右と左

 人生は、その繰り返し

 物事にひとつの区切りがついて、ビュッデヒュッケ城は慌ただしさに包まれていた。決戦直前の、悲壮なものではない。別れと、旅立ちの慌ただしさだ。
 大抵の騒ぎはおもしろがって楽しむ俺だが、今回ばかりはそうしていられない。役目が終了したのなら長居は無用、と他の連中と同じように(それよりもっと?)大急ぎで旅支度を始めていた。
 そうしていると、部屋に軽いノックの音。
「誰だ?」
 だいたいの目星をつけつつも、そう問うと、「ゲドだ」と予想通りの返答がくる。
「入っていいぜ」
「ああ……」
 部屋の中に、隻眼の男がのっそりと入ってきた。俺は荷物の整理を続けながら顔だけゲドに向ける。
「なんだいゲド。別れの挨拶なんてしめっぽいこと、あんたがしにくるなんて思わなかったんだが」
「……賭をしただろう?」
「賭? ……って、ああ酒場でやったやつ」
「……」
 ゲドは一つしかない黒い目で、俺を見た。
「負け分の取り立てかよー!! いいじゃんちょっとくらい。仮にも同盟軍の旗印の一人として数えられた英雄様がみみっちいことすんなよ!」
「……」
 無言の圧迫に、俺は顔を引きつらせた。
「ゲドぉ」
「それはそれ、これは、これだ。だいたいかなり関係ないだろう」
「ちっ」
 言いながらも、俺は財布を取り出さなかった。
「俺の負け分は、エースのやつから取り立てておいてくれ。確かあいつが俺に負けてるぶんが、そっくりそのままあんたの勝ちぶんになってるから」
「……イカサマ師め」
「俺がそれ以外の何だっての」
 俺はへろりと笑った。ゲドはふう、と疲れたため息をもらす。
 なんだよー、きっちり同じ額負けるのも勝つのも結構難しいんだぜ?
「なら、いい。……今日にでも発つのか?」
 俺の荷物を見下ろして、ゲドが言う。俺は頷いた。
「ああ。さっさとしないと、またあの腹黒上司に命令を押しつけられちまう。も〜〜何日カミさんの顔を見てないのかわかりゃしねー」
「……ここに、来ているのではなかったのか?」
 ゲドが不思議そうに俺を見た。真の紋章とのつきあいが長いゲドは、俺の「白い美少女」騒動のときに、いち早く彼女の正体を察していた。
 察してはいても、同病相憐れむというか、俺の心境も察することができるせいか、ゲドは何も言わなかった。俺も知られていることを知っていて、何も言わなかった。
 それが、暗黙の了解だったのだけど。
 まあ最後だしね。
「決戦前に、一回城から返したんだよ。あいつにはつらすぎる話だから。それにさー、やっぱりに任務とかかかえてちゃ、落ち着いていちゃいちゃできないじゃん?」
「……のろけはいい」
「きいてきたのはそっちだろー?」
 ぶう、とむくれるまねをして見せた俺を、ゲドは無視した。
「そういやさ、ゲド、あんたはどうするんだ? これから」
「俺か?」
「カレリア……にはもう戻れないだろう?」
 さすがに真の紋章をもつとわかっている男を、そのまま傭兵として雇っておくほどハルモニアは寛容な国じゃない。下手すりゃ一つの神殿に監禁、なんてことになりかねない。
「気の向くまま、またどこかに行くさ。ただし……チームだけはこのまま継続のようだが」
 ふう、とゲドがまたため息をつく。
「へえ、よかったじゃん」
「……」
 ゲドは浮かない顔だ。ま、どういうことでぐだぐだ悩んでるかは予想つくけどね。似たような表情で考え込む女の顔をいやってほど見てきたから。
「あいつらはあんたと一緒がいいて言ったんだろ? ならいいじゃないか」
「だが」
「気づいてないのか? あいつらはもうあんたの家族だよ。家族は置いていくもんじゃない」
 ゲドは目をあげた。
「カタチは一般的じゃないかもしれないけど、そういう関係は家族って言うの。歳のくせに意外に知らないんだな。っていうか、忘れてるのか?」
「かもしれん」
 意外にゲドは俺の言葉を簡単に受け入れた。俺は荷物をまとめる手を止める。
「ゲド?」
 ゲドは、軽く右手をあげた。手の甲をこちらへ向けて。
「……少し、迷っている」
「ふうん?」
 俺は半分聞き流すふりをした。それが、ゲドの求めている態度だと思ったから。
「今まで、これを守ることに疑問などは抱かなかった。持つ者の責任として、管理することは当然の義務だと思った……が」
「迷うかい?」
「……ああ」
「そっか、それは進歩だな!」
 そう言って、俺はゲドに笑いかけた。ゲドが目を丸くする。
「進歩、か?」
「そうそう!」
 それだけあいつらが大切だと気がついたのなら、それは紛れもなく進歩だろう。俺はなんだか妙に嬉しい気分になる。
 うれしいついでに口が少し滑る。
「大体、そんなに悩んでいてもさー、クィーンに子供でもできたらあんたあっさり紋章捨てると思うな、俺」
「……っ!」
 ばちり、とゲドの手から空気のはじける音がして、俺は後ずさった。
「お、おいおいおいおい!! それはやめてくれっ!! あとちょっとでカミさんに再会ってとこで殺してくれるなよ!」
「ならその滑りすぎる口をどうにかするんだな」
「無理」
「……」
「わかった。わかったからその無言の圧力はやめてくれ! さっきのは失言でしたっ!!」
「……」
 ゲドの右手がす、とおろされた。全く、カミさん同といい、こいつといい、なんで雷の紋章持ちはこう物騒な奴が多いんだ!
「よくそれで『カミさん』とつきあっていけるな」
「おかげで喧嘩はしょっちゅうだよ」
「だろうな」
「ゲド」
 俺は立ち上がってゲドと視線を合わせた。
「何だ」
「迷うなよ」
「今進歩だと言ったのではないのか?」
「そっちの話じゃない。あいつらといることにだ。あいつらは、好きであんたと一緒にいたいと言った。それはあいつらの希望だ。あんたが気に病むことじゃない。だから、迷わずにそばにいてやれ」
「……」
 沈黙が、あった。
 ゲドはしばらくじっと俺を見た後、やっと口を開く。
「それは半分、俺に向けた言葉じゃないだろう」
「う……」
 俺は視線をそらした。全く、台詞少ないけど、洞察力は人並み以上なんだっけ? こいつ。
「まあ、忠告はうけておく」
「どーもありがとうよ!」
 俺は視線をそらしたばかりでなく、顔もそむけた。ゲドが言う。
「とはいえ、その言葉はもうクィーンに言われたところだったりはするんだが……な」
「何?!!」
 俺は振り向いてゲドをにらみつけた。
「そんなことまで女に言わせておいてまだ迷うのかよ! あんたは!」
「当然だ」
「あんたなあ!」
「おまえのカミさんは、迷わなかったか?」
 冷ややかに見つめられて、俺は黙る。
「……そういうものだ」
「……」
 今度は俺が黙る番だった。くそう、言葉数で俺がこいつに負けるなんて。
「……なあゲド」
「ん?」
「その……あんたはそれを言われて……どう、思った?」
 我ながら、女々しいうえにお門違いな問いが口から出た。ゲドは器用に少し眉をあげ、それから口の端でちょっとだけ笑った。
「嬉しかった……かな」
「おい、それは」
「本当かどうかは、本人に聞いてみるんだな」
 珍しく笑った顔のまま、ゲドは戸口へと向かった。その背中に、俺は声をかける。
「ああちょっと、待てよゲド!」
「なんだ。別れの挨拶などしない男だと思っているのだろう?」
「俺が!! 別れの挨拶にこだわるんだよ!」
「……そうか」
 俺はがりがりと頭をかきまわした。
「ゲド、またな」
「また、か?」
「ああ」
 俺は照れくさい気分を隠すために頬をかく。
「これから俺たちの道は右と左にわかれるけどさ。俺はあんたの家族とかじゃないけど、友達だとは思ってるから」
「それは知らなかった」
「じゃあこれから覚えておいてくれ」
「ああ。ではまたどこかで会おう」
 ゲドは部屋から出て行った。それを見届けて、俺は荷造りを再開する。
 右と左。
 道は分かれるし、寿命もちがうけれど。
 友達だって、家族だって思っていてもいいだろう?
 彼らは人なのだから

