ほんの少しだけ

「ゼクセン騎士団第三大隊隊長パーシヴァル=フロイライン、ただいま帰還しました!」
「うむ、ごくろう!」
 がしゃん、とかかとの音も高らかに敬礼し、帰還報告をしたパーシヴァルに、クリスは満足げに頷いた。
「楽にしていいぞ」
「はい」
 儀礼的なあいさつをすませ、パーシヴァルは姿勢を楽にした。クリスも笑いながら、執務机から立ち上がる。ブラス城のゼクセン騎士団執務室には和やかな空気が漂った。
「パーシヴァル様、早かったですね! 任務終了の知らせはさっき入ったばかりですのに」
 書類整理の手伝いの手を止めて彼らを見ていたルイスが笑う。パーシヴァルは苦笑した。
「いいかげん、ティントの岩の群れも見飽きていましたからね。馬をとばしてきました。……とばしすぎて、伝令の馬も追い越しそうになりましたが」
「せっかちだな、お前は」
 五行の紋章戦争が終了した後、平和な生活に戻れると思っていたゼクセンに降ってわいた話、それがティントとの国境問題だった。どうやら、前回の戦争のときに参加していたティントの義勇兵から、こちらの内情が伝わったらしい。(それを聞いたティントご令嬢は憤慨してハルモニアに家出してしまったそうだ)
 小競り合いですますには、少々お互いに犠牲の多い戦闘を繰り返し、やっと休戦協定にこぎつけたのが二ヶ月前。本来なら、事後処理のためにクリスがティントに居残るはずだったのだが、ゼクセン連邦に敵が多いのが悪かった。
 クリスの不在をいいことに、シックスクランが小競り合いをふっかけてきたのだ。それで急遽部隊を分け、クリスはサロメ、ボルスとともに先にブラス城へ帰還、パーシヴァル、レオ、ロランの三人がティントとの残りの取引を請け負うこととなったのだ。
 やっと片づいたとの連絡をうけたのが今朝のことだ。
「まあいい。少しくたびれたとはいえ、無事に戻ってきてくれたからな」
 パーシヴァルの様子を見ながら、クリスは苦笑した。水の少ないティントの戦地では、身繕いをする余裕は全くなかったらしく、いつもは洒落者のパーシヴァルもずいぶんくたびれていた。風になびかすようにセットされていた髪はのばしっぱなしで単なる長髪だし、無精髭もはやしっぱなしだ。
「他の連中はもっとすごいですよ」
「パーシヴァル様でそれですものねえ。レオ様とか、すごいことになってるんじゃないでしょうか」
「モヒカンが微妙に消えててかなり見物です。彼らは恐らく夕方にはつくとおもいますから、楽しみにしておいてください」
 三人は(といってもパーシヴァルは実物を見ているのだが)、その様子を想像して笑い合った。
「あ、そうだ。パーシヴァル様、お疲れでしょう? 僕、お茶をいれてきますね!」
 ぽん、と手を叩くとルイスは部屋を出て行った。一階にある厨房からお茶を持ってくるつもりなのだろう。
 閉じるドアを見送っていたクリスは、ぐいとパーシヴァルに体を引かれた。
「あ、おい」
 否応なく、抱きしめられる。二月ぶりの恋人のぬくもりに、クリスはとまどった。
「パーシヴァル……! 今は仕事、を……」
「会いた……かった……」
 クリスの返答などきかず、囁かれる言葉。その声は切なげにかすれていて、クリスの胸をしめつける。
 そんなのは、自分も一緒だ。けれど、執務中であることと、まだ昼間という事実がクリスを現実に引き留める。
 困って動けなくなったクリスの様子を、肯定ととったのかパーシヴァルは腕に力を込めてきた。
 抱きしめる、その相手の存在を確かめるように強く。
「ずっと……貴女に会いたかったのです」
「そう、か」
 返答が見つからず、クリスはそんな相づちをかえす。パーシヴァルは少し腕の力を抜くと、片手でクリスのあごをとらえた。
「何だ?」
「顔、見たくて」
 まじまじとクリスを見つめるパーシヴァル。クリスは笑った。
「なるほどな。だが、パーシヴァルそろそろ手を離してくれないか? カーテンは開けたままだし、ルイスもすぐ戻ってくるし」
「ここの部屋をのぞける位置に他の部屋はありませんよ。それにお茶を入れるにはもう少しかかります」
 手を離す気はないらしい。
「パーシヴァル……」
「ごめん。もう、少しだけ抱きしめさせて」
 疲れているせいだろうか?
 素直にそう言ったパーシヴァルの顔は、ごはんをお預けにされた子犬のようだ。こんな顔をされて、抵抗できる女がいたらお目にかかりたいものだと思って、クリスは苦笑した。そして、パーシヴァルの頬に手を触れる。
「しょうがない奴だな。ルイスが戻ってくるまでだぞ」
「ええ」
 頬にあてられたクリスの手をとり、パーシヴァルは口づけを落とした。手のひらに、頬に、キスと同時に触れる無精髭がなんだかくすぐったい。
「愛してる」
 キスの合間に、パーシヴァルはそう囁く。
「私も、愛してるよ。パーシヴァル」
 応えると、パーシヴァルはまた強く抱きしめてきた。そして、今度はクリスの唇にキスをする。
 その激しさに、クリスはたじろいだ。
 パーシヴァルの想いそのままの、心を焼け尽くされるようなキスに、理性全てを奪われそうになる。
「っ……だ、め! パーシヴァル……ルイス……がっ…………んっ」
「もうちょっとだけ」
 パーシヴァルはキスをやめない。
 どころか、キスは深くなるばかりだ。
 徐々に力の入らなくなるクリスの腕を押さえ込んで、パーシヴァルはキスを繰り返す。
「ルイスが来るまで、もう少し……だけ」
 うわごとのように囁くパーシヴァルの声に、クリスはそのまま飲み込まれていった。

