朝の風景2

 全く、子供がいる家庭の朝っていうのはどこも戦争だ。
「ササライ、ルック! 卵が焼けたぞー」
 俺はフライパン片手に食事をしている息子達に声をかけた。漬物をおかずに、ご飯をかっこんでいた息子達が同時に顔をあげる。
「ナッシュ、遅いよ!」
 生意気盛りの十歳児、ササライが文句を言う。
「お父さんと呼べ、お父さんと! お前ら二人が、同じ卵料理を注文してくれたら手間はいらないんだよ」
 俺は一つのフライパンで器用に作ったスクランブルエッグと目玉焼きを双子の皿に載せてやる。彼らは育ち盛りのいい勢いでそれらに箸をつけた。
「全く、そんなぐちゃぐちゃにしたもの、よく食べられるよね、ササライ」
「そっちこそ、そんな火の通ってない黄身をたべられるよね、ルック」
 双子は、ぎろりとにらみ合った。
 それを横目で見ながら俺は着ている割烹着のすそで手をふく。全く、うちの双子はなんでこんなに仲が悪いんだ。
「父さん、私にも卵!」
 食卓についていたもう一人の人物に声をかけられて、俺は我にかえった。
 おっと、のんびりなんかしていられなかったんだ。
「クリスは何がいいんだ?」
「オムレツ! ふわふわがいいの!」
「はいはい。で、卵は二つなんだろう?」
「うん!」
 ほっぺたにごはんつぶをつけたまま、うちの長女、クリスはにこおっと笑った。母親譲りの銀色の髪をしたこの娘は、現在十二歳。身内の贔屓目をぬきにしても、将来美人になる、と断言していいほどの美少女だ。ただ、人形遊びよりも、走り回っているほうが楽しいらしく、時々そのかわいい顔に擦り傷をつけて帰ってくるのが難点だが。
 オムレツを作って後ろを振り向くと、双子がそろそろ食事を平らげるところだった。あと一品を残しては。
「ほらオムレツできたぞーっ……て、ルック、ササライ、牛乳を残すんじゃない」
「えー、やだ。飲みたくない」
「僕も」
 二人がそっくり同じ顔で嫌がった。
「好き嫌いは良くないぞ、ルック、ササライ。あ、父さん、おかわり」
 牛乳も含め、他の食材も綺麗に食べているクリスが俺に茶碗代わりのどんぶりを突き出した。ササライがそれを睨む。
「姉さんのは、食べ過ぎ! 味覚ないんじゃない?」
「ある! ないのはむしろササライだろう? こんなにおいしいのに、なんで食べないかなあ」
 華のような美少女が朝から丼飯を三杯も食べるのも、また問題なきがしたが、俺は言わないことにしておいた。それだけ食べてもまだ足りないくらい、この娘は運動をするのだから。
「……僕は組み合わせが悪いんだと思うけど、父さん」
 ルックがぼそりと言った。
「ん? そうか?」
「純和風の食事に牛乳を加えるのが間違ってると思うな。味が混ざるじゃない」
「ああ、確か米の味と牛乳の甘味は会わないような感じはするが……」
 クリスがルックの言葉に頷く。双子はしてやったり、という顔になったが、そんなことで負ける親じゃない。
「じゃあ、食後に飲めばいい。ん、二人ともごはんは全部食べたな? じゃ、改めて食後に一杯牛乳を飲んでもらおうか?」
「う」
「ええ?」
 嫌そうな顔をするときだけ、仲良くはもるんだよな、こいつら。
「さっさと飲むんだ。全く、そんなことじゃ背が伸びないぞ?」
「牛乳を飲まなかったくらいで、そんなに身長が左右されるわけないじゃない」
「魚からだってカルシウムはとれるしさー」
「お前らは小魚も嫌いだろうが。ヒクサクおじいさまみたいに、ちみっこいまんまでいいのか?」
 俺より十五センチは身長の低い親父の体格を、俺は引き合いに出した。
「うっ」
「父さんは、好き嫌いせずに子供の頃牛乳をちゃんと飲んだぞ?」
 おかげで、結構な高身長である。見下ろしてやると、双子はそろって俺を上目遣いで見上げた。よし、もうちょっとか?
