蜜月

「ナッシュ!!」
 ドアを蹴破って入って来るなり雷の魔法をおとしやがった恋人から逃れて、俺は壁際に飛び退いた。
「あ、危ねえなあ……! いきなり何するんだよシエラ!」
「何をするはこっちの台詞じゃっ!!」
 言うなり再び落とされる雷。
 室内でくつろいでいたせいでいつものマントがない俺は必死で逃げた。
 このフラット、居間はそんなに広くないから長時間の追っかけっこはカンベンしてもらいたいんだが。
「なんだよ、買い物の荷物持ちにつきあわなかったのに怒ってるのか? でもついてこなくていいって言ったのはシエラだろ?」
「問題はそこではないわっ! おんし! 街の人間にわらわを何と紹介しておったのじゃ!!」
「えーとカミさん?」
「だれがいつ! おんしのカミさんになどなったのじゃー!!」
 本日最大級の電撃がシエラの手に集まるのを見て、俺は隣の部屋にまで逃げ出した。

 話は一週間前にさかのぼる。

 いつものごとく鬼上司から真の紋章調査を依頼された俺は、とある観光地に潜入することになった。
 温泉あり、うまい食べ物ありの、潜入するにはなかなか楽しい街ではあるのだが、問題が一つ。
 観光地といってもカップル、ファミリー向けの土地柄なため、若い男がふらりと住み着いて調査をするにはあまりむいていないのだ。
 一人よりは二人連れのほうが怪しまれない、と仕事三割趣味七割でシエラを口説き落として同行させたところまではよかったのだが。

「シエラ、落ち着けって」
 俺が逃げ込んだ寝室に追ってきたシエラは買い物袋を抱えたまま俺を睨む。
「わらわは落ち着いておる。おんしが落ち着きなく逃げ回っておるだけじゃ」
「逃げなきゃ死ぬだろうが……」
「ほう? 逃げても死ぬ電撃を繰り出そうかえ?」
「いやそれはカンベンしてください。真剣にお願いします」
 ここで死ぬのはさすがにいやだ。
「俺の言い訳も聞いてくれよ、シエラ」
「言い訳ぇ?」
 嫌そうな顔のシエラに苦笑しながら俺は近づく。顔は笑い顔だが、心の中はかなり崖っぷちだ。
「ほらここって観光地なわけじゃないか」
「そうじゃのう」
「そんなところに無目的に若い男女が住み着くのも不自然だからさ、設定が必要なわけでさ」
「で?」
「ついらぶらぶ新婚カップルのハネムーンということに……」
「ついでそんな設定にするでないわっ。どうしてくれるのじゃ! おんしが言いふらすから、この街を出るまでわらわはおんしのカミさん扱いじゃ」
 飛んできた平手を、俺は紙一重でかわす。
「いいじゃん、一番違和感ない設定なんだしさー」
「違和感がなければ何をしてもよいとは言っておらぬ!」
 また平手。今度もかわした俺は、その細い手を捕らえてシエラを抱き寄せた。
「それに、こんな既成事実を作って縛りでもしないと、そう扱わせてくれないし?」
「……っ、この馬鹿男が……」
 一層強く睨むシエラの瞳を俺はのぞき込む。
 はいはい馬鹿ですよー。
 こんなことでもしないとあんたを恋人以上に扱えないくらいには。
「……ダメ、か?」
「ダメとかそういう問題ではないわ! 妻に欲しいのならば既成事実などとアホなことを言う前に指輪でも買ってきて許しを乞うのが道理じゃろうが!」
「……へ?」
 指輪、って、シエラさん?
 言ってからシエラも意味に気がついたらしい。
「い、いやその、いいい今のは一般的な話じゃぞ! わわ、わらわは別に指輪だとか約束だとかが欲しいのではなくて!!」
「ふーん、へーえ?」
「ななななんじゃその気持ちの悪い笑い方は!」
 シエラのうろたえぶりを眺めながら、俺はシエラの左手を取ってその指先にキスする。
「ん、わかった。じゃあ今から指輪買ってきて訊くことにする。俺のカミさんになってって」
「何がわかっておるのじゃ! わらわはそんなことは言って……!」
「指輪は金がいい? プラチナがいい?」
「だから!!」



 その数十秒後、調子にのりすぎた俺が雷をくらったのは言うまでもない。







あらん様のリクエストで「はちみつ」なナッシュ×シエラ
はちみつの名にふさわしく甘い話を目指したのですがいかがでしょうか?
今回は珍しくシエラ様が失言してます。
意外にシエラ様は思考が乙女で古風だと思うのです。


今回はヒットしたのが夏コミ前ということで完成までに少しお時間をいただいたので
おまけイラストをつけてみました。

女王蜂シエラ様と、働き蜂ナッシュ♪
シエラ様に仕えるために頑張れナッシュ!



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