もみほぐし魅惑タイム

「あー疲れたっ」
 言うが早いかベッドにどすんと腰を落とした恋人を見て俺は苦笑する。
「よっぽど疲れたみたいだな」
 そう声をかけると、髪の水滴をぬぐっていたタオルの下からきっとにらまれる。
「おんしが迎えにこないから悪いのじゃ! おかげでふもとからここまで荷物を引きずって歩くことになったではないか!」
「しょうがないだろう? あんたがいつ来るか、俺がいつここに戻ってこれるか全然わからなくて、すれ違いになりそうだったんだから。せめて風呂を沸かして待ってただけえらいと思ってくれよ」
「何を言うのじゃ。風呂をわかし、飯を用意し、なおかつわらわの荷物を持つのがおんしの仕事じゃ」
「むちゃくちゃ言うなよ」
 俺はがっくりと肩を落とした。
 シエラはまだ俺をにらんでいる。
 俺の名はナッシュ。しがない(?)ハルモニアの雇われ工作員……つまりスパイだ。
 遠出で長期が基本の任務をこなして、休暇をやっともぎ取ったから、恋人でありご主人様でもある吸血鬼の始祖シエラ様々とこの村の宿で落ち合ったわけなんだが……。どうやら女王様は下僕が村の近所まで迎えに出られなかったことがご不満らしい。
 まあ確かに、いつも彼女が持ち歩いてるトランクの大きさを考えたら、この村までやってくるのは大変だろうなーとは思うけどさ。
 どっちの方角から来るかわからない(場合によっちゃあ陸路使わないし)女をどこでどうやって待てというんだ。
「しょうがないなー」
 俺は彼女の近くまで行くと、ほれほれ、とベッドに横にならせた。うつぶせになりながら、シエラが怪訝そうに俺を見上げてくる。
「何をする気じゃ?」
「マッサージ。荷物運んで疲れたんだろ? もみほぐしてやるから、これで機嫌なおせよ」
「む。……変なところに触る気ではないじゃろうな?」
「信用ないなー。やらないほうがいいか?」
「……やるのじゃ」
 俺に触られるより、疲れのほうが勝ったらしい。
「はいはい、仰せのままに」
 俺は袖をまくるとシエラの体をまたいで膝立ちになった。ゆっくりと手のひらで暖めるようにゆっくりとシエラの背中に触れる。
「ん……なかなかうまいのう」
 華奢なシエラの体をつぶさないように、柔らかく、ゆっくりとシエラの背中をなぞる。
 肩胛骨の形を確かめるようにして周りをほぐすと、俺の手の動きにあわせてシエラがため息をつく。
「体が資本の仕事だからな。こうやって体をもみほぐす方法だって知ってないとやってられないんだ」
「背中は自分ではできぬようじゃが?」
「そのへんを聞くのは野暮ってもんでしょ?」
 俺は背骨にそってほぐす位置を移動させるとシエラのほっそりとした腰を手で包み込んだ。
 血行の悪い部分が、そこだけわずかにひんやりしている。
 暖めながらゆっくりと根気よく腰ほほぐすと、またシエラが気持ちよさそうに息を吐いた。
「そこそこ……」
「ここだろ?」
「そこ! そこなのじゃ!!」
「はいはい」
 もみほぐされて嬌声をあげるシエラをかわいいと思うべきか、おばさんくさいと思うべきか。後者だと言ったら、確実に殴られるな。
 しかし、滑らかな太ももとふくらはぎをもみほぐし、足のつぼを押してやると、嬌声は悲鳴に変わった。
「い……痛たたた……! 痛い!! 痛いのじゃっ」
「あんまり暴れるなよー。つぼが押せなくなるからなあ」
「つ、つぼにはいりすぎて……!!」
「じゃあやらないほうがいい?」
「つぼにはいっておるのはわかっておるのじゃ!……い、痛きもちいい……からやめるで……〜〜〜〜〜〜ぃいったぁ……!!!」
 いつもは考えられないあばれっぷりに、俺は笑いを必死でかみ殺す。
「わ、笑うでない!」
「無茶言うなよ」
 くすくす笑いながら、俺は足のマッサージを終えた。
 シエラを仰向けにさせると、腕のマッサージをするために座る位置を変える。
 ……と。
 仰向けになったシエラのとろけた顔を見て俺は手を止めた。
 風呂上がりにマッサージをしてもらって、血行のよくなったシエラの頬は上気していてバラ色で、しかもさっきの足つぼマッサージで悲鳴を上げていたせいで目は潤んでいる。
 そういう理由で赤くなってるわけじゃないんだけど。
「ナッシュ?」
 色っぽい、なんて言ったら殴られるどころか電撃だな。
 そう思って俺はシエラの腕のマッサージを再開した。細くて柔らかい腕は、もみほぐされるたびにうっすらと色づいていく。
「うむ……気持ちよいのじゃ」
 揉まれると、シエラは無防備にほほえむ。
(……これは)
 手と指と、俺が力を加えるたびに唇から漏れる吐息は喘ぎ声にあまりに似ていて。
(なかなか目の毒なんじゃないだろうか)
 俺はわき上がる煩悩をなんとか振り切って、もう片方の腕を揉む。
(いかんいかん、手を出そうものなら、殴られ……って、そういえば)
 今揉まれて、手に力が入らなくなってるんじゃないか?
「シエラ、気持ちいい?」
 俺が手を揉みながら聞くと、シエラは気の抜けた顔のまま「うむ〜よいのじゃ〜」などと言いながら、手のひらだけぱたぱたやっている。その様子からは、力が入っているように見えない。
 どうやら、マッサージで本当に力が抜けているようだ。
 ほぐし終わった手を下ろし、こめかみのマッサージをしてやるふりをしながら覆い被さると、俺はシエラの唇にキスした。
「……何をやっておる」
 とたんに、瞳だけは鋭く俺をにらんだ。
「いや〜、揉んでたら血行よくなってて色っぽいもんだから」
「今疲れがとれたというのに、また疲れることをせよと言う気かえ?! おんしこそ疲れておるのではないのかえ?」
「俺、シエラよりずーっと若いもんで」
 いつもなら即座にとんでくるはずの平手も、今日は力が抜けていて迫力がない。
「三十男が何を言っておる……!」
 シエラの文句を、俺はくすくす笑いながら唇でふさいだ。



 その後、本能のままに生きたナッシュが更に長時間シエラ様のお腰を揉まされたのは当然の話である。

20万ヒット記念企画
199000ヒット 恐山様のリクエストで「ナッシュとシエラ。自宅でまったり」

てなわけで、ナッシュの魅惑のマッサージ〜♪でございます。
ナッシュは手先が器用なので、こんなことも器用にこなすに違いないと思うのです。
揉んでいるときの描写が妙にやらしいのは、やっぱりナッシュだからということで。

さてさて、長く続いた20万ヒット企画はこれで最後!
いろいろと忙しくて長くなってしまいましたが、お楽しみいただけていれば幸いです。

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