かえるの騎士

 その日のラッキーカラーは緑。
 ラッキーパーソンは素敵な魔法使いと言われて、なんだか嫌な予感はしたんだ




「あれ、トウタ先生はいないんですか?」
 医務室のドアをあけて俺はあたりを見回した。昼下がりの医務室、いつもいるはずの青年医師と看護婦の姿が見えない。
「昼食休憩ですってよ。パーシヴァルさん」
 かわりに、なぜかこの部屋を私物化している魔女、エステラがつまらなそうに答える。
「ミオさんがお弁当を作ってきたので、外で食べるんだそうですよ!」
 エステラの向かいに座ってなにやら変なポーズをとっているロディが元気に補足説明をしてくれる。ふむ、と俺はあごに手をあてて首をかしげた。
「そうですか……」
 今日はいい天気だ。ミオとピクニック気分で出たのなら、しばらく帰ってこないだろう。
「あら、お困り?」
「いえ、たいしたことではないんです。湿布をいただきにきただけですから」
「怪我をしたんですか? でしたら師匠に治療をお願いしたらいかがです?! きっとぱぱってなおしちゃいますよ!」
 ロディがやっぱり変なポーズのまま、そう主張する。俺は顔の前で手を振った。
「いえ、たいした怪我ではないので……」
 ロディの好意はありがたいが、相手はエステラだ。ご婦人相手に失礼な気はするが、どんな嘘でだまくらされるか知れたものではない。
「でもですね! お師匠の技は本当にすごいんですよ! この前も瀕死の老人を治療してそのうえ若返らせて子供にしちゃったそうですから!!」
 いいかげん嘘だと気づけ、ロディ。
「遠慮しておきます。ほんとうにたいしたことではないので」
 やんわり笑って、でもきっぱりと断ると俺はそこから立ち去ろうとした。ロディが不満げに頬を膨らませる。
「でもお師匠の魔法ってすごいのに……」
「君の修行をみてくれているエステラさんの邪魔をしてはいけないからね」
 女性なら、一目で黙らせる微笑も、ロディ相手ではあまり効果がなかったらしい。まだ彼は不服そうだ。
「でも……」
「そう、そこまで言うのならしかたがないわね、やってあげる」
 すっとエステラが立ち上がった。
 いや、俺はなにも言っていないのだが。
「お師匠さま!」
「簡単な魔法だもの」
 にっこり。
 俺はやや顔を引きつらせた。
 黒々とした濃いマスカラの奥の瞳は実に楽しげで、実に不穏だ。にげろ、ともう一人の俺が俺に言っている。
「あの、エステラさん、本当に結構ですからっ!」
「古今東西っ!」
 なんだその適当な呪文は?!
 そう思ったが、効果は絶大だったらしい。次の瞬間、俺は何か煙のようなものに包まれていた。
 眩暈、そして一瞬の暗転。
 目を開けると、いきなり周りの景色が巨大化していた。
「……げろ(な、なんだ……?!)」
 声を出そうとしたが、喉がつぶれて変な音が出る。
「あらあら、失敗しちゃったわ」
 ひょい、と巨大なエステラの顔が俺に近づいた。顔だけでゆうに三メートルはあろうかという巨人に見つめられ、俺はうろたえる。
 いや、周りが巨大化したのではない。俺が小さくなったんだ。
「げろげろっ(エステラさん)!! げろげろげーろ(私に何をしたんですか)!!!」
 じたばたともがく俺に、ロディもあわてて顔を近づける。
「ああっ、パーシヴァルさんが蛙にっ!!」
「げろ……(かえる……)?」
 俺は、自分の手を見た。蛙のものらしい、歪んだ視界に緑の水かきのついた手が見える。歩こうとしたら、妙に大きな足が今まで着ていたらしい衣服にひっかかった。
「げろっ(エステラさんっ)」
 俺はエステラをにらんだ。しかし、蛙の状態では、睨んだからといっても無駄だ。
「どうしましょう、お師匠さま……」
「大丈夫よ、ロディ。この魔法はちゃんとときかたがあるから」
「そうなんですか?」
「ええ」
 にっこり。
 その笑みはとても晴れやかで、とても不穏だった。先ほどと同様に。
「愛する人にキスしてもらえれば、魔法はとけるの。簡単でしょ? だから大丈夫なの、ロディ」
「なあんだ! 心配しちゃいましたよお師匠さま」
 あははは、とロディは笑った。
 って、笑い事じゃないだろう!
