一緒に行こう

「花火伝説?」
 唐突にふられたその単語に、王子は食事の手を止めてカイルの言葉をオウム返しに返した。向かいに座る金髪の不良騎士はにぱーと笑う。
「そ。花火伝説。なかなかロマンチックな響きだと思いませんかー?」
「全然浪漫など感じられんが」
 カイルのすぐ隣で早々にデザート(チーズケーキ)に手をつけていたゲオルグがあきれ顔になる。
「あー、ゲオルグ殿夢がないなー。ねえ王子! 王子はロマンチックだと思いますよね?」
「花火と伝説をくっつけただけじゃ全然わからないよ。どういう伝説なの?」
「伝説ってついただけではわくわくしませんか? ちえー」
「その程度で浮ついた気分になるのは、頭がお花畑なお前だけだ」
「お花畑はひどくないですか? ゲオルグ殿ぉ」
 スプーンを持ったまま、カイルはそのままわざとらしく嘆くふりをする。王子の隣で王子と同じランチを食べていたリオンが困り顔で割って入った。ちょうど朝ご飯の時間でごった返す食堂には人が多く、大声を出す女王騎士はいつも以上に目を引いてしまって恥ずかしい。
「あの……それで結局どんな伝説なんですか?」
「今度ロードレイクでお祭りやるでしょ? その花火にまつわる伝説だってさ」
「ああ、あの花火」
 王子は、『花火』がどの花火を指すものか理解してほほえんだ。
 実は復興中のロードレイクでは内乱の最中であるにもかかわらず、夏祭りが計画されていた。
 太陽の紋章による処罰とその後の圧政のために二年間中断されていた祭りを、復興にあわせて開催しようというものだ。
 もちろん、復興が始まったとはいえ、まだ大地は回復していないし、何より内乱中だという意見も出た。
 だが、軍師ルクレティアの
『祭りは人々の心を癒して昂揚させる効果があります。この戦争に参加している民の心をまとめるためにも、是非盛大に催すべきです』
 という発言により、ロードレイクだけでなく軍全体で祭りを盛り上げることになったのだ。
「お祭りの最後に打ち上げられる花火を一緒に見に行った男女は、ずーっと一緒にいられるんだそうですよ」
 にこっと笑いながらカイルが言う。横で聞いていたゲオルグが深々とため息をついた。
「くだらんな……他愛もない子供だましじゃないか。それが本当なら、ロードレイクに住む住民はどこまでも一緒ということになるぞ」
「ゲオルグ殿は夢がないですねー。いいじゃないですか、浪漫ですよ浪漫! ねえ王子?」
「見た人とずっと一緒にいられるなら素敵だね」
「でしょー? だから今から誰を誘おうか迷っちゃって! ベルナデットさんでしょー、ネリスさんでしょー、サイアリーズ様でしょー……」
「……結局、それなんだね」
 さすがに、テーブルに同席していた全員があきれ顔になったのは言うまでもない。



