルをこの城の警備隊長にして、城に残れるようにしたのは、トーマスなんだったっけ?)
 どこかで小耳に挟んだ噂を、俺は思い出した。そして、笑う。
 やれやれ、気づいてないだけで、こいつはもうすでにセシルの「心」をちゃんと守ってやってるじゃないか。
 それは、ただ体を守るよりもずっと難しいというのに。
「ナッシュさん?」
 沈黙している俺を、トーマスは不安そうに見上げた。
「僕は、どうするべきだと思いますか?」
「お前の場合、どうするっていうよりは、どうあるかってことを考えたほうが良さそうだな」
「どうあるか、ですか?」
 トーマスは不思議そうに首をかしげた。
「具体的に言うと、城主の仕事をまずがんばるってこと」
「え、えええ? それと恋愛とがどうつながるんですか!」
 俺は混乱するトーマスの頭をぽんぽんと叩いた。
「めちゃくちゃつながってるぜー。女ってのは勘が鋭い上に、観察眼もあるからな。小手先のことよりまず土台がしっかりしてなきゃ見向きもしてくれないぜ?」
「見向きも……」
「お前は、城主って道を選んだんだろ? なら、その道を極めて、この城をセシルにとっても居心地のいい城にしてやればいい。できるよな?」
「はい! それは……いつも思ってることですから!」
 答えたトーマスの目は、今までのおどおどとしたものと違って、意志に溢れていた。それはきっと、もう既に決意していたことだからだろう。
 しかし、頼もしく思えたのは一瞬だけ。
 すぐにトーマスはまた不安そうに顔を俯けた。
「でも……本当に城主としてがんばるだけで……いいのでしょうか。何かセシルに……」
 もじもじ、と両手の人差し指同士を合わせて、つぶやく。
 うん、いいところに気がついたな少年。
 確かに仕事をがんばるだけじゃ、尊敬はされても恋をしてもらえないことがある。
 そうしないためには
「愛してるって、言ってやればいい」
「えーーーーーーーーー!!」
 あっさりした俺の答えに、トーマスが絶叫した。
「ででででででででででも、いきなりそんなこと、ああああああああいあい愛してるって……っ!!」
「想っていればいつかは気持ちが通じる、なんてのははっきり言って幻想だぞ?」
 特にお前ら二人、どっちも鈍感だし。
 はっきり言わなければ絶対にあと数年はお互いに気がつかないだろう。
「どうあっても、セシルが好きなんだろう? ならどうしてそれを伝えることさえできないんだ?」
「……っ」
 言われて、トーマスは唇を噛んだ。
 まあ想いを伝えるってことは、これまでの関係を崩すことにもなるからな。当然リスクに対する恐怖はあるだろう。
 だがそのリスクを超えるだけの覚悟と誠意が必要っていうことも恋愛の条件だ。
 それにトーマスの場合は、セシルの気持ちもちゃんとこいつに向いてるから、これくらいの発破はかけてもかまわないだろう。
「大丈夫」
 俺はトーマスを安心させるように、笑いかけた。
「月並みな言葉だけどな、『愛してる』って言葉は、無敵の言葉なんだぜ? これで心が動かない女はいないから!」
「そ、そうなんですか?」
「ああ。だから大丈夫」
 自信たっぷりに頷いてやると、トーマスはきっ、と顔をあげた。
「わかり……ました! 僕、がんばって伝えてみます!」
「その意気だ。がんばれ」
 立ち上がったトーマスの膝は、まだ少し震えていた。でもなんとか笑ってる。
「ありがとうナッシュさん!」
 勢いよく部屋から出て行って、それから廊下で転ぶ音を聞いてから、俺はくすくすと笑った。
 かわいらしい二人のことだ。きっと近いうちに、やっぱりかわいらしく手でもつないで歩いているに違いない。
 なんだか珍しくすごくいいことをしたような気になって、俺は笑ったままベッドに寝転がって……顔をのぞき込まれた。
「っ、と」
 のぞき込んできたのは、鮮やかなルビーアイ。
 俺は驚いて体を起こすと、三階だっていうのに非常識にも窓の外から俺を見ているシエラを、抱きしめるようにして迎え入れた。
「これはまた、いつもながら唐突のご来訪で」
「少々小腹がすいたからのう。しかしおんしも人の人生相談に乗るなど、えらくなったものじゃのう」
「あんたのおかげっていうのもちょっとあるんだけどね」
 俺は、ずっと年上のくせに、今話していたトーマスとほとんど代わらない年代の少女に見える恋人に向かって微笑む。
 シエラは呆れたようにため息をついた。
「しかも、いいかげんなことを適当に吹き込んでおるし」
「どこが適当だよ。俺はちゃんと答えてやってるぞ!」
「ほう?」
 招き入れられた時のまま、俺の腕の中にいるシエラは、首だけで俺を見上げて軽く睨んだ。
「愛しているという言葉は、そんなに無敵であったかのう?」
「お前がそれを疑うか?」
 俺は苦笑した。
 ったく、俺もひどい女に惚れたもんだ。
「シエラ」
 俺は手の位置を少しずらすと、片手をシエラの頬に添えた。
 一拍おいて、軽く息を整える。
 それからまっすぐにシエラの瞳を見つめて、俺はとっておきの真剣な声で囁いた。
「愛してる」
 するとシエラは一瞬息をのんだあと、見た目そのままの少女のように笑った。
「なるほど、確かに無敵じゃな」
「だろう?」
 俺たちは笑いあうと、優しく唇を重ねた。

90000ヒット記念、カランコロン様のリクエストで
「ナッシュシエラ+トーマスセシル」です。

というか、トーマス×セシル話になっちゃいましたけど!(苦笑)
恋愛カウンセラーナッシュさん、
いいお兄ちゃんぶりを発揮するって感じです。

ナッシュ、下の年代の連中には、男の子でも愛想はよさそうです。
よろしければおおさめくださいませ♪


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