 どこの世界にカエルにキスしてくれる女性がいるっ!!
 むちゃくちゃとくのが難しいじゃないか!
「げろっ(エステラさん)! げろげろっ(なんとかしてください)」
 飛び跳ねて主張するが、それは無駄だったらしい。エステラはその様子を目を細めて眺める。
「あら、ときかたがわかってうれしいみたいね」
「よかったですね、パーシヴァルさん!」
 よくない!
 ぜんぜんよくない!!
 しかし、努力もむなしく彼ら二人はうれしそうに笑うと立ち上がった。のみならず、部屋から出て行く。
「げろっ(ちょっと待てええええええ!)!」
 追いかけようとしたとき、部屋に新たな人物が入ってきた。
「あらエステラさん、今からおでかけですか?」
 白衣の天使、ミオだ。彼女なら助けてくれるだろうか? しかし、彼女は俺を発見するなり、悲鳴をあげた
「いやああああああっ、なんでこんなところに蛙がいるのおぉ?!!」
「ミオさん、どうしたんですか!」
 叫びを聞いてトウタがかけつける。そしてすぐさまなぜか石が飛んできた。
「ミオさん、蛙は私がなんとかしますからっ!」
 なんとかするって、その石を俺に当てる気か!
 俺は必死に飛び跳ねた。
 この体だ、一個でも当たればただではすまない。
 なんだって! 医者の懐からそんなに石が大量に出てくるんだ!!

「げろ(ふう)」
 ビュッデヒュッケ城の中庭の草むらで、俺はなんとか一息ついていた。
 やれやれ、蛙にされて、しかも石を投げられて死んだなんて、そんな最低な死に方だけはごめんだ。
 しかし、状況が最悪なことにかわりはない。
 この体は蛙。当然ながら言葉もしゃべれない。おそらく人間との意思の疎通は不可能。
 とすれば、どうやって呪いを解けばいいのか。
 意思が通じたにしたって、大体蛙にキスするような女はいないだろう……いても嫌だし。
 その上愛する人だって?
 ハードルが高すぎる。
 絶望というものがあるのなら、こんな気分なのかもしれない。
 ふう、とため息をついていたら、誰かに体を掴まれた。
「げ、げろっ(だ、誰だ)!!」
 見上げると、真っ青な軍服が目に入る。
「ねえナッシュ、見てよ、大きな蛙!」
「ササライ様、何拾ってるんですか」
 あきれた顔で、緑の服を着た中年オヤジがやってくる。ほら、とササライは俺をナッシュの前に突き出した。
「バーツの畑にもときどきいたけど、こんなに大きいのは初めて見たよ」
「あれとは種類が違うんです。前のはアマガエル、こっちはヒキガエルですね」
「へー、そうなの」
 ササライはものめずらしそうに俺をみつめた。それはいいから、もう少し力を緩めてもらえないだろうか。
「そういえばさあ、ナッシュ」
「なんですか?」
「蛙って食べられるってきたけど……」
 ざあっ、と音をたてて俺の体から血の気が引いた。
 何を考えているんだ、この神官はっ!!
「やめたほうがいいですよ、ササライ様」
 そうそう。
「まずいし」
 なにっ?!
