Birthday? Birthday!!!

「ん、旨」
 トマトスープの味見をして、俺は思わずつぶやいた。
 朝も早くから起きだしてまる一日煮込んだ鶏がらから、インスタントでは絶対に出せない、深いコクがでている。料理の成功に気を良くした俺は、そのまま鼻歌を歌いだした。
 季節は初春。
 二日前、幸運にもシエラの誕生日を聞き出した俺は、ある小さな村にいた。いつもならそのまま通り過ぎてしまうような農村だが、今回は特別。彼女の誕生日が祝いたかったから。
 今泊まっている宿は、普通の宿屋ではなく、小屋を借り切って泊まるタイプのものだ。泊まる場所は広いが、そのぶん、料理と掃除は自分でやってくれ、という形式のところだから、料理の材料も含めて宿代は普通のところと同じくらい。
 何故そんなところに泊まろうという気になったかというと、これもやっぱり誕生日祝いのせい。なにしろ、誕生日を知ったのは二日前なのだ。モノのプレゼントなんて用意してる暇はない。だからせめてうんと腕によりをかけたご馳走でもプレゼントしようかと……まあ、急な話で財布に余裕がなかったことも理由だったりするが、これはシエラには内緒だ。
「さて、オーブンは、と」
 エプロンで手を拭きながら、俺は古めかしい石釜のオーブンを覗きこんだ。中ではセロリやたまねぎといった香草に埋まるようにして、チキンが赤々とした光にあぶられている。
「さっき裏返して……半刻、か。もうちょいかな」
 ちょうどよい火加減になっていることを確認して、俺はそこから離れた。
 そして、ほかの料理にとりかかる。
「サラダを切るのはあとででいいから、先にドレッシングだな」
 言いながら、酢と油と調味料を調合。ドレッシングは二種類。俺の好きなシーザードレッシングと、シエラの好きなフレンチドレッシング。隠し味はオリーブオイル。エキストラヴァージンオイルは入れすぎると香りがくどくなるから要注意だ。
 ドレッシングの用意ができたらいよいよサラダの製作。レタスのほかにとれたての甘いトマトとほうれん草。アクセントのクレソンは少なめに。
「……と、こんなもんか? スープはできてるし、鳥はあとちょっと……それからサラダに……ああ、パン、パン」
 俺は買い物袋からパンを取り出す。バケットは二本。プレーンと、ライ麦いりと二種類だ。
「楽しそうじゃのう……」
 ふいに、背後から声がかかった。振り向くと、今日の主役、シエラが立っている。
「おかえり、シエラ」
「人を追い出しておいて、おかえりもなにもないじゃろうが」
「プレゼントが何かわかったら、つまらないだろう?」
 言いながら、俺はトマトスープに蓋をする。匂いでだいたいメニューはばれているとおもうが、まあ気持ちってことで。
「ふん、そうやって一人で楽しんでいるがよい」
 ぷい、と顔をそむけてシエラがむくれた。
 ん? 何かしたか? 俺。
 確かに今朝、料理を作るからと、半ば強引に家から連れ出したけど、そのときはそんなに怒ってなかった、よなあ。
「シエラ?」
「別に、なんでもない」
 なんでもない口調じゃないだろ、それ。
 とはいえ、こういうときに下手に追求すると更に怒り出すのは経験で知っている。俺は話の矛先を別に向けることにした。
「すぐに夕食の支度ができるからさ、ちょっと待っててくれないか?」
 ぞわり。
 ……? ……なんか、シエラの周りの不機嫌オーラが濃くなったような……。
 ……気のせいじゃない。今の台詞で確実にアイツの機嫌は悪くなった。
「シエラ?」
「おんしは、わらわと共にいるよりわらわの祝いの準備をしておるほうが楽しそうじゃのう」
 むっつりと不機嫌な口調でそういわれる。
 もしもし?
 シエラさん?
 それって、もしかして。
 料理にかまけて一日構ってやらなかったのがそんなに不満だったのか? あんた。
(自分は気分で人のことを一ヶ月も二ヶ月もほったらかしにするくせに、俺が一日構わなかったからって、腹立てるか?)
 理不尽だ。
 理不尽だけど……。
 俺はシエラを見やる。彼女の周りの空気は、俺に『構え』と大絶叫している。