 しかし
 ゲオルグのような大人は子供だましと切って捨てたが、「子供だまし」ということは、子供ならばだまされる話なわけで。



 食堂でカイルが大騒ぎをしていたためか、『花火伝説』とやらは、翌日には城の子供たちの間に広まっていた。
 おかげで、そこら中で誰が誰を誘ったか、誰と一緒に行くつもりなのかという噂が城じゅうに飛び交っている。
 花火の調査依頼で、探偵事務所がパンク寸前だという噂まである。
(すごい騒ぎになったみたい……)
 幼い頃は特殊な環境で、また王宮に引き取られてからも基本的に大人の間で育ってきたリオンは、周りの盛り上がりぶりに圧倒されていた。
 周りの騒ぎぶりにどうしようかと思いながら城を歩いていたら、声をかけられた。
「あ! リオン!! ちょっと聞きたいことがあんだけどよ!!」
「スバルさん?」
 見ると、少年にしか見えない少女漁師のスバルが、銛を片手に走ってきた。リオンのところまで来ると、にやっと笑う。
「スバルでいいって! それよりさ、あんたに教えてもらいたいことがあるんだ!」
「教えて……もらいたいことですか?」
「うん。……あああ、あのさ、あんた王子の護衛だよな?」
「はい」
「てことはさ、王子の予定は何でも知ってるよな?」
「そうですね」
「……じゃ、……じゃ、じゃあ、さ……おお王子が、花火、誰と行くか、知ってるか?」
「王子が誰とですか?」
 スバルは顔を真っ赤にしてこくこくとうなづいた。
「実はさー……王子を花火に誘おうと思ったんだけど、誘おうと思っても、もう一緒にいく奴が決まってたら、困るじゃねーか……」
「えええええ?」
 リオンはうろたえて変な声を出してしまった。
 一緒に見た男女はずっとともにあることができる花火に、誰かを誘うということは、つまり、そういう意味なわけで。
「なんだ、お前王子のこと誘うつもりだったのか? 目安箱に『玉子ちま』なんた書いた奴がちゃんと誘えるのかよ?」
「げ! ラン!!」
 元気のよい声が割って入って、ただでさえつり上がっているスバルの目が更につり上がった。
 そこには、ラフトフリートの元気な少女船乗り、ランがいる。彼女とスバルが犬猿の仲なのは、城の誰もが知っていた。
 にやにや笑うランにスバルがくってかかる。
「人の話を立ち聞きすんなよ!」
「こんな城の往来で、あんなでっかい声で話しておいて、立ち聞きも何もないだろーがよ」
「う、うるさいな! 単に気になっただけだろ? お前だって王子を誘おうと思ってるくせに!!」
「!!!!何で知ってるんだ!!」
 今度は、ランの目がつり上がる番だった。
「へっへーんだ。目安箱の前で二時間もうろうろしてたら嫌でもばれるっての。やーい、ばーか!」
「お、お前に馬鹿と言われるなんて……屈辱だああ……!!」
 元気よく喧嘩をするランとスバルのあまりの勢いに、おろおろと仲裁に入ろうとしていると、また廊下を誰かが通りかかった。
「お二方、どうされたのですか?」
 ふんわりとしたピンクのワンピースを着た、ふんわりとした長い金髪の少女だ。やっぱりふんわりとした優しい口調で声をかけてくる。
「ルセリナさん」
「リオンさん、ランさん、スバルさん、どうされたのです?」
 リオン同様、あまりこんなけたたましい喧嘩にはなれていないらしい。ルセリナは心配そうにスバルとランを見比べた。
「いや、たいしたことじゃねーよ。リオンに、王子が誰と花火に行くつもりなのか聞いてただけ。なー、スバル」
「そういやそうだったな。おいリオン、で、どうなんだ?」
「ええええええ? そんな話でしたっけ?」
 確かに発端はそんな話だったが、唐突にねじ曲げられた話題に驚いたリオンがまた変な声になる。
「なー、教えろよー。ルセリナ、あんたも気になるだろ?」
 ひょい、とランに話をふられて、ルセリナは、
 ぼっ、
 と顔を赤らめた。
「そ、そそそ……そんな、王子が誰と花火をご覧になるかは、王子の自由なわけですし…………!」
 口では否定しているが、おもいっきり気になっていることは明白だ。
 ランとスバルはそれをみてけらけらと笑う。
「だよなー!」
「ちょ、ちょっとランさんも、スバルさんも……!!」
「貴女たち、何をくだらないことを言っているのです!」
 否定しようとしたルセリナの言葉を、鋭い声が遮った。
 驚いて少女たちが顔を向けると、そこにはルセリナとはまた別の意味で思いっきりふわふわと広がったどピンクロココなドレスの少女が立っている。
「王子が誰と花火をご覧になるかですって? そんなものは、この私と決まっておりましてよ!!」
「じょ、ジョセフィーヌさん……」
「芸術の粋である花火を! ハイセンスでハイソッサエティーな私と眺める、これ以上の至福の時はありませんわ!!」
「……どこが」
 ぼそりとスバルがつぶやくが、もちろんジョセフィーヌは聞いてない。
「もう既に王子のための新作浴衣デザインは決めておりましてよ!!」
 びらっ。
 高らかにそう宣言しながら、ジョセフィーヌが広げたデザイン画には、どう見ても半漁人にしか見えないイラストがでかでかと描かれていた。
「……これの、どこが浴衣なんだ……?」
 ぼそりと今度はランがつぶやくが、もちろんジョセフィーヌは聞いてない。
「なんてすばらしい夜になるのかしら!」
「いや、ならないんじゃないかと思いますけど……」
 さすがにルセリナまでもがつっこみをいれたときだった。
「やれやれ、お嬢様の思いこみには困ったものだねえ」
「そうそう、まだ王子にお誘いもしてないでしょうに」
 くすくすくすくす、ただの笑いのはずなのに、何故か怪しい空気の漂う笑い声がジョセフィーヌの高笑いを止めた。
 彼女を止めてくれたのはいいものの、決して助け船には見えない彼女たちを、少女たちはおそるおそる見やった。
「王子はアタシと花火に行くんだよ、ねー」
「あら、あたしたち、でしょ?」
 にんまり、と笑うのはおへそに彫られたバラの刺青が悩ましいアーメス国の美女ニフサーラと豪奢な竜の縫い取りのされたチャイナドレスが艶やかな美女ギャンブラー、リンファだった。
 二人とも、美女は美女のはずなのだが、素直に美女と言えない何か黒い物を纏っている。
「ちょ、ちょっと待てよ! なんで王子があんたらと一緒に花火を見に行くことなってんだよ!」
 スバルがすかさずくってかかった。
 二人の美女はふふんと笑う。
「それはもちろん!」
「王子もニックもヨランも、ロイくんも、ついでにちょっとトウがたってるけどリヒャルトも! 我ら美少年保護観察委員会のものだからよ!!」
「んなわけあるか!!!!」
 ぶちきれたランとスバルとジョセフィーヌに武器を突きつけられた(何故かルセリナも加わっていた気がしたが)ニフサーラとリンファが、そのまま彼女たちと乱闘に突入したのを見て、リオンはダッシュで逃げ出した。





