不運な男の災難

「おやナッシュ」
 酒場に入るなり、声をかけられて俺は振り向いた。
「クィーンにルシア殿、こんばんは」
 いつも人でにぎやかなビュッデヒュッケ城の酒場だが、まだ宵の口というよりは夕方といったほうがいいこの時間帯では、人はまばらだ。カウンター席に数少ない客として12正体の紅一点クィーンと、カラヤ族長ルシアが座っている。
 美人二人に声をかけられ、俺はいそいそとそちらへ向かう。ジョーカーと飲む約束だったが、それは横に置いておいて。
(おっさんより美女と飲むほうが楽しい)
「お二人で飲んでいらっしゃるのですか? なかなか麗しい眺めですねえ。うちのカミさんには負けますが」
 一応族長に気を遣って俺は敬語で話しかける。それを見てルシアが苦笑した。
「ルシアでいいし、その似合わん敬語も今はやめろ。かしこまるのはあの何を考えているのかわからん、お前の上司の前でだけでいい」
「それは光栄の至りだな。ついでに共に飲み明かす栄誉も与えてくれたりはしない?」
「だめだと言っても座る気だろうが」
「ありゃ、見抜かれてたか」
 にこにこ笑いながら、俺は彼女達と同じカウンター席に座ってウィスキーを頼んだ。彼女達はくすくすと笑っている。
「ここのウィスキーはうまいけど、美人と一緒に飲む酒は余計にうまいな」
 俺がおどけて言うと、クィーンが笑う。
「美人美人とさっきから持ち上げてくれるけど、それ、本当かしら」
「ひどいなあ、俺の言葉を疑うわけ?」
 否定の言葉が来ることを予想しつつも、俺は傷ついた顔をしてみせる。この程度のやりとりは、酒の上での言葉遊びだ。
「嘘つき男がよくいうよ。そもそも、あんた少女が好みなんじゃないかい?」
 ぶ、と俺は飲んでいたウィスキーを吹きそうになった。
 嘘つき呼ばわりされるのは予想してたけど、なんだその少女が好みだってのは!!
「少女って何なんだよクィーン!」
「あら違うの?」
「違う! 全然違う!!」
「なんだ、ナッシュはロリコンだったのか……。カラヤの少女に被害が及ばんよう、気をつけさせないとな」
「ルシアも信じないでくれよ! 俺はロリコンなんかじゃない! だいたいなんでそういうことになるんだよ!」
 俺が言うと、クィーンはさも意外という顔になった。
「壁新聞で話題になったじゃない。真っ白な肌の美少女と密会って」
「……そ、それか……っ」
 俺は頭を抱えた。
 この城に来て最大最悪の失態、それが壁新聞事件だった。
 人の多いこの古城に潜入するようになってからしばらくして、俺の疫病神というか腐れ縁というか女神というかカミさんのモデルな女、シエラが俺を訪ねてきた。戦争に参加する気はないが、あいつはあいつで気になることがあったらしい。任務中とはいえ、シエラに久しぶりに会えたのが嬉しくて気を抜いたのが悪かったらしい。翌日、城の壁には俺とシエラの逢い引きがでかでかと張り出されていた。
「だーかーらー、あれは古い知り合いだって! 何度言ったら納得してくれるのかなあ」
「だってねえ、アンタこの件になると珍しくむきになるから」
 くすくす、とクィーンが笑う。
「強く否定すればするほど、かえって疑わしくなるもんだ」
 ルシアも、にんまりと笑った。
 俺は腹の中でだけ、舌打ちをする。
 正直に、あれは800年ものの吸血鬼で、子供なんかじゃないと弁解できりゃいいんだが、真の紋章を求めているハルモニアにこのことがばれたらただじゃすまない。
「ねえねえ、本当はどういう関係なんだい? 教えておくれよ。秘密にするからさ」
 誰が聞いているかわからないこんな酒場の真ん中で(しかもこの美人二人は視線をかなり集める)秘密も何もあったもんじゃない。
「だから友人……」
「わかった! あれがお前のカミさんなんだな!!」
 ぶふぅっ!!
 ルシアの結論に、俺はとうとう酒を吹き出した。
「な……なんだとぅ?!」
「それならば、むきになる理由もわからなくはない。なにしろ、かなりの年齢差だからな」
「どこがどーなったらそういう結論になるんだっ」
 叫ぶ俺に、ルシアはしれっとして一言。
「女の勘」
 ……俺は、その勘のあまりの正確さに泣きたくなった。
 確かに、あの女は俺の特別で、カミさんのモデルだ。ルシアの言っていることは、おおむね間違ってないと言える。
 だけど!
 ほんっとーにカミさんなんかじゃないだ、あいつは!!
 ゼクセン騎士団の鉄壁の守りを回避するために、あいつをモデルにして妻帯者を装ってはいるけど、この嘘がシエラにばれたが最後、俺は手ひどいお仕置きをうけるに違いない。
 カミさんって呼びたいのはやまやまなんだけどなっ!!
「あら、ナッシュさん、やっぱりあの方と結婚されてたんですね」
 どう言い訳しようかと考えていた俺は、横から割って入った声に更に窮地に追い込まれた。
「……はい?」
 振り向いて、俺はぽかんと口をあけた。
 そこには、妖艶に微笑む妙齢の美女が立っていた。官能的な黒いスリップドレスが悩ましい。
「ジーン……さん?」
 俺は、呆然と美女の名前を呼んだ。彼女はにっこりと笑う。
「お久しぶりですわ、ナッシュさん。グリンヒル以来かしら」
「…………おひさし、ぶりです」