 ああ、神様。
 こんなわがままを言う女が、むちゃくちゃかわいく思える俺の人生はもう終わっているのかもしれません。
「シエラ」
 俺はパン切りナイフを取り出しながら、シエラに声をかける。
「よく考えたら、料理を手間かけて作ってるうちに、結構遅い時間になっちまったみたいだ。悪いけど盛り付けを手伝ってくれないか?」
「あと少しでできるのではなかったか?」
 む、と顔はまだむくれていたが、まとう空気が少し変わった。
「オーブンの中の鳥のことを忘れてたんだ。あれはもうちょっと時間がかかる。その間にワインとチーズと、パンの用意もすませなくちゃ」
「計画性のない……」
「どうとでも言ってくれ。はい、エプロン」
 どさくさに紛れてエプロンをつけさせることにも成功した俺は、しばらく笑いが止まらなかった。





「うまかったか?」
 チキンの丸焼きをほぼ一人で平らげた男は、けろりとした顔で尋ねた。シエラはその屈託のない顔を苦笑しつつ見返す。
「そうじゃな。悪くはなかった。ようやく『濃すぎる味付けをなんとかせい』というわらわの提案を受け入れたようじゃの」
「そりゃもう、毎日言われりゃね。あんたが『悪くない』っていうことは、随分うけはよかったみたいだな」
 くつくつとナッシュは幸せそうに笑っている。
 全く、この男ときたら他人の祝い事だというのに、本人より嬉しそうな顔をしているのだから手におえない。ここ二日間浮かれっぱなしの男に対し、シエラは照れるべきか呆れるべきか少々迷う。
「料理もシャンパンもだいたい平らげたし……そろそろデザートといきますか」
 ナッシュが、食器を重ねて立ち上がった。
「デザート? まさかアレか?」
 シエラがナッシュを凝視する。ナッシュはにやりと笑った。
「そりゃーやっぱり、誕生日のデザートといったらアレでしょう? 俺が忘れると思った?」
「思わぬが……」
 鼻歌を歌いながら、ナッシュは台所へ消えた。しかしすぐに保冷庫からデザートを一皿持ってくる。
「……本格的じゃのう」
 ナッシュが持ってきたのは、真っ白なショートケーキだった。ワンホール丸々あるそれは、上に赤い苺が行儀よく並んでいる。
「どう? 俺特製のショートケーキは。これはちょっと特別でね、間に生クリームと苺を入れるかわりに苺のムースと苺を入れてあるんだ。うまいぞ?」
「ラトキエ家の家庭の味、というところか?」
「というかお兄ちゃんの味ってやつ? 妹と二人っきりのときが多かったからなあ。あいつを喜ばせようとよくお菓子も作ってたんだ」
「……」
 そんなころから、下僕の下地が。
 シエラはうっかりそう言いそうになる。本当にこの男は根っから、誰かのために何かをするのが好きなのだろう。もしかしたら、下地を作ったのは妹かもしれない。
「さてと」
 テーブルにショートケーキを置くと、ナッシュは壁や天井にかけてあったランプの火をすべて落とした。部屋が薄暗くなり、テーブルの上のランプだけが室内を照らす。
「ナッシュ?」
「やっぱ誕生日のケーキといったら、アレもしなくちゃ」
「ナッシュ!」
 じろり、といっそ殺気まで帯びた視線を受けても、ナッシュは笑っている。
「わらわは、ハリネズミのようなケーキはごめんじゃといったはずじゃが?」
「ふっふっふ、俺にぬかりはない」
 意味もなく胸を張ると、ナッシュは奥から何かを持ってきた。ばらばらとテーブルの上に広げられたそれは、なにやら蝋細工のようである。手にとってみると、それがアルファベットの形をした蝋燭だということがわかった。下に棒がついていて、ケーキに刺せるようになっている。
「これなら文句ないだろ?」
 ひょいひょい、とナッシュがケーキの上にそれを並べて刺すと、蝋燭は『HAPPY BIRTHDAY!』という言葉をつづった。
 シエラが顔を上げると、男はやっぱり笑っている。この上もなく、幸せそうに。
「しょうがないのう……許してやるわ」
「よし、じゃあ火をつけるぜ」
 蝋燭に火をつけ、テーブルのランプの明かりを消す。闇の中に、かわいらしいショートケーキと、お互いの顔だけがほんのりと浮かび上がった。
「誕生日おめでとう、シエラ」
 金の髪を炎でオレンジ色に染めながら、ナッシュが言った。シエラは満足そうに笑うと、蝋燭に息を吹きかける。一息で消すと、辺りは闇に沈んだ。
 ふと、シエラの頬に柔らかな髪が触れる。ナッシュのものだと思ったときには唇を奪われていた。大体の見当をつけて、腕を振り上げる。ごつ、と結構いい音がして男は離れた。
「ってぇ、少しは手加減しろよ」
「どさくさに紛れて、何をやっておる」
「いいじゃんこれくらい……。たまには雰囲気に飲まれてくれよ」
 そう簡単に思い通りになってやるものか。ふん、と言ってやると、ナッシュはあきらめたように立ち上がった。
「とりあえず明かりを点けなおして、ケーキを切るか。お茶も淹れて欲しい?」
「ああ」
 がたごとと音を立てながら、ナッシュは台所へと移動する。夜目に慣れたシエラは、その背中を見送る。
 ふと、既視感。
 シエラはそんな光景を見たことがあるような気がして、眉をひそめた。
 そんなはずはない。
 シエラは数百年の長き間、誕生日を祝うなどということを一度もしなかった。こんな光景など、見たことはないはず。
(……ああ)
 原因に思い当たり、シエラはため息を漏らした。
 前に見たあの背中。
 あれは父だ。