 しかし、玄関から聞こえた別の声が、それを邪魔した。
「クリス! 学校へ行こう!」
「クリス!」
 まだ声変わり前の、少年の声。玄関を見やると、学生服を来た少年が二人、立っていた。一人は黒髪、一人はくりくりの金髪巻き毛。
「パーシヴァル! ボルス!」
 愛娘のクリスが嬉しそうに立ち上がった。
 ああ畜生、もうそんな時間か!
 渋面になる俺には気付かず、クリスは自分の部屋に一旦戻るとランドセルと竹刀を持ってくる。
「クリス、さあ学校に行こう!」
「クリス、今日もかわいいねえ」
「お〜ま〜え〜ら〜」
 娘を学校へと誘う少年二人を、俺は睨んだ。
「中学生が、小学生を迎えに来るんじゃない! 行き先が違うだろうが!」
 怒鳴る俺に、二人はひるまない。(特にパーシヴァル)
「いやですね、お父さん。ここの学区の中学校と小学校は隣同士に建っているのですよ? 方向はまったく一緒じゃないですか」
「お父さんと呼ぶな、パーシヴァル。だいたい、お前の家は学校を挟んで真反対にあるだろうが!」
「パーシヴァルは方向音痴なんだ」
 靴を履きながら、真顔でクリスが言う。
「嘘に決まっているだろ−が……クリス」
 俺はため息をついた。
「ええ? そうなの?」
 びっくりするクリスを、パーシヴァルはにこやかに見下ろす。
「いいえ。そんなことはありませんよ。朝はどうも方向音痴になるらしく、ついつい貴女の家の前にきてしまうのです」
「うっかり者だな、パーシヴァルは!」
 ははは、と少年二人とクリスは笑っている。俺はこめかみに血管が浮くのを感じていた。
 大嘘だろう! それは!!!
「父さん、私は今日日直だからもう行かなきゃ」
「……ああ、行ってこい。忘れ物はないな?」
「うん!」
 少年二人に連れられて、クリスは玄関から出る。
「担任のサロメ先生と、剣道場のレオ先生によろしくなー……っと……あと人気のないところにはきをつけろよ」
「? うん、わかった!」
 元気よく去っていく娘を見送り、俺は再度ため息をついた。
 全く……なんでまた、小学生の娘の貞操の心配なんかしなくちゃならないんだ、俺は!!
 と、そこで浸りきってしまえないのが、子沢山の親の悲しいところだ。案の定、振り向くと、双子がこっそり食卓から逃げ出そうとしている。
「ササライ、ルック! 逃げるな!!」
 きゃあ、と悲鳴をあげながら逃げようとしていた二人の首根っこを、俺は引っつかんだ。そしてなんとか元の位置に座らせる。
「もういいかげんにしてよ、遅刻しちゃう!」
「牛乳ごときで遅刻させようっての?」
「お前らがさっさと飲めば問題はないんだ!」
 ぶう、と二人がむくれたところに、また声がかかった。
「父様……」
 控えめな、かぼそい声に振り向くと、若干五歳、末っ子のセラが立っていた。自己主張の強い一家の中で唯一控えめでおとなしい性格をしている子だ。
 幼稚園の始まる時間はずっと遅いから、まだ寝かしておいたのだが。
「セラ、起きたのか。ん? 一人でお着替えができたのか、えらいな」
 セラは、第一ボタンが外れてはいるが、自分の服をちゃんと着ていた。こういう自主性は、上の兄弟のほうが見習って欲しいものである。
「今お前のご飯も出してやるからな」
 こく、とセラはうなずいて、ルックのとなりにちょこんと座った。
「セラ、ボタンが外れてるよ」
 ルックがセラの服の乱れを見つけてなおしてやる。幼児用に、薄く味付けをしてある朝食を取り出しながら、俺はそのほほえましい風景に目を細めた。