「おや、ルイスどうしたのです? そんなところで」
 ブラス城の二階廊下。クリスの執務室の前で、ティーセットを持って立ちつくしているルイスを発見して、サロメは声をかけた。すると、この見習い騎士はあわてて『しぃっ!』と口の前で人差し指をたてる。
「パーシヴァルが先行して帰ってきたと聞いて来たのですが……どうしたのです」
 サロメがきくと、ルイスは顔を赤くしてため息をついた。
「帰ってらっしゃっているのですが……」
 その様子に、サロメはぴんときて、眉間に皺をよせた。
「成る程……そういうことですか」
 パーシヴァルの帰還。そして入れなくなったクリスの部屋。中で何がされているかは純情なルイスでもわかる。
「しょうがないですね。ルイス、悪いですけど重要な任務を頼まれてくれませんか?」
「任務、ですか?」
 ルイスは不思議そうにサロメを見上げた。
「ええ。お茶よりも重要な仕事です。そういえば、今日ティントへ残った別働隊の帰還式のための酒を用意しておくのを忘れていました。ひとっ走りビネ=デル=ゼクセへ行って買ってきてはくれませんか?」
「え、お酒ですか?」
 酒なら、前から用意していたはずだ。そうでなくとも、籠城戦にそなえたこの城にはうなるほど食料がたくわえられている。
 それに足りないにしても近隣の村から買ってくればいいものを、わざわざビネ=デル=ゼクセまで行く理由がわからない。
 すると、サロメは笑って片目を閉じた(どうもウィンクだったらしい)。
「失敗しないようにじっくりゆっくり行ってらっしゃい。待ってますから」
「……! あ、はい、じゃあゆっくり行ってきます!」
 そこまで言われて、ルイスはやっとサロメの意図がわかった。別の用事を言いつけて、彼らの邪魔をする「お茶運び」の仕事をルイスからとりあげてくれようというわけだ。
「ついでに何かおやつを買ってきてください。おごりますから」
「はい!」
 元気よく走っていくルイスの背中を見送って、サロメはやれやれとため息をついた。
 今日の仕事は、急ぎのものはあまりない。別働隊を迎え入れる準備は必要だが、それまでにはまだ間があるだろう。ルイスがゼクセへ行って帰ってくるまでの間、彼らを放っておいてもかまわない。
(私も甘いな……)
 首を軽く振ると、サロメは廊下を自分の部屋へと帰っていった。若い恋人達の邪魔をしないよう、他の人々にも仕事を与えるために。

44444記念祥様のリクエストで「ありえないくらい甘えるパーシヴァル」
バケツ一杯分くらい砂が吐けるくらい、甘甘を目指してみました。
書いてて自分でもあてられてみたり
個人的に反応が怖いのが「無精髭」でしょうか。
一度ビジュアル化してみたい気もしますが

で、結局ビジュアル化してみました。
ひげ面三人組。

パーシヴァルって、あの髪型が維持できるわけだから
結構な「剛毛」だと思うのです



パーシヴァル「クリス様、私がどれだけ会いたかったと思うんですか?」
クリス「私だって会いたかったさ。わかったからそろそろ……」
パーシヴァル「いーやわかってません(ぐりぐり)」
クリス「パーシヴァル、くすぐったいって!」

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