Porker Face

男の仮面はひっそりとしかし確実に女を騙した。

「暇じゃのう」
 唐突にこぼれたシエラのつぶやきを聞いて、俺は軽く眉を上げた。
「暇ってあんた、恋人が側にいてひどくねぇ?」
「暇は暇じゃ。だいたいナッシュ、おんしは寝てばかりではないかえ」
 言われて俺はベッドに預けていた体を起こした。そして、隣に寝転がってあくびなぞしている恋人の顔を軽く睨む。
「人の背負ってる荷物の上でことごとく寝こけるあんたに言われたくな……いていていてっ こら、つねるなって」
「下僕がわらわを背負うのは当然じゃろうが」
「……むちゃくちゃ不公平だよっ」
 俺は、安宿の壁を越えない程度に声を荒げた。
 五行の紋章戦争が終了して、早半月。なんとか休暇と報酬をもぎ取り、シエラと二人少し離れた土地の宿に泊まったのが三日前。俺は久しぶりの休みということでゆっくりすることにしていた。
 今回俺が駆り出された仕事先は世界を巻き込んだかなり大きな戦争だった。
 もちろん俺の仕事もそのぶん三割増し。
 そんな仕事の後なんだから、一日や二日、三日や四日ごろごろしてても……三日はやりすぎか。
 俺は寝て過ごしていた日数を数えてから軽くため息をついた。まあ二日待っただけでもシエラにしては気を遣ってるほうだ。
(単に疲れてうだうだ言ってる俺の面倒を見るのが面倒くさかっただけかもしれないが)
「とはいえ暇だと言われてもなあ……」
 とりあえずグラスランドやハルモニアの連中から見つからずのんびりできるところ、とやってきたこの村は所謂寒村というやつで、あまり娯楽はない。
 窓の外を見てみたが、もう既に日は落ちていた。散歩がてら外に出るにも遅い。
「とりあえず飯でも食ってから、何か……」
 ばさり。
 提案しながら立ち上がりかけた俺のポケットから何かが落ちた。それは床に当たると同時に床に広がる。
「おっと」
「なんじゃ、カードかえ?」
 興味深そうにシエラが俺の手元をのぞき込んだ。
 そこには赤と黒、1から13までの数字と絵が描かれたセルロイド製のカードが一揃え収まっている。
「ああ、傭兵隊の連中とかと遊ぶのに使ったりしてたからな」
「おんしの持ち物にしては割とよいカードじゃの」
 セルロイドの感触と印刷の美しさを楽しむようにシエラがカードを手に取る。
「紙製じゃあ手に乗ったときの感触がなー。それにイカサマついでに折り曲げられちまうし」
 これででも遊ぶか?
 子供のようなことを、と言われるのを覚悟して俺が言うと、予想に反してシエラはにまりと笑った。
「よかろう。じゃがカードで遊ぶからには何かをかけるぞえ」
 ……恋人同士で賭カードですかい。
 俺はかなり苦労してその一言を飲み下した。

 そして夕食後に軽く酒を傾けつつカードゲームを始めたシエラは激しく後悔していた。
「……」
「シエラ、コール? それともチェンジ?」
 にこやかにシエラに聞いてくる男を軽く上目遣いに睨む。
 テーブルの上では、チップの代わりに使っているチョコレートの包みがナッシュの前ばかりに積み上がっていた。シエラの前のチョコレートはわずか数個。
 シエラが後悔している理由、それはこの勝敗の状況だった。
 ゲーム開始から早一時間ほど、ナッシュは連戦連勝で負け知らずだ。
 相変わらず運がいいわけではない。手札でツーペア以上のカードが来たことは今のところ、ない。
 恋人相手にイカサマもさすがにしてない。
 だが、それを補ってあまりあるほどの駆け引きのうまさが彼にはあるのだ。
 そして何より……。
 ちら、とシエラはナッシュの顔を見上げた。
 男は相変わらず微笑んでいる。
 楽しんでいる、そうとしか思えない表情はその実何もシエラに感情の起伏を見せてはいなかった。
 困ったように眉をひそめるのも、嬉しそうに口の端を上げるのも、全て演技。
 全てシエラをだますための罠だ。
 完璧で悪質なポーカーフェイス。
 それは、ナッシュの職業を考えれば当然身につけていると知っているべき特技だった。
 出会って十五年。
 それすらも見通しているつもりだったのに。
 夫婦の誓いすら戯れにたてた相手が見知らぬ男に見えた。
「コール」
 シエラが小さく言うと、男は作りものの笑いを浮かべる。
 スリーカードのシエラの前に、男はフルハウスを並べて見せた。
「また負けか……!」
 賭に使えるチョコレートを使い果たしたシエラは残っていたチョコレートをナッシュによこす。と、同時にいきなりナッシュはテーブルに突っ伏した。
「あーやめやめやめっ!」
「ナッシュ?」
「やーめーようぜー……疲れたぁー」
 へにゃ、と顔を歪ませてあわれっぽくシエラを見上げたナッシュの瞳はいつものいつずらっぽい光を浮かべていた。
 シエラの、ナッシュだ。
「なんじゃ、勝ち逃げかえ」
 内心ほっとしつつも、反射的に反論したシエラに、ナッシュはひらひらと手を振る。
「そ、勝ち逃げ。っていうかさあ、あんたまで相手ポーカーフェイスなんてめちゃくちゃつまんねぇ」
「ではポーカーフェイスなどせねばよかろうが」
「……下手に手加減されたくないくせに」
 まだ机にもたれかかったままのナッシュの頭に、ぐりぐりと拳を押しつけてやると、ナッシュは反論をやめた。
「して? 勝ち分はどうする気じゃ」
 シエラが訊ねると、ナッシュはようやく顔をあげた。
「特にたいしたことは望まないさ。今夜一晩、あんたが俺に甘えさせてくれたら」
「そんなものはいつものことじゃろうが」
 勝手にしろ、そう言いながら、シエラは思わず笑っていた。
 



133333ヒット記念
来夏様のリクエストで「ナッシエss」
来夏様の名前にひっかけて夏ネタにしようとしたのですが、
シエラ様……夏の日差しが似合わなさすぎ(泣)

というわけで季節のあまり関係のない話となりました。

工作員なだけにナッシュのポーカーフェイスってかなりレベル高そう
特に37歳ナッシュのポーカーフェイスはかなり高機能に違いない
でもシエラ様には使えないってことで!

恋人にだけ顔を作らない男推奨です。

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