祝福

 それはわがままに過ぎないのかもしれないけれど。

 ふと、編み物の手を止めてシエラは顔をあげた。
「……」
 窓の外を見やると、星空の先、遠く東の空がわずかに発行している。今はまだ宵の口。朝日がでる時間ではないから、おそらくあれは紋章魔法やかがり火が見せる戦の光なのだろう。
 空を眺めるうちに感じるのは、喪失感にも似た不思議な感覚。
 大気を満たしていた緊張感がほどけた、そんな気がした。
「そうか……あ奴は混沌に帰ったか」
 夜空に思う者は、この身に宿す命の父親ではない。純粋すぎるが故、世界の破壊を望まずにはいられなかった、悲しい魔法使いのことだ。
 あまり短くもないつきあいのおかげか、彼の者の命がつきたことは手に取るようにわかる。
 ため息一つつき、編み物を再開しようと、手元に視線を落としたときだった。
 青白い光が部屋を照らした。
「何?!」
 腹をかばうようにして、紋章へと魔力を集中させようとしたシエラは、その光が女の姿をとるのを見て構えるのをやめた。
 床にまでつく程の長い黒髪に、淡い色のローブ。盲目の予言者、レックナートである。
「レックナート? どうしたのじゃ!」
「お久しぶり……です、シエラ様」
 真の紋章を持つ者同士、もう随分と昔から知っている友人の出現に、シエラは驚く。彼女が魔術師の塔から出てくるのは運命が動くその時だけだから。
「何用じゃ?」
「ええ……」
 答えようとした瞬間、レックナートはその場に崩れ落ちた。咳き込んだかと思うと、ごぼりと血を吐く。
「レックナート!」
 シエラはあわてて手近にあったタオルをレックナートにあて、血をぬぐった。
「どうしたのじゃ? ソファに横になったほうがよいぞ」
「いいえ、お構いなく。そう、簡単に死ねる身ではありませんから」
「じゃが血を吐く程度には苦しいのであろうが! 何があったのじゃ」
 レックナートは体を起こすとシエラに軽くよりかかった。
「運命に……少し干渉をしてきました」
「干渉? バランスの守護者と呼ばれるおんしがか?」
「私も、バランスをとってばかりではいたくない時もあるのです」
「それはわかるが……」
 レックナートは、顔をあげる。
「ルックがその命を散らせたこと、シエラ様ならもう知っておいででしょう?」
「ああ、感じた」
「108星の祈りと願いのために、彼らは許され、輪廻の輪に戻りました。彼らは、また別の存在となってこの世界に生まれでてくるでしょう。私は……その輪廻の輪に干渉をしてしまったのです」
「輪廻の……ルックが生まれ変わるその運命に干渉したというのか?」
「そうです。私は自らの紋章の力を使い、ルックの生まれ変わる先を意図的に操作しました」
「……どこに」
 シエラが訊ねると、レックナートはやっと目立ち始めたシエラの腹に手を添えた。
「ここに」
「……っ! な、おんし正気かえ? あの者をわざわざ真の紋章に近づけるような真似など……」
「そうでもしなければ、ルックの魂のバランスがとれないのです!」
 レックナートが叫んだ。
「ルックは、強い願いを持って死にました。そして、その想いの強さは来世の運命にも影響をします。この強い魂がただの人の器に宿ったとしても、待っているのは悲劇だけです」
「それで、わらわを選んだというのか?」
「ええ。これは貴女にとっても悪い話ではないはずです。月の紋章を強くうける貴女の子供……その強すぎる器に普通の魂ではつぶれてしまうだけでしょう?」
 そのままでは、産まれてくる子供はフリークスにしかならない。
 断言されて、シエラは静かに頷いた。
「ならば……!」
 勢い込んだレックナートの額を、シエラは思いっきりこづいた。突然の攻撃に、レックナートは呆然とする。
「全くおんしは取引ごとが下手じゃのう」
「シエラ様?」
「それでわらわを脅した気かえ? そんなことをせずとも、ルックの魂をわらわに預けたから幸せにしてくれと素直に頼めばよいのじゃ!」
「シエラ……様……申し訳ありません」
 シエラはレックナートを支えて立ち上がると、ソファに彼女を座らせた。そばにあった水差しから水をくんでやる。
「どっちにしろ事後承諾なのじゃ。まとめて大事にしてやるから安心するがよい」
「ありがとうございます……シエラ様」
「そう辛気くさく泣くでないわ。ああ、そういえば」
 血と涙で汚れてしまったレックナートの顔を拭いていたシエラは手を止めた。
「干渉したのはルックだけかえ?」
「はい?」
 シエラはくすりと笑った。
「ほれ、ルックの後ろをついて回っておった娘御がおったであろう。あの娘のルックへの想いも相当強いぞ? 下手に離して産まれさせるとまた歪むのではないかえ?」
 言うと、レックナートは複雑な顔になった。
「その……知らせてしまうのはどうかと想っていたのですが、実はそちらも手配してしまいました」
 ぼそぼそ、と耳元で親となる人物の名前を囁かれ、シエラの顔が引きつる。
「……そこに生まれさせる気かえ?」
「だ、ダメでしたでしょうか? 場所も年頃も近くて、できれば同じ真の紋章の加護のある母親のもとに産まれるのがよいかと想ったのですが」
「その判断基準はあまり間違ってはおらぬが、父親同士の仲がこれ以上ないくらい悪くてのう」
「あ、あら……」
 ふう、とため息をつくと、シエラは首を振った。今度は吹っ切るように。
「まあ嫁取りのときに騒ぎが起きそうじゃがよいわ! それもまとめて面倒をみてやるわ!」
「シエラ様、ありがとうございます」
 レックナートは、体を起こすとシエラの腹に触れた。
「ルック……存在は違ってしまうでしょうが、無事に産まれて、今度こそ幸せになってください」
「おんしの祈りがあるのなら、きっとそうなるであろうよ」
 言って、シエラもまた宿る命に向かって祈った。
 絶対に護ると誓うから、愛すると誓うから、どうぞ幸せに産まれてほしい。
 どうか無事に。
 二人の祈りは、そしてかなえられる。

ライン

十万ヒットリクエスト企画
「誓うこと、祈ること」

さて、カンフーハッスルののりで叫んでみてください。
「ありえねー」

なんていうかですねお題がすごくデッドヒートになったので
「赤ちゃん騒動」
「誓うこと、祈ること」
「あなたとの時を望む」
の三つのお題、どれにでもシフトできるようにプロットを練っていたのです。
そしたらば。
シエラ様ご懐妊に出産というパラレル以上なんじゃないかと
思う話になってしまいました。
さすがにこの世界のハーフヴァンパイアがどんな風に成長するのかとか
そんなことはいいかげん想像がつかないので、
この話はこのまま投げっぱなしだったり。

書いてからすっごい恥ずかしくなってきた……


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