協力してよ!

「うーん。こんなもんかなあ?」
 床に並べたスパイクを眺めて俺はつぶやいた。
 簡素な宿屋の板の間の上に広げられた鉄の楔の数は実に50本。それぞれ、均一の大きさでよく磨かれたその針状の鉄は俺の命を守る武器の一つだ。
 特に細工のない単なる鉄製のくさびとはいえ、一般の武器とは違って手に入れるのに一工夫いるこの武器の残弾数を数えていると後ろから声がかかった。
「ナッシュ、何をやっておる?」
「見ればわかるだろ?」
 言いながら振り向くとそこにあるのは極上の銀糸とルビーアイ。俺の最大の弱点にして最愛の女、シエラだ。
 風呂上がりのシエラは、髪にまとわりつく滴をタオルで拭きながら俺の手元をのぞき込んでくる。
 俺はふう、と息を吐いた。
 スパイの武器をまじまじとのぞき込んで許されるなんてこの女くらいだ。
「やれやれ、戦争が終わっても物騒な戦争屋気分は抜けぬらしい」
「そんなんじゃないさ。これは、明日通過する森がモンスターだらけだって聞いたから準備してるの」
 俺は口をとがらせる。しかし、シエラはつまらなそうにそれを見て(あ、信じてないな、こいつ)ふんと鼻を鳴らす。
 グラスランド、ゼクセン、ハルモニアと多くの国を巻き込んだ五行の紋章戦争から早数ヶ月。俺はなんとか戦争に乗じたスパイの仕事を片付けて、ゼクセンから少し離れた小さな村の安宿にやってきていた。
 こんな小さな村の小さな宿屋にきたのは当然、理由がある。人目につかずにこの後ろにいる女と会うためだ。
 ただ少しばかり綺麗な容姿をしているだけの少女にしか見えないシエラには、実は大国ハルモニアが求めてやまない真の紋章、月の紋章が宿っている。ハルモニアのスパイという俺の立場から考えると、本来一も二もなく本国に売り渡さなくちゃならない存在なんだが……まあ、売って売り渡されるような女じゃないというか、そもそも俺に売り渡す気がさらさらないというか 、まあ、そんな理由で報告はされてない。
「あんたを戦闘で怪我させるわけにもいかないだろ?」
「まあ下僕としては殊勝な心がけかのう」
「だろ? だからちょっと手入れを……」
「しかし、その程度では甘いの」
 言って、シエラは俺の背にのしかかってきた。
 突然の衝撃に俺は手に持っていた武器を取り落としかかる。
「うわぁっ、シエラちょっと待てって!! 手元が狂う! 狂うって!!」
 っていうか背中に胸がっ、首筋に息とか風呂上がりの体温とかがぁーっ!!
「妾を守る、というのであれば妾に怪我をさせぬのは当然のこと、おんし自身の身も守って荷物運びの効率を落とさぬのが筋というものであろう」
「どっこが筋なんだよっ。無茶言うなっ」
 俺が怒鳴るのも気にせずシエラは俺の背にもたれかかったまま足とかぶらぶらやってる。
 この迷惑な女を振り落とすのは簡単な話だが、これがかまってもらいたいシエラの甘えた行動で、自分も守れというのもそれなりに俺のことを心配しているからこその発言だってことを知ってるだけに、そんなことはできない。
 ……背中に当たってる柔らかいふくらみのせいじゃないっていうと、嘘になるけど。
「そうじゃ、これも機会じゃし、協力攻撃など考えてはどうじゃろう?」
「協力攻撃?」
 スパイクを磨くことをあきらめた俺は、広げていた武器やら布やらをまとめて脇にどけた。振り向くとシエラがくすくすと笑っている。
「うむ。おんしと妾で協力すればその分効率がいいというものであろうが」
「協力攻撃ねえ……」
 いいながらシエラを抱き寄せると、小柄なその体はすっぽりと俺の腕の中に収まった。
 何が楽しいのやら、上機嫌のシエラは抵抗せずに俺の腕によりかかる。
「ビュッデヒュッケ城におったときには何ぞやっておらなんだのかえ?」
「え? あの城で? いや、そんなことはしなかったな」
「なんじゃ、知り合いが多いのではなかったのか?」
「俺はなんだかんだいって単独行動がメインのスパイだからな。仲良くなった連中はいるが、わざわざ一緒に攻撃を開発したりはしなかったな」
 ササライたちハルモニアとは表向き無関係、ゲドたち傭兵連中はアットホームに仲良すぎて微妙に中に入っていけないし、美人騎士様と一緒に攻撃の練習なんかした日には、ゼクセン騎士団全員を敵に回す。
「なんじゃ寂しいやつじゃのう」
「そういうシエラはどうだったんだよ?」