 ナッシュの意見に賛同していた俺は奴の台詞を疑った。
「あくがかなり出るから下ごしらえが大変だし、小骨も多いんです。それに、がんばったところで肉はけっこうぱさぱさしてますからね。いいことないですよ?」
「へー、そうなの。つまんないの」
 ササライは納得したらしい。
 つっこみどころはそこじゃないだろう、と俺だけがストレスをためる。そこへ
「ナッシュ? それにササライ様なにやってるんです?」
 十二小隊のオヤジ二人が、アイラを連れてやってきた。
「ああ君たちか。びっくりするくらい大きな蛙をみつけてね」
「蛙ですかぁ?!」
 エースが派手に驚く。蛙にではなく、蛙を掴む神官将というその光景に。
「ふーむ、ヒキガエルか。ウシガエルのほうがもっとおおきいですぞ?」
 ジョーカーはふむふむ、と冷静に観察している。
「へー? 蛙ってそんなに珍しい?」
 自然少女アイラもササライの様子が不思議らしい。
「ダックの村に行くとね、干物にしてあるやつが並んでるよ?」
「へえ、干物にするとおいしいの?」
 ササライが顔をあげる。
 だから、食用からは離れてくれ。
「さあ? ダックの人たちに言わせると珍味らしいけど、あたしは苦手かな。苦くて」
「ふーん……」
「それより蛙っていうと、よく捕まえちゃおもちゃにしてたなー」
 エースが感慨深げに言う。そうそう、とジョーカーが同調した。
「手足掴んで思いっきり投げてどこまで飛ぶか、とか」
 ええ?!
 ナッシュも一緒に笑う。
「空気いれて膨らませたり、とか」
 ちょっと待てっ!!
 そしてエースがとどめ。
「爆竹突っ込んで爆発させたり、とか」
 それは死ぬからやめろっ!!
 じたばた、とササライの手の中で俺はもがく。石も嫌だがそれも嫌だ!!
「エース……そんなことを……」
 アイラがあとずさった。ナッシュとジョーカーも顔をひきつらせる。
「そこまでは俺、さすがにしなかったぞ?」
「ええ? 俺だけかよ!!」
「あたりまえじゃっ」
 言い合うナッシュの肩に、ササライがあいている手を乗せる。
「なんですか、ササライ様」
「爆竹」
「……やる気ですかい」
 俺は一層もがいた。
「火薬のひとつやふたつ、すぐに出てくるだろう? ちょうだい」
「だめです!! 大体こんなところでやったら周りが汚れるでしょうが。絶対、だめ!」
「ちえー」
 重ねて言うが……絶対論点はそこじゃない。
「何を騒いでるんだ?」
 彼らのうるさいやり取りが耳にはいったらしい。クリスとリリィがひょい、と顔を出した。
「蛙! 見つけたんですよ」
 うれしそうに蛙を差し出したササライを見て、リリィがあとずさった。
「ちょっと!なんてもの持ってるのよ!! 近寄らないでちょうだいっ!!」
「えー、蛙、お嫌いですか?」
「あたりまえじゃない。何考えてるのよ、もー!!」
 リリィに叱られてササライはうなだれた。
「蛙が好きな女なんているわけないじゃない! ねえクリス!」
「え? あ、そうか? 私はそうでもないが……」
「嘘! あんたそれでも女?!」
 ずいぶん失礼な物言いで、令嬢は驚いた。
「かえるって結構愛嬌のある顔してると思うんだがなあ……」
 クリスは、俺に顔を近づけた。
「愛嬌? どこがよ! ぬめぬめぐにゃぐにゃした生物、あたし大っ嫌い。あ、ササライ、しばらく近寄んないでね。気持ち悪いから」
「ええっ、そんなあ!」
