春といえば、味噌汁はしじみだ。洗ったしじみを水にいれ、弱火でゆっくり温度をあげてやる。そうすると、沸騰するころにしじみはぽこぽこと口を開いてくる。貝が口を開き、出汁がでたところで火を止めて味噌を入れると完成だ。
「む……今日の味噌汁の実はしじみかえ?」
「かつおと昆布の出汁もいいですけど、貝もいいですねえ、シエラ様」
魚は、一夜干しのししゃもを焼いたもの。もちろん子持ち。
「ししゃものこの卵の食感、好きなんですよね」
「ししゃもには卵がなければ意味がないのう、ササライ」
菜ものは菜の花のおしたしに、かつおとごまをふりかけたもの。それから厚く焼いた甘めの卵焼き。
「卵焼きの甘さってどうやって出しているんでしょうね、やっぱり砂糖ですか」
「出汁じゃろう。うむ、ちょうどよい味付けじゃ」
ここに納豆を加えたいところだけど、一緒に食事をとる『カミさん』が匂いの強いものが苦手だから、それはおいておく。かわりに昨日から仕込んでおいた浅漬けをつけて。
「白菜よりきゅうりのほうが、僕は好きなんですけどね」
「わらわは白菜のほうが好きじゃ。これからの季節は茄子もよさそうじゃが」
「ああ、彩りになりますね。ナッシュ、おかわり!」
元気よく差し出された手から茶碗を奪い取ると、俺は怒鳴った。
「おかわり、じゃないでしょうが! なんで人の家の食卓に、貴方がいるんですっ!」
怒り心頭、といった顔の俺をしれっと見上げてササライは言う。
「ちょうどおなかがすいたからにきまってるじゃない。君のとこの朝食、おいしいし。おかわりまだ?」
おひつからよそったごはんを俺はササライの目の前にたたきつける。
「朝食ならレストランでとればいいでしょうが!」
「やだ。あそこのモーニングセット飽きちゃったんだもん。魚なんて、鯵、鮭、鯵、鮭のローテーションだしさあ」
メイミが聞いたら青筋をたてて怒りそうな発言に、俺が代わりに腹をたてる。
「洋食セットにすればいいじゃないですか」
「朝はご飯じゃないと力がでないんだよ」
ササライはぽりぽり、と音を立ててきゅうりの漬物をほおばった。
「何が力ですか! たいして使わないくせに」
「使うから、こうして毎朝ちゃんとご飯を食べてるんじゃないか」
「他で食べてください!」
「他のごはん、まずい」
俺とササライはにらみ合った。
ビュッデヒュッケ城に部屋をもらって一ヶ月、ササライがここにやってくるまでは平和だった。任務中であるにも関わらず、珍しく身の落ち着き場所があるため、シエラがそこに住み着いたのだ。それはいい。任務をうければ半年やそこら会えないこともざらな相手と、毎日会えるのだ。気をよくした俺は、食事を作ったりして、いいだけシエラを甘やかして自分も楽しんでいた。
しかし。
上司の出現によって事態は一変した。
この面の皮が象よりも分厚い上司は、人の家庭の食卓にずかずかと乗り込んできちゃあ飯をたかりやがる。
「本国からついてきた料理人はどうしたんですか」
「あれは、戦時に兵の食事をつくるためについてきた職人だからね。たいして料理うまくないんだよ。それに、メニューが洋食でねえ。さっきも言ったけど、僕はごはん党なんだ」
ずずず、とササライは味噌汁をすする。
「君のところの朝ご飯、栄養のバランスもとれてるからねえ。あ、そういえばナッシュ、君は食べないの?」
「貴方が食べてるのが、俺の朝飯です!」
「そうだったんだー。なるほど」
なるほどって、どこに納得してるんだ、あんたは!
