ふたりきり

 全く、ついてない。

 草むらをかき分けながら、リリィはそう思った。
 進む先にあるのはただ黒々とした森の緑。後ろも緑。見上げた先も、やはり生い茂る葉に遮られて全面緑だ。
 木の幹さえも苔むして緑に覆われているのに気がついて思わずため息が出る。
「リリィさん、大丈夫ですか?」
 若葉の色を写し取ったような緑の瞳にのぞき込まれて、リリィはむ、と顔をしかめた。
「だ、大丈夫よ!」
「全然大丈夫って顔じゃないじゃないですか。その眉間の皺! やっぱり無理はいけませんね。ここで休みましょう」
 これだけの緑の中でもしつこく主張している鮮やかな青い軍服を翻してササライはリリィに向き直った。リリィは首をふる。
「いいわよ、これくらい……」
「いいえ! 貴女の綺麗な足に変なクセをつけるわけにはいきません。さ、座って座って」
 ササライはにこにこと笑いながら、自分の荷物から毛布を出してリリィの座る場所を作った。あきらめてリリィも座る。実際、くじいた足がじわじわと熱を帯びてきていたのも確かだ。
「しょーがないわねえ」
 リリィがぼやきながらもその場に座ると、ササライも並んで座った。
 目の前がまた緑一色になる。
 ぴい、とどこかで鳥の鳴いている声が聞こえた。
 並べた肩からササライの体温が伝わる。
 リリィは、この森にササライとふたりきりだった。
(あーあ、失敗)
 今日一番の失敗は、クリスに誘われたからといって、炎の運び手のパーティにはいったことだ。
 ヒューゴとササライとナッシュ、ビッキーとクリスとリリィという少し風変わりな取り合わせに注意をしなかったのもまずい。
 不運男ナッシュとトリッキー娘が一緒で何か起きないわけがないのだ。
 クプトの森にやってきたところで、いきなりあり得ない数の蜘蛛に取り囲まれ、あっという間に絶体絶命の大ピンチ。
 攻撃を受けているのがナッシュただ一人というのは不幸中の幸いだが、それだって助けなければ死んでしまう。
 蜘蛛のあまりの勢いにあわてたのがまずかった。
 よりによってビッキーに魔法を頼んだうえに、発動したのはテレポート魔法。
 これで、暴発しないほうがおかしい。
 目を灼くような光がほとばしって、ササライにかばわれたと思った次の瞬間緑一色の世界に放り出された。
 気がついた時そばにいたのはササライ一人。
 どうやら、クプトの森のはずれにササライと二人でとばされてしまったらしい。
 しかも悪いことは重なるもので、助けを呼ぼうと立ち上がったリリィの足は、どこかでひねったようで捻挫していた。
 二人ともそれぞれ国の要人であるため、捜索隊の一つや二つ軽く編成されてすぐに助けが来るだろう。
 だが、それまでは二人きりで何が出るかわからない森の中でサバイバルをしなくてはならない。
 それも怪我しているリリィをかばって。
「あーあ、足は痛いしおなかはすくし、最悪」
 リリィが言うと、ササライがくすくすと笑った。
「何笑ってんのよ。だいたい、あんた危機感とかないわけ? どこかわからない森に二人きりで取り残されてんのよ?」
「そうですねえ……ナッシュと二人きりだったら当たり散らしてたと思いますけど。でも、一緒にいるのはリリィさんじゃないですか」
 にこ、とササライはリリィに笑いかけた。
「好きな方と森で二人きり。結構楽しくなりません?」
「あんたってば……」
 その笑顔の屈託なさにリリィはあきれた。
 これが二人きりでよかった。
 ほかの連中が聞いていたら、恥ずかしくてササライをぶん殴っているだろう。
「リリィさんこそ、いつもの前向き思考はどうされたんです? らしくないですよ」
「足が痛い上に、周りが緑だらけじゃ気が滅入るのよ」
「じゃあ私を見ているってのどうです? 青ですし」
「あんた目が思いっきり緑じゃない」
「手厳しいですねえ。あ、そうだ! 遭難してるって思うのが悪いんですよ」
「どっからどー見ても遭難でしょうが」
 リリィはにらむが、ササライは聞いてない。
「そうですねえ……二人きり、二人きり……あ、そういえば戦争のせいで私リリィさんと二人きりで外にいるの初めてですよ」
「だからどうしたってのよ」
「デート、みたいだと思いませんか?」
 にっこり。
 いっそ愛らしいとさえ思いたくなるほどうれしそうな顔で、32歳の神官将殿はお笑いになられた。
「……は」
「初めてのお出かけですから、記念すべき初デート! ってことで!! 助けが来るまで楽しくサバイバルしましょうっ!!!」
「…………ど」
「ど?」

「どこまで底抜けバカなのよっ! あんたはー!!!!」

 リリィの絶叫を聞きつけて、助けが到着したのはそのすぐ後だった。







188888記念、沙流良様のリクエストで
「ササリリ初デート♪」

いやあ、このリクエストいただいたときに案が三つあったんですよねー。
リリィさんいい女っぷり発揮編か
ササライ様お素敵編か
底抜けおバカ編か

で。
考えた結果、やっぱりうちのカラーはこれでしょうということで、
おバカ編に。


ササライ様が前向きというものを超えておりますが、
ま、それがうちの味ということで。



ちょっと作品が小品になったのでおまけでイラスト。
ササライさん、遭難しようがなんだろーが笑顔です。

>かえりま〜〜す