 ササライが哀れっぽい声を出して、あれほど強く握り締めていた俺を放り出した。地面に激突する直前、クリスがあわてて受け止める。
「蛙なんて捨てますから、どうかそれはやめてください!」
「きゃあ! 蛙握ってた手で触らないでよ!!」
「リリィさん!」
 追いかけようとしたササライの肩をナッシュがあわてて掴む。
「何だい、ナッシュ!」
「恐れながら、ササライ様、せめて手を洗ってからにされたほうがよいのでは」
「あ! そうか!」
 ササライは納得すると、手洗い場のほうへと走っていった。それを見送って、リリィが嫌そうに顔を歪める。
「手え洗っても、私は嫌よ……」
「さいですか……」
 ナッシュは肩を落とす。
「ナッシュは苦労症じゃのう」
「ワン! 人事みたいに言わないでくれ! お前らにとっても上司なんだぞ?」
「でも俺ら所詮下っ端だしー」
「エースぅぅぅぅぅぅ……」
「……ハルモニア軍って一体……」
 クリスの感想は、当然といえば当然だろう。
「まったくササライって何考えてるんだかさっぱりわかんないわ! って、クリス! あんたまで蛙持って何やってんのよ!」
「え? あ、あのまま放り出されたらかわいそうかなー……と」
 クリスはほい、と手に握った俺をリリィに差し出した。リリィは小さく悲鳴を上げてあとずさる。
 ……リリィ嬢が普通の少女のように見えたのは、この瞬間が初めてかもしれない。
「捨てなさいよ、そんなもの!」
「結構かわいいと思うんだが」
 失礼ですがクリス様、私もその感覚はどうかと思います。
「それに頭もよさそうだぞ! 仕込んだら何か芸でもするかもしれない」
「芸って……蛙にそんな知能はないと思うぞ? クリス」
「そうかな? お手とかさ」
 ぺち。
 差し出されたクリスの手を、私は右の前足で叩いた。
 その瞬間はかりにかけた俺のプライドと尊厳と命と信念については……やめよう、考えたくもない。
「……おかわり」
 ぺちん。
 左の前足で、もう一度俺はクリスの手を叩く。
 ……頼むから、これくらいで勘弁してくれ。
 それを見て、クリスの顔が、これ以上ないというくらいうれしそうな笑顔になった。同時に、周り全員の顔がひきつる。

「クリス……あんたまさか」
「うちの執務室で飼おう!!」
 その瞬間、凍りついた周りの連中の心境のほうが、やはり正しいと俺は思う。

「クリス様! お水はこれくらいでいいですか?」
 水槽に水をいれて、ルイスが言った。クリスはそれを見て満足げに笑う。
「うん。砂は入れたから、あとは水草だな」
 クリスは、今まで手に持っていた俺を、水槽の中にいれた。水の中に半身つかりながら見上げると、ガラス越しにいつもの執務室が見えた。やれやれ、騎士団長殿は本気で蛙を執務室に置く気らしい。
「湖にいけばとれるんじゃないでしょうか?」
「そうだな。では、トーマス殿に許可をとって、すこしもらってくるか」
「それはぼくがもらってきますよ。あとえさになりそうなものとか……」
「やっぱりハエかな?」
 それは俺が食べたくありません、クリス様。
 うーん、とルイスは無邪気に首をかしげた。
「そうですねえ、じゃあそれも聞いてみましょう。これだけ人の多いお城ですもの、誰か知ってますよ!」
「ん、そうか。じゃあ私はあと何をしようか」
「特にないんじゃないですか? あ、名前をつけるとか!」
「いい考えだな! それは」
 ……そうですかあ?
 俺は頭を抱えたくなる。それは……どうだろう?