茶碗に残ったご飯の最後の一口を飲み込むと、ササライは立ち上がった。
「ごちそうさま、じゃあ僕はいくよ」
「待ちなさい」
がし、と俺はササライの軍服のすそを掴んだ。
「何? まだ怒鳴る気? 血圧上がるよ?」
「今の今まで率先して人の血圧を上げていた人そんなことを言うんじゃありません。じゃなくて、ししゃも! 頭と尻尾が残ってるじゃないですか」
「喰うなっていっておいて、そういうことは言うわけ?」
「食べるなら食べるで、ちゃんと完食はしてください。食べ残しはいけません」
俺の目より幾分明るい、ササライのグリーンアイを俺はむ、と睨んだ。ササライは見た目の歳よりも更に幼い様子ですねる。
「頭と尻尾は、残す部分じゃない」
「小魚の場合は別です。ここに大事なミネラルとカルシウムが詰まってるんですから」
「……やだ」
「そういうこと言ってるから身長が伸びなかったんですよ! 牛乳も嫌いでしょう」
「あんな牛からとれる白濁した分泌物なんて飲めないよ! 大体それと身長は関係ないよ!」
「あります!」
尚も怒鳴りつけると、ササライはしぶしぶ食卓についた。そして、嫌そうな顔でししゃもの頭と尻尾を口に放り込む。
「……これでいいの」
涙眼で(そんなに嫌いか)お茶をすすりながらササライが俺を見上げる。飲み込んだのを確認して、俺はふう、と息を吐き出した。
「いいです」
「ん。じゃあ僕は行くよ」
「……どうぞ行ってください。あと、リリィ嬢は練兵場で騎士団の人たちと稽古してますよ」
「わかった」
ササライが出て行ったあと、俺は盛大に息を吐き出した。そして、別に用意してあったもう一人分のおかずを取り出す。
「……ったく毎日毎日……何度言ったらやめるんだ、あの人は!」
くつくつとシエラが笑っている。
「シエラ? なんだよ」
俺は冷めてしまったししゃもにかぶりつく。
「おんしがそうやってもう一人分用意しているうちはやめぬと思うがのう」
「これは防衛策だ」
言って、俺は渋面になる。
わかってはいるのだ。
ササライのああいう行動は、気を許した相手に限られているということくらい。さっきのやりとりだって、甘えているのだといえなくもない。だが、気を許したぶんだけ、かける迷惑が多くなるというのはどういうことだ。
それに俺の怒りの原因はもう一つある。
「……シエラは、ササライが来てもどうでもいいわけかよ」
「ん?」
「二人で飯を食ってるっていうのにさあ……」
それ以上の言葉は、小さくなって俺の口の中に消えた。笑うんなら笑え。俺は、乱入してくるササライに腹を立ててはいるが、それと同時に、全く奴を止めないシエラにも怒っているのだ。
「二人で食事なぞ、いつでもできるであろうが」
「でもない」
くすりとシエラが笑う。
畜生、なんかやっぱり俺ばっかり、っていう気になるぞ。
シエラはゆっくりと食べていた食事の箸を置いた。そして、身を乗り出して俺の顔を覗き込む。
「やれやれ、駄々っ子が出て行ったと思ったら、まだ子供がここにおる」
「どーせ俺は子供だよ」
ちゅ。
頬に、シエラの花びらみたいな唇が触れ、俺は動きを止めた。
「拗ねるでない」
「……っ」
ちゅ。
今度は唇に。
顔を上げると、シエラの笑い顔が見えた。
「機嫌はなおったかえ?」
俺は顔が赤くなるのを感じていた。表情は怒っているままだろうが、迫力に欠けていることは明らかだ。
ああくそ! あんたの言うとおりだよ!
機嫌の悪さなんて、今のキスで吹っ飛んだよ!!!
「こんなんで毎回毎回ごまかされると思ったら大間違いだぞ……!」
「承知しておこう」
言って、シエラは優雅に食事を再開した。俺は腹のなかで叫ぶ。
絶対絶対絶対! シエラは大間違いだなんて思っていやしない!
しかし、悲しいかな、今後もキス一つでごまかされる俺を、俺自身がよく理解しているのも事実だった。
4444ヒット記念椿様のリクエストで
ナッシュ×シエラ+ササライです。
ナッシュとササライとシエラが一緒にいたとき
ナッシュとササライが喧嘩しても
シエラ様止めてくれなそう……
そう思ったのが発端でした。
ササライ様が別人ですねえ……(遠い目)
ナッシュがどこまでいっても「おにいちゃん」です
シエラの前では甘えてますが
>もどりま〜〜す