 街道へ出ると、少女が一人、ばかでかいトランクの上に腰をかけていた。日焼け一つしていない真っ白な肌をした美少女だ。
 端正な作りの顔は、人でも待っているのかかすかに憂いを帯びている。
「シエラ」
 俺はナップサックをしょいなおすと少女に声をかけた。
「遅い」
 彼女は俺をじろりと睨み付ける。
「これでも大急ぎで出てきたんだってば。そのおかげで新しい指令はなし! 当分休暇だ」
「急いだついでに報酬まで忘れてきたのではなかろうのう」
「そこまで間抜けじゃないさ」
 俺は笑うとシエラに近寄った。シエラはトランクからぴょん、と飛び降りる。
「出がけにディオスを拝み倒してもらってきた。給料がでたとこだし、今日は少しリッチにいきますか」
「それもよかろう」
 俺がシエラの荷物を背負うのを見ながらシエラがやっと微笑んだ。俺は笑う。
「ナッシュ?」
「ん? ちょっとね。なんでもないことなんだけど」
 俺は荷物を全部持つとシエラを見下ろした。
「こうやってさ、道を右と左に並んで、一緒に歩くのは幸せだな、と」
「安い幸せじゃ」
「いいだろう、貧乏性でも!」
 そうすることの難しさを知っていて、それでも、俺たちは笑いあった。

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12345ヒット記念、シャラ様のリクエストで
「3後のナッシュ&シエラ+ゲドクイ」です
私のオヤジ好きが災いしたのか、
なんだかナッシュとゲドの二人芝居に……
ナッシエなシーン出てこないし、
クィーンに至っては影も形も……!!
遅くなってしまったうえに、
こんな話になってしまってすいません!
ごめんなさい〜〜あう



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