 実を言うと、うちの家でセラだけ、血が繋がっていない。わけあって引き取った子供なのだ。そのときセラが一番最初になついたのがルックで、それ以来、ルックはなにかにつけてセラの世話を焼いていた。
 そんな仲のいい二人の様子に、兄弟以上のつながりを時々感じたりはするのだが……まあいいや。娘が一人、嫁に行かなくてすんだと思えば。
「セラ、はい、ご飯。それから牛乳もね」
 ランチプレートと、牛乳の入ったカップをセラの前に置く。セラの水色の瞳が困ったように伏せられる。
「父様……セラはぎゅうにゅう、きらいです」
「ちゃんと飲まないと大きくなれないぞ?」
 双子に言った言葉を俺は繰り返す。二人みたいに反抗はしないが、セラはセラで泣きそうな顔になるから、困る。
「しょうがないな、じゃあミロにしてあげよう。それだったら飲めるだろう?」
「はい……」
 ミロっていうのは、牛乳に入れるココア味の添加物だ。牛乳を子供の大好きなココア味の飲み物に変えてくれる上に、他の栄養も補ってくれる優れものだったりもする。
 棚から緑の瓶を取り出した俺に向かってササライが文句をつける。
「あー、ずるい、セラだけ甘やかして!」
「お前らだって幼稚園まではミロにしてやったろーが! 小学生にもなったんだから、牛乳くらいそのままで飲め!」
「やだ!」
「いいかげんにしろ!」
 セラのぶんの牛乳にミロをいれてかき回しながら俺は怒鳴った。セラはおろおろしながら俺たちの口喧嘩を見守っている。
「全く……セラより全然大きいくせに、牛乳一つ飲めないなんて、情けない。なー、セラもそう思うだろ?」
「え? ……えー……」
 話をふってやると、セラは困ったように俺を見て、それからルックを見た。見上げられて、ルックがう、と詰まる。
「お兄ちゃん、情けなーい」
 俺が言ってやると、ルックは意を決したように、牛乳の入ったカップを引っつかんだ。そして、一気に飲み干す。
 だん、とちゃぶ台の上にカップを置くと、立ち上がった。
「これで、いい?」
「よし。と、あとはササライだな。ルックが飲めて、お前が飲めないってことは、ないよな」
 ちろり、と視線を送ってやると、ササライもカップを手に取った。あとは同じ。一気に飲み干して、立ち上がる。
「じゃ、僕もう行くから!」
 二人はランドセルを掴むと、先を争うように玄関へと向かった。
「セラ! 帰ってきたら遊んであげるからね!」
「はあい、ルックお兄様!」
 双子がいなくなったところで、俺はやっと安堵のため息をついた。あと残っている子供はセラだけ。幼稚園の時間まではまだ間があるからゆっくりできそうだ。
「やれやれ、やっと皆でていったのかえ?」
 寝巻き姿のカミさんが、眠そうにあくびをしながらやってきた。
「シエラ、おはよう。あとはセラを幼稚園に送っていくだけさ」
「そうかえ。おお、セラ、おはよう。今日もかわいいのう」
 シエラはにこにこと笑いながら、セラの頭をなでた。
「おはようございます、シエラ母様」
「うむうむ」
 セラの隣に座ったシエラに、俺は朝食を出してやる。それから自分の朝食も。
「シエラも、起きてるんだったら、少しは手伝ってくれよ」
「なにを言っておるか。もともと、そういう約束じゃろう? 家にいるときくらい、ちゃんとせい」
「ちえっ」
 俺は漬物を口に入れた。
 長期出張が多い俺の不在の間はシエラが子供の面倒を見る。そのかわり、俺がいるときは家事全般もふくめて俺がやる、というのが約束なのだ。