「じゃあ僕行ってきますね、帰ってきたら、名前、聞かせてください!」
 元気よく言うと、ルイスは部屋を出て行った。クリスは笑って俺に向き直る。
「ふふ、名前かあ……何にしよう?」
「げろ(もうどーにでもしてくださいよ)」
「ん? なんか機嫌悪そうだな、大丈夫か?」
「げろ……(あきれてるだけです)」
「名前が嫌なのかな? でも名前がないと呼びにくいしな。安心しろ! いい名前をつけてやるから!」
 せいぜい期待してますよ。
 無気力に見上げる先で、クリスはう〜ん、とうなり始めた。
 やれやれ。
 クリスに拾われたおかげで、生命の危機はなくなったものの、状況が悪いことにかわりはなかった。
 人に戻るには愛する人からのキス。
 エステラも、厄介な魔法をかけてくれたものだ。
 愛する人にキスしてもらわなければならないということは、目の前のこの女性にキスしてもらわなければいけないということだ。
 何年も前から、ずっと焦がれ続けている俺の女神。
 傷も重みも、すべて受け入れて愛したいと願った女性。
 とはいえ、この姿でそれを乞うことは不可能だろう。
 蛙を嫌悪するようなことはないようだが、さすがにキスまではしないと思う。
 ではどうすれば……。
「ん? 何か考え込んでるな?」
 そんな俺を、クリスがのんきに見下ろした。
「名前、どうしようかなあ……こういうのはあれかな、好きな人の名前とか?」
 そんな小学生みたいな考え方はどうかと思いますが。
 って、好きな人って!!
 俺はクリスを見上げた。
 いる……のか?
 この人には、誰か心を占めている人がいるというのか?
 こんな姿で一番聞きたくない話だった。いや、人の姿でも聞きたくないか。
「あの伊達男のことだ、蛙に名前がつけられてるなんて知ったら、かなり怒ると思うけどな」
 伊達男……ボルスではないようだ。とするとナッシュあたりか?
「ん〜〜〜わからないようにひねりをいれて…………パー!!」
 ずる。
 意味不明の擬音のようなその単語に、俺はおもわずひっくり返りそうになった。
 パーって……もとはどんな名前だ。
「あ、パーじゃ、お前が馬鹿みたいだな。それじゃあ別のところをとって、シィっていうのはどうだ」
 それも擬音です、クリス様。
 っていうか、パー、とシィがつく名前っていったらそう滅多に……滅多にって……。
 その条件に該当する名前の人物が、彼女のまわりに一人だけいることにきがついた。
 そう、一人だけ。
 パーシヴァル=フロイライン。つまり俺だ。
 俺……なのか?
 しかし、俺は素直に喜べなかった。
 自分の想う女性におもわれていたことは、とてもうれしい。けれど、この状況がその喜びに水をさしていた。
 せっかく両思いになっていても、蛙じゃどうしようもないだろう!!
 今すぐこの呪いをときたい。
 といて、彼女に問いただしたい。
 けれど。
「ほらシィ、おいで」
 どうやら名前はシィに決まったらしい。クリスは水槽に手をいれてきた。俺はその手に飛び乗る。
「あ、こらシィ!」
 クリスが手を引くと、そのまま俺はクリスの顔の前へと運ばれた。アメジストの瞳が俺を見つめる。
「もう、甘えっ子だなあお前は!」
 にっこりと笑みを刻んだ唇はすぐ目の前。
 キスされるのが条件だったけど、こちらからキスするというのは条件にあうだろうか?