「はあ……はあ……」
 城の中から、人気のない裏手へと逃げてきたリオンは、壁に手をついて息を整えていた。
 心臓がどきどきする。
 走ってきたからだけではない、その鼓動の大きさにリオンは一層動揺する。
(王子って……本当にもてるんだ…………)
 他愛のないことのはずなのに、王子と花火に行くということに、一喜一憂する彼女たち。彼女たちが抱いているのは紛れもない恋心だ。
 悩んだり恥ずかしがったりする彼女たちの心がリオンには痛いほどよくわかる。
 なぜなら、リオンも同じ想いを持っていたから。
 いつのころからだったろうか。王子を守りたいという気持ちが忠誠心や恩義以外のものに変わっていたのは。
 身分違いだからとこっそりこっそり暖めていた気持ち。
 太陽宮にいたころはよかったのだ。
 周りは王子を男ではなく王子としか見ていない大人ばかりだったから。
 敵わぬ恋ではあっても、目の前で誰かに奪われるような光景にはあわずにすんだ。
 けれど、城を出て、様々な人と交わるようになってから状況は一変した。
 戦争中、逃亡中ということもあり、庶民からお姫様まで、同世代の女の子と巡り会う機会が激増したのだ。
 もともと母親譲りの綺麗な顔立ちに、気さくで優しくて、その上強い王子のこと。彼女たちが恋をしないわけはない。
(……王子が素敵な方だと思われているのはとっても喜ぶことのはずなのでしょうけど……!!)
 でも、割り切れない。
 どきどきするし、とても切ない。
 ずっと王子の隣でいられるリオンのことをうらやましがられたこともあったけれど、本当のことを言うと、この位置ほど恋人から遠いものもないと思う。
(私はずっと王子の護衛……だけど)
「おい、リオン」
(でも……)
「リオン!」
「は、はい?!」
 声をかけられていたことにやっと気がついたリオンは、飛び上がるほど驚いた。
「……ろ、ロイくん?」
 振り向いた先にいたのは、王子と同じ顔立ちをした、でも纏う雰囲気が全然違う影武者の少年だった。
 いつも通り、ぶすっと不機嫌な顔をしている。
「あんたが人の気配に気がつかないなんて、珍しいな」
「少し考え事をしていたんです」
「あんたのことだからどうせ王子のことだろ?」
「そそそそそそそそんなことはありませんっ!!」
 リオンが思い切り力んで否定すると、ロイはますます不機嫌になる。
「うっわー。、当たってもぜんっぜん嬉しくねぇ……」
「誰も当たったなんて言ってません!」
 心外だ、と真っ赤になって抗議するリオンの話を、ロイは軽く無視する。
「そんなことよりさ、リオン、あんたさ…………その」
「はい?」
「えーと…………花火…………なんだけどさ」
 ぼそぼそと、ロイの言葉は口の中で小さくなる。リオンはロイの顔を覗きこんだ。
「ロイくん?」
「う、うわあっ。、いきなり顔を近づけるなよ!!」
「だってロイくんがはっきり話さないのが悪いんじゃないですか! 何なんです? 花火って」
「だ、だから!! ああもう! 俺と一緒にロードレイクの花火、見に行かないか?」
「え?」
 ロイの口から飛び出した台詞が信じられなくて、リオンは目を見開いた。
「……ロイくんが、私とですか?」
「そうだよ! 悪いか?!」
 喧嘩腰といっていいほどの勢いで詰め寄られて、リオンが後ずさる。
「あの……それは影武者の作戦とかではなく」
「んなわけねーだろーが!」
 怒鳴られて、リオンは首をすくめた。
 ロイは切なげに息を吐く。
 さっきの一人で悩んでいたリオンみたいに。
「どーせあんたのことだから、王子と行くとか……もう決まってんだろーけどさ……言わないよりは言って後悔するほうがましだからな」
「一人で悩むより……は」
「後悔したくないんだよ、俺は」
「そうですよね!!」
「……は?」
 いろいろな物を振り切って、やっと伝えたはずのロイの言葉は、一部分のみリオンに届いた。
「言わないよりは、言って後悔したほうがいいですよね! 何があっても!!」
「……お、おい?!」
「ありがとうございます、ロイくん! おかげでふっきれました!!」
 ぺこり、と頭を下げて走りだすリオンの背中を、ロイは呆然と見送った。
「…………嘘だろ?」
 力なくつぶやいたその声は、誰も聞いちゃいなかった。