 むっとして聞くと、シエラは笑いながら俺の顎のラインをなぞった。
「妾の攻撃に協力する輩がおらぬわけがなかろう? デュナンの城におったときには一つ協力攻撃があったぞ」
「へー、どんなの?」
 この女が俺以外の誰かと息を合わせて攻撃をする。そんな光景に更にむっとする。シエラは楽しそうだ。
「おとも攻撃といってな、狼男のボブと火吹き芸男のボルガンがまず敵に攻撃をしてコウモリに変化した妾がとどめを刺したのじゃ。敵を倒すついでに血が吸えてなかなか楽しい攻撃じゃったぞえ?」
「……ひっじょーにあんたらしい攻撃で」
 協力攻撃というより搾取攻撃といったほうがいいその内容に、俺はそのボブとボルガンとやらに同情した。
 まあなー。
 この女王様の気質が15年かそこらで変わるわけないよな、やっぱり。
「さて、おんしと妾ではどんな攻撃がよいかのう?」
 外道な攻撃方法を披露した女は、かわいらしく首をかしげて俺を見上げた。
 とりあえず連中と同じめにあいたくない俺は効率優先の攻撃を提案してみる。
「複数の敵に囲まれたときに、俺がスパイクを乱れうちしておいて、刺さったスパイクが避雷針になってるとこにシエラが雷を落とすなんてのはどうだ?」
「割と順当な攻撃じゃのう」
「一匹にスパイクを何本も打ち込む必要はないし、シエラのほうだって雷がスパイクに集中するから魔力をセーブできるんじゃないのか?」
「スパイクの残りを気にしておるところがおんしの貧乏性らしいところじゃのう」
「貧乏って言うな!」
 しかし当然のことながらシエラは聞いてない。
「しかしそれではひねりがないぞ」
「……戦闘にひねり求めるなよ。一発芸じゃないんだし」
「なんじゃ、日常のことなのじゃから、楽しみを求めたほうがおもしろかろう。……おお、いいことを思いついたぞ!」
「何だよ」
 自信満々のシエラの顔を俺は見下ろす。
 賭けてもいい。
 この女絶対ろくでもないこと考えついたに決まってやがる。
「敵が出てきたらの、おんしが妾に首筋を差し出すのじゃ」
「……それで?」
「おんしの血を吸って力のでた妾が爪と雷で敵を一掃するのじゃ! よいじゃろ?」
「よくねえよっ!!」
 俺は首筋を押さえる。
「俺が貧血になるだろうがっ! 痛いしつらいじゃねえかよっ。戦闘の後、ダウンするじゃねーか!」
「おんしが軟弱なのが悪いのではないか」
「いきなり血を抜かれて倒れるのは軟弱とかそんな問題じゃないっ! だいたいあんた乱暴に血を吸いすぎなんだよ! 首痛いんだって!!」
「なんじゃ。わらわの血の吸い方が下手と申すか?」
 俺の腕の中でおとなしくしていたシエラが体をおこした。俺の首に手を回すと、む、とにらんでくる。
「……吸血鬼はあんた一人しかいないんだから比べようがないだろうが。……痛いのは事実だけどさ」
「ほう?」
 痛いという抗議より乱暴だとか下手だとかそんな言葉が気にくわなかったらしい。シエラはつう、とその形のいい白い指を俺の首筋にはわせた。
「ではどんな吸い方をすればおんしのお気に召すのかのう?」
「あの……どんな吸い方って言われましてもシエラさん? 牙立てられて吸われた時点で絶対痛いんですけど」
 首筋に吐息がかかり、ぞくぞくとする快感が背筋からはい上ってくるのを感じながらも俺は抵抗する。
 いやまて俺。
 感じてる場合じゃないから、食われかかってるから。
「注射でもあるではないか。痛い刺し方と痛くない刺し方と。おんしはどんな刺され方がよいのじゃ?」
 ちろり、と暖かな舌が首筋をなぞる。
「シエラ、あんた実はなんだかんだ言って腹減ってるだけだろ」
「明日からはまた旅じゃからのう。滋養をつけておかねばならぬじゃろ」
「……だからって!」
 今度は首筋を甘噛みされて。
 これで抵抗できたら俺の生活はもっと楽だったのかもしれない。

20万ヒット記念企画
191000ヒット ポチ様のリクエストで
3時代のナッシュ×シエラ。「協力攻撃にからめて甘い感じで」

ってわけで、協力攻撃談義をしながらいちゃつくナッシュとシエラです。
最後のほう、協力攻撃ほったらかしてひたすらいちゃついてますが、あっまこれも味ってもんでしょう。
シエラ様との協力とリクエストをいただいて、まず頭に浮かんだのが
血を吸われるか魔法のとばっちりを食らうかしてダウンするナッシュでした。
いやだって!
絶対ナッシュダメージくらうって!!


>戻ります