 魔法使いではないから、そのへんの制約はわからない(わかったところで、相手はエステラだからどこまで適用できるかわからないが)。けれど、ためしてみる価値はあるかもしれない。
 どっちにしろ、この状況より悪いことなんてありはしないし。
 不思議そうに俺を見るクリスに向かって、俺はジャンプした。
「シィ!」
 止めようとした手をなんとかかいくぐって、クリスの唇に触れた瞬間、俺はまた煙に包まれた。
「きゃああっ」
 一度経験しためまい。そして一瞬の暗転。そして俺は、クリスと一緒に床に倒れこんだ。
 がつ、と床に手足が当たる痛み。
 目をあけると、小さくなったクリスの顔が見えた。
 いや……俺が大きくなったのか。
 見回すと、周りの景色も元通りになっている。視線の端に見える自分の手も、人間のものだ。
「クリス様……」
 人間の、声が喉から出た。
「パーシ……ヴァル?」
「はい」
 力の抜けた俺はへなへなとクリスの上に倒れこんだ。
 ああ、やっと戻れた……。
「お前……なんで……」
「エステラさんに蛙になる魔法をかけられたのですよ」
「なにい? じゃあ、あの蛙はお前だったのか?」
「ええ。魔法をとくには愛する人のキスが必要といわれて、もう戻れないかと思いましたが」
 布越しに感じる、クリスの感触が心地いい。これは、人間の感覚だ。
 クリスは目を白黒させながら俺を見上げた。相当驚いているのだろう、声が震えている。
「じゃ……今とびついてきたのも……」
「すいません。失礼かとは……思ったのですが」
 クリスの目にじわりと涙がたまった。
「じゃあ今蛙にむかって言っていた独り言も……っ!」
「聞いてました」
 クリスの顔が一気に紅潮した。
「聞くなあああっ馬鹿!!」
 叫ぶと同時に、胸を叩かれる。俺はその手を必死に掴んで押さえつけた。
「ちょ、ちょっと待ってください、クリス様! そりゃ聞いてしまったのは悪いと思いますけど!!」
「キスだって初めてだったんだぞ!! なのに、なんでこんなことに! 馬鹿野郎っ!」
「だからちょっとおちついて聞いてくださいってば!」
「何をだ!」
 俺は、クリスの瞳を真剣に覗き込んだ。彼女の動きが止まる。
「だから、呪いをとくキスの条件を。あれは、私が思う女性でなければ意味がないのです」
「お前……が?」
「ええ。その……私は、他の誰でもなく、貴女とキスしなければ人間に戻れなかったのですよ」
「私……と?」
 クリスの手から、力が抜けた。アメジストの視線が伺うように俺の目を覗き込む。
「私は、貴女を愛しているのです。……だから」
「わ……私……も、お前が……」
「だから、さっきの出来事は……」
 それ以上の言葉をつむごうとした、その矢先、ドアが開いた。
「おいクリス! 湖のほとりで糸ミミズ掘ったんだがいるか?」
「クリス様! 水草をみつけましたよっ!!」
 ……。
 元気よく執務室のドアを開いたナッシュとルイスは、部屋の中を見て凍りついた。
「……あ」
 俺は今の状況をやっと冷静に観察する。
 執務室の床には、押し倒された上、腕を押さえ込まれた騎士団長と、全裸(さっきまで蛙だったから当然着てない)で彼女を抱きしめる俺。
 彼らの頭のなかで、この事態がどういう風に理解されたかは、容易に想像がつく。
「あ……その、ナッシュ、ルイス」
「ああ、説明しなくていいから、クリス」
 ナッシュは神妙な顔をしてうなずくと、顔の前で手を振った。
「俺はアーサーじゃないしな、流していいうわさと、流さなくていいうわさの区別くらいはつくさ」
「いやそうじゃなくてだな!」
「さ、ルイス、おぢさんと一緒にレストランで茶でも飲んでくるか」
「そ、そそそそうですねっ」
 ひきつりながらも、ルイスも何か納得したような顔をしている。
「だからナッシュ! ルイスも!! 勝手に納得するなっ!!!」
「じゃっ」
 ナッシュとルイスは、二人そろって部屋を出て行った。
 部屋には、言葉を失った俺と真っ赤になって狼狽するクリスが残される。
「人の話を聞けええええええええっ!!」
 しかしクリス様……どう説明するんですか?







一万ヒット記念
ゆい様のリクエストで「パークリでかえるの王子様」
パーシヴァルがナッシュなみに不幸です。
っていうか、不幸な話になったせいか
パーシヴァルかっこ悪い……
しかも、クリス様なんか変だし。
あ、トウタが石を投げるのは、彼の装備が石だから♪
すいません、こんな話にしかなりませんでした

>かえりま〜〜す