 おかげで、家にいるときシエラが家事をしている様子を見たことがないのだが、子供達が不満に思っていないようなので、大丈夫なのだろう。
「こんな阿呆が、内閣調査室にいるというのが信じられん……」
「俺は有能なんだぞ?」
「ほー」
 大体、その仕事の行きがかりで知り合ったくせに。
 俺はご飯をほおばった。
「ほれ、頬にまたご飯粒がついておるぞ。全く……マナーだけは子供達に大きなことを言えぬぞ」
「悪い」
 シエラが俺の顔に手を伸ばした。くい、とシエラのほうを向かされる。てっきりご飯粒をとってくれるものと思っていた俺は、そのまま抱きつかれた。
「あ、おい」
 がぷり。

「シエラ……」
 首筋に感じる痛みに、俺は頭を抱えたくなる。
「眠気覚ましじゃ」
「予告なく人の血を吸うな! っていうか、子供の目の前でそういうことをするんじゃ、ない!」




 ……はっ。

 そこで、目がさめた。
 ぱちぱちと瞬きをすると、目の前には見慣れたシエラの頭がある。顔を上げると、狭いが、居心地のいいビュッデヒュッケ城の俺の部屋の内装が見えた。
「……痛」
 慣れた、首筋の痛み。
 見下ろすと、シエラはまだ寝ているようだった。
 このオババ、寝ぼけて噛み付きやがったな。
 はあ、と盛大にため息をつくと、俺は体を起こした。どうやら、夢を見ていたらしい。
 しかし、一体何なんだろう、あのおそろしくリアルな上に細かい夢は……。子沢山の家のお父さん、だなんて、笑えるにも程がある。
 夢の中の俺と同じようにためいきを落とすと、シエラはそのままにしてベッドから降り、服を身に付け始めた。
 茶色のアンダーシャツにアイボリーのパンツ、そして……。
 椅子に引っ掛けておいた白い布地を手に取り、俺はうなだれる。
 夢の原因は、こいつか。
 昨日ササライにプレゼントされた、割烹着という南方のエプロンだ。普通のエプロンと違って、袖がついている分中に着ている服の袖が汚れないのがいいのだが……。
 俺はそれに手を通す。
 汚れは防止できるが、その姿は恐ろしくださかった。しかも所帯じみている。
 ……いや、もう考えるまい。
 俺は部屋の奥に移動すると、何故かある台所で、ご飯を炊き始めた。そして、その片手間に味噌汁も作る。
 ビュッデヒュッケ城で数少ない台所つきの部屋に俺を追いやったのもやはりササライである。
 魚を焼く手を止めて、俺は眉を寄せた。
 ああ、そういえば、夢の原因は他にもあったか。
 今焼いている魚(今日は鯵の開きだ)は何故か五枚もある。あたりまえだが、俺とシエラだけで食べるには多すぎる。何故こんなに焼いているかというと……。
 ばたばたばた、と廊下を走る足音が聞こえた。
 俺が振り向くと同時に、ドアが開いた。そこから入ってくるのは、薄い茶の髪と緑の瞳をした少年と、白銀の甲冑に身を包んだ銀髪の美女。
 二人は異口同音に言った。
「「ナッシュ、朝ご飯!」」
 無駄とは知りつつ、俺は怒鳴り返す。
「だから、なんで俺に飯をたかるんだ!!」  



 

6000ヒット記念
椿様のリクエストで「おふくろさんナッシュ」
……異空間です……。
すいません、欠食児童が増えてます。
クリスは、こんな食事のたかりかたはしないと思うのですが、
夢に登場してもらいたかったので出しました。
ていうか、ここまでいくと原作のげの字もありませんね
幻想水滸伝3? なにそれ? ってかんじです
こんなわけわからんしろものでよければ、
椿様、受け取ってくださいませ
(……ごめんなさい) >帰ります!