その日、俺はしかめっつらで床に座り込んでいた。
「……う、……うう、ん……ん〜〜〜」
時折、漏れる声。
我ながら変な声だとは思うけど、口から出るのが止められない。というか、そこに気を回せない。
顔も、かなり変な風に歪んでいるのだと思うけれど、それもとりあえず横に置いておく。
今の問題は、別のところだ。
「く……っ」
今俺の全神経を集中させているのは、指先。
注意は全てそこに集められていると言っていい。
「ナッシュ」
集中しなければ。
昨日から続く、このいらいらに終止符を打つためにも。
「ナッシュ!」
「シエラ、今声かけないでくれよ。集中できないから」
「何が集中じゃ。その妙なうめき声を振りまくのをいいかげんやめよ」
「……そうはいっても一旦気になったら止められないんだ。放っておいてくれ」
「うるさい上にうっとおしいのじゃ!」
ぱこ、と軽く頭を叩かれて、俺はとうとう持っていた耳かきを放り出した。
床にごろりと横になると、ベッドの上からシエラが俺を見下ろす。
「全く、いい年をした男が耳あかごときでいらいらいらいら……見ておれぬわ」
「どーせ俺は三十男ですよーだ」
しかも四十手前ですよ。
でも。
耳がかゆくてどうにも気になるのはしょうがないじゃないか!!
職業上、耳っていうのはむちゃくちゃ重要なんだぞ!!!
…………や、単に気になるだけなんだけどさ。
俺は寝返りをうつ。
「う〜〜〜〜声出さなきゃいいんだろ?」
もう一度耳かきに手を伸ばした俺の手を、シエラが止めた。
「シエラ?」
「しょうのない男じゃ。そうやっていては埒があかぬのじゃろう?」
「ん?」
シエラは、俺が取ろうとしていた耳かきを拾い上げると、ベッドに座った。そしてぽんぽん、と自分の膝を叩く。
「ほれ」
「……え?」
長いつきあいでも俺の知らない仕草があったらしい。シエラの意図がわからず、俺は目を丸くする。
それは、どうしろというジェスチャーですか、シエラ様。
「ほれと言っておるじゃろう、来よ」
「いや、来てどうしろって言うんだ?」
「わらわが直々にとってやろうというのじゃ。早う横になれ」
「え? まじ?!」
ってことは、その太ももに頭乗せろってことだと思うんだが。
「いつまでも横でいらいらされてはかなわぬからのう」
言われて、俺はおずおずとベッドに横になった。そして、かゆい方の耳を上にして、彼女のももをまくらにする。
予想外にふかふかの柔らかな感触と体温。俺は不覚にもどきどきしていた。
やれやれ。これいじょうに深いことだっていくらでもやったはずなのに。こんなちょっとした仕草がまだ愛おしい。
「動くでないぞ」
ぽわりと魔法であかりを取り出しながらシエラが言う。そのささやきは予想外に耳朶に近くて、俺の心臓はらしくもなくとびはねた。
「あ、ああ……」
耳を見てもらっているせいで身動きをすることもかなわず、俺はそれだけ返答する。すると耳にゆっくりと息がかかった。
「ふむ……これじゃな」
さらりとかかるシエラの銀糸。
なんか……これは拷問に近くないか?
こんなに気持ちいいのに、身動き厳禁……ってさ。
むくむくと持ち上がる悪戯心を必死で抑えながら、俺はシエラが耳あかを取ってくれるのをじっと待っていた。ごそごそと耳かきが俺の耳の中で移動する。
しばらくして、耳かきは俺がいままでかゆがっていた所に到達した。
「あ、シエラ、そこそこ!」
「言われずともわかっておるわ! 動くでない! ……刺すぞ」
「……はい」
さすがに耳に耳かきを突き立てられちゃたまらない。
俺は更に体を硬くした。
ごそごそ……ごそ。
やけに大きく聞こえる音のあと、耳から耳かきが出た。
「ほれ、とれたぞえ? 全く手間のかかる男じゃ」
「サンキュー、シエラ。やっとさっぱりしたぜ」
そう言って起きあがろうとした俺の頭を、またシエラが押さえつけた。
おいおい、まだこんな嬉しい体勢を続けてくれるのか?
「念のためじゃ。反対側も見せるがよい」
「え? えーと……こうすればいいのか?」
俺は命令通り、反対側の耳を上にするべく、寝返りをうった。
って、この体勢、いいのか?!
さっきまではシエラに背を向けていたからいいけれど、寝返りを打った俺の目の前には当然、シエラの腹がある。そしてすぐ上には。
「う〜〜〜む」
ちら、と視線をあげるとシエラの真剣な顔が見えた。
いかん、ここで言ったら殺される。
身動きできずに、俺はさっきより更に厳しい拷問に耐えた。
動いちゃだめだ。駄目だ俺!!
今手を動かして抱きしめたり、そのままほおずりしたりしたらめちゃくちゃきもちよさそうだけど!!
やったら確実に耳かきが凶器に変わる!!!!!
「ふん……こちらにはたまっておらぬようじゃな。よし」
「終わりか? シエラ」
「うむ。本当におんしは人騒がせな男じゃ」
くすくす笑いながら、シエラは耳かきをベッドサイドに置いた。そして、軽く俺の頭をなでる。
「ん? どうした、そんなにやけた顔をしおって」
見下ろした俺の顔が変に笑っていることに気づいたシエラは不思議そうに首をかしげた。
「いや……だってなあ」
「は?」
「かなり、いい眺めなもんで」
「……?!」
シエラの方を向いて、膝枕をしてもらっている俺の目の前にはシエラの腹。そしてちょっと視線をあげるとシエラの形のいい胸がすぐ側にある。その先には驚いて見開かれているシエラのルビーアイ。
駄目だ、もー我慢できない!
俺はシエラの腰を抱いて、そのまま顔を埋めた。
「気持ちいーV」
「…………こ、この馬鹿男が!!」
直後、シエラの肘鉄が俺の頭に振り下ろされたのは言うまでもない。
30000ヒット記念企画リクエスト大会
イーヴンさんのリクエストで「シエラ様の膝枕V」
当初ほのぼの系を目指していたのですが……
あれ?! なんかおかしいよ!!
なんかギャグだよ?!
しかもナッシュが底抜けにスケベだよ!
ご、ごめんなさいイーヴンさん。
なんかこんなできになっちゃいました……
どこまで行っても私は汚れなのかもしれません……
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