 真の紋章を宿す以前、ただの少女であったころ、両親は今のように毎年、シエラの誕生日を祝ってくれた。
 そして父は毎回、ケーキの蝋燭を吹き消した後、あかりをつけなおすために種火を取りに行っていたのだ。
 それは、古い記憶。
 忘れていた、とても古い、古い記憶。
「ナッシュ」
 台所のナッシュに、シエラは声をかけた。
「シエラ?」
 すぐにナッシュは戻ってくる。声が震えていることに気が付いたのかもしれない。
「しばらく、ランプをつけないでいてくれるか?」
「……あ、ああ……いいけど」
 ナッシュは心配そうに近づいてくる。頬に触れられると、相手の指がわずかに濡れた。
「シエラ……どうしたんだ?」
 抱きしめられるままに、シエラは男の腕に体を預けた。
「なんでもない……」
「あんたが理由もなく泣くわけないだろ。……俺、何かしたか? 何か悲しいことでも……」
 言葉を紡ごうとするナッシュの唇を、己のそれで、軽く封じる。
「悲しいことではない……ただ、とても幸せなことを思い出したのじゃ」
 くすり、とシエラは笑う。
「ありがとう、ナッシュ」
 おろおろとするナッシュの腕の中で、シエラはしばらく泣きつづけた。






おねだりに気をよくしてキリ番第二段。
シエラ様が可憐です
私が書くと、なぜか皆様世間の評判と違う方向に行くようです
(ナッシュは若くても食えないし、シエラは可憐だし、
クリスは漢でパーシヴァルは純情……よくわからん)
ぴちねこ様、受け取って下さいますよね?
いらないなんて言ったら泣きますよ?

>帰りまーす