 城の中に全速力で戻ったリオンは、階段を勢いよく駆け上がった。
 確か、今の時間帯は王子が一人で休憩しているはずだ。
 身分違いもいいところの、この恋心。
 きっと言葉にしたら粉々に砕けるだろうけど。
 それでも、言わずに胸の奥で腐らせてしまってはいけない気持ちだ。
 だって、コレは自分の一番大事な気持ちなのだから。
「王子、いらっしゃいますか?」
 軽くノックをして、ドアをあけるとそこにはリオンの予想通り、王子がゆったりと椅子に座っていた。
 いつもの、リオンが一番好きな柔らかな笑顔を浮かべてリオンを迎える。
「リオン、どうしたの?」
「あのっ……王子……!……」
「うん?」
「あの……ロードレイクの花火、なんですけど!」
 決死の想いでリオンが口にすると、王子は満面の笑顔になった。
「ああそうそう! あの花火なんだけど、お祭り用の浴衣ができてきたんだ。はい、こっちがリオンのぶん! 一緒に見に行こうね」
 ぽん、とリオンが何を言う暇も与えずその手に浴衣が渡される。
「……、お、おうじ……?」
「何?」
「花火を……私と?」
「うん。二人で」
 にっこりと笑いかける、少年の笑顔はどこまでも優しい。
 リオンはわき上がってくる感情を抑えきれずに真っ赤になった。
「あの……王子! ロードレイクの花火は……伝説があって……わ、わわ私と一緒に行くということは、みんなからそんな風に……」
「見られてもいいし、そのつもり、だよ」
 言うと、優しい笑顔だった少年の顔が赤くなった。困ったような表情になるとリオンの手を握って引き寄せる。
「僕はそのつもりなんだけど、……リオンは迷惑?」
 怒ったような、それでいて泣きそうな、リオンが見たこともない緊張した王子の顔に、リオンは自分が抱いていた気持ちとそっくり同じ気持ちを見つける。
「嬉しい、です……」
 やっとリオンがそれだけ言うと、二人は真っ赤な顔のまま笑い出した。

20万ヒット記念企画
197000ヒット 実明様 のリクエストで
王子×リオンで「もてもて王子に複雑な心境のリオン」


王子もてもて、ってことで、ランにスバルにジョセフィーヌに、と
いろいろもてもてにしてみました。

なんか予想外に不幸になっている人が約一名いますが
まあ、誰か一人不幸になるのはうちのデフォルトということで。
リオンを中心に据えたせいか、王子の心情がなかなかうまく描けなくてちょっと悩みました。
でも無事書き上がって良かったです。

企画参加ありがとうございました!!

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