 俺はぎくしゃくと挨拶を返す。彼女は、確かに旧知の友人だ。流れの紋章師だったはずだから、この城に仕事にきてもおかしくはない。
 ただ一つ疑問があるとすれば、彼女と会ったのは15年前で、そのときから容姿がぜんっぜんかわってないことだろう。
「なんだいナッシュ、ジーンと知り合いだったのかい?」
「ええまあ……つーか、なんで変わってないんですか、ジーンさん」
 にっこりと笑うジーンには、皺ひとつない。
「あら、女にそんなことを聞くなんて野暮ねえ。あの方に言いつけちゃおうかしら」
「あ」
「そうそう、ジーン、誰だ『あの方』っていうのは。ナッシュの妻をあんた知ってるのかい?」
 ルシアの疑問に、ジーンはにっこりと笑った。
「前に参加した戦争で……ね。ふふ」
 意味ありげなそのほほえみに、一斉に血の気が引いていくのを感じていた。
 ……そういえば、15年前のデュナン湖の戦争にジーンもシエラも参加していたわけで。そっち経由で二人が知り合いになっている可能性は高確率であるんだった。
「心配はしておりましたのよ? あのとき、貴方もあの方も、お互いを気にしていらっしゃったようだったのに、別れてしまって……。でも壁新聞の記事を見て安心しました。今でも仲が良くていらっしゃるのね」
「いや……ジーンさん、それはちょっと違うから」
「違うの? でも奥さんがいらっしゃるのよね? まあ! あの方以外に浮気して結婚したの? ひどいわ、あの方に直接確かめなくては」
「待て待て待て!!」
 くるりと踵を返そうとしたジーンの肩を、俺は掴んだ。
 そんなことされたら血の雨が降るから!!
 主に俺の血で!!!!
「その件に関してはあとで別のところで相談させてください」
「お前、別のところで何をする気だ」
 とん、と俺の肩にルシアの出したムチの先端が乗せられた。
 信用がないのは自覚してますが……勘弁してください、ルシア様。
 つーか逃げたいんですけど。
「ねえねえジーン、あの壁新聞の女の子、ジーンの知ってる人なのかい? やっぱりナッシュの奥さんなの?」
「ふふ……どうしましょうか」
 意味深すぎる視線をジーンに送られて、俺は白旗をあげた。
 多分ジーンは俺とシエラの微妙な関係を知っている。そして知ってて遊んでいるとみた。(ぜってーシエラに話す気だ)
 どうせシエラの耳に入るんなら、別の女と結婚したというよりは、カミさんのモデルにしたって話のほうがまだましだ。
「確かにあれは俺のカミさんだよ。……他で言うなよ」
「へー……てことは、やっぱナッシュはロリコン、と」
 ぶふっ。
 クィーンの言葉に、俺は再び酒を吹いた。
 その話はどっかにいったと思ったのに!
「だって、壁新聞の少女が妻なんでしょ?」
「まあそうだが! ……あれは少女なんかじゃない!」
「確かにあの方は大人ですわねえ」
 弄ばれている俺がかわいそうになったのか、ジーンが助け船を出してきた。
「だよな!」
「……中身は」
 あの、ジーンさん……助け船がドロでできてるんですが。
「あら、シエラさんの話?」
 呆然とする俺に、また別の声がかかった。顔をあげると、この城の数少ない常識人にして心優しい副軍師、アップルが立っている。
「アップル! あんたもナッシュのカミさんを知ってるのかい?」
 クィーンの問いに、アップルが可愛らしく首をかしげる。
「私の知っている方と結婚したのなら……そうなりますけど。ジーンさん、あの方でいいんですよね?」
「そうですわ」
 にっこり、と彼女たちは笑う。
「アップルさん、貴方からも説明してくださいよ。うちのカミさんがちゃんと大人で、俺がロリコンなんかじゃないことを」
 常識人の彼女なら、うまくとりなしてくれるかもしれない。一縷の望みを託して、俺は言った。
 が。
「あらナッシュさんロリコンでしょ」
 ずばりと斬って捨てられた。
「……アップル、さん…………」
「確かにあの方の中身は大人ですけど、姿はまだ十代の年端もいかない少女じゃないですか。それに欲情してあまつさえ結婚しちゃうなんて変態以外の何者でもないんじゃないしら」
「……」
 その場で真っ白になって硬直した俺に、アップルはにっこりとそれはそれはお美しく微笑まれた。
 あのー!!
 俺、なんでそこまで言われなきゃなんないんですかー!!
 呆然とした俺の耳にとどいた、「私、金髪のナンパ男って嫌いなのよね」というアップルさんのつぶやきは空耳だったと思いたい。
 

155555ヒット記念
缶焚き工兵さんのリクエストで「女傑に弄ばれる下僕のどれか」
フッチ部屋のフッチの女傑ネタを他のキャラでってことで頂きました。

最初、どの下僕にするか迷ったんですよねー。
ナッシュは女傑系の美人おねーさまに囲まれると喜んじゃうし
パーシヴァルは、よほどのことがないかぎりかわすだろうし
ササライは宇宙人だから女傑がからみたがらないし

で、工兵さんのお好みと、ひどい目にあわせやすいということで
ターゲットはナッシュにロックオン。

予想外にかわいそうな話になりましたが、
不幸が似合うナッシュにはぴったりの一本になったかと。

お楽しみいただけるとありがたいです。


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