お題「不運」
大吉と大凶

「ユン、この木は持って行っちゃって大丈夫かな?」
「はい、ナッシュさん。大丈夫です。ちょうど綺麗に乾いていますし、薪にしましょう」
「よっ……と」
 俺は枯れ枝を担ぐと、アルマ・キナンの巫女、ユンに笑いかけた。
 深い緑で覆われたクプトの森を背景に、彼女は微笑む。
 俺とクリスの二人でひっそりと始まったはずの旅は、途中で正義の騎士様が(かなり強引に)加わり、更にユンとユイリ二人の巫女が加わって随分とにぎやかになっていた。現在の目的地は、迷い森クプトの先にある、巫女だけの村、アルマ・キナンだ。
 そこに、クリスの父親の手がかりがあるらしい。
 同時に俺の目的である真の水の紋章の情報も。
 真の紋章を探しつつ、ゼクセンとハルモニアの癒着を調べてこい、などという相変わらず面倒な仕事をおしつけられて辟易していた俺だったけど、今現在はかなり上機嫌だった。
 なにせ、旅の道連れはほとんど女の子。しかもみんな美人さんときている。(リコちゃんは『かわいい』という系統だが)。男ばかりの傭兵連中につきあっているよりは、格段においしい状況と言える。
「さて、だいぶあつまったし、そろそろ荷物番をしてるフレッドのところに戻るか」
「そうですね。……ユイリのほうも薪を集め終わりましたし」
「わかるのか?」
 俺たちとは別の場所で薪を集めているクリスとユイリの様子を、まるで見てきたように語るユンに、俺は問いかけた。
 アルマ・キナンは巫女の集落。精霊に愛され、先のことを見通す力が備わっているとは聞いていたが、さすがにまだその独特の言動には慣れない。
 ユンはくすくすと笑った。
「ここは精霊の力の強い土地ですからね。それくらいは簡単ですよ」
「ふーん?」
 為政者が神官、という国に生まれついたせいか、敬虔な信者というのは見てきたが、こういう巫女さんはあまりお目にかかったことがない。
 そのせいだろうか。精霊を感じ、力を得るその姿はやはり不思議な感じがする。
「あ、ナッシュさんよくわからないって思ってますね?」
「う、それも巫女の力か?!」
「顔をみれば力をつかわなくてもわかりますよー」
「まいったなあ……おじさんポーカーフェイスがうりのはずなのに」
 わざとらしく困って見せると、ユンは楽しそうに笑っている。
「そういえばさ、ユン、先読みができるんだよな? ……俺の未来とかもわかるのか?」
 集合場所に戻りながらなんとなく、思いついて俺はユンにきいてみた。クリスの未来を感じて、ユンは彼女の前に姿を現した。クリスの先がわかるのなら、他の人間の先も、実はわかっているのかもしれない。
 すると、ユンは唇に指先をあて、うーん、と可愛らしく首をかしげた。
「わからないわけじゃないですけど……それはやめておきます」
「やっぱりおもしろ半分にそういうこと聞いちゃだめか」
「いえ、そうではなくて」
 ユンは顔の前で手を振った。
「ナッシュさんに未来を教えても、無駄ですもの」
「……それは教えても無駄なくらい俺の未来が終わってるってことか?」
 これまでの不運人生のせいか、ひがみっぽい物言いになった俺をユンは笑う。
「だって、ナッシュさんは道を変えないもの」
「ん?」
「ナッシュさんは、大切なものや、選ぶべきものを知っているでしょう? だから、先にどんなものが待ちかまえていても、逃げたり、道を変えたりはしません。未来を知っていても、知らなくても同じなのです」
「……なるほど」
「無駄って言ったのは、そういう意味なんです」
 未来を知ろうが知るまいが、俺が結局選ぶ道っていうのは同じというわけか。
 確かにそれは真実かもしれない。
 今まで歩んできた道にしたって、他を選ぶことができたほど、俺は器用なんかじゃないから。
「あ、でも」
 ユンがふと立ち止まった。
「三十秒後の未来なら教えてあげられますよ?」
「三十秒? そりゃまた近い未来だな」
 俺はかがむと、ユンの顔をのぞき込んだ。先ほどとはかわって、ユンの瞳には楽しげな光が宿っている。
「耳を貸してください」
「ん?」
 俺は薪をおろして更に体をかがめる。
「ナッシュさんのすぐ未来は……大吉のあとに、大凶です」
「大吉の後に大凶? それって一体……」
 訊ねようとした俺は、言葉を切った。かがんだせいですぐ側にあった、ユンの可愛らしい唇が俺のそれに重なったからだ。
「……?! おいユン!!」
 少女に、こんな大胆なことをされるとは予想していなかった俺はらしくなく顔を赤くして体をおこした。
 おい、20近く年上の俺をそんな風に見てたのかー?!
 っていうかおじさん困っちゃうぞー!!
 驚いていると、ユンは無邪気に笑いだした。
「男の人とキス、って一回やってみたかったんです。ごめんなさい!」
 そのあまりに悪気のない顔に、俺は驚く気も怒る気もうせた。
 なんだ、ただの興味本位か。
「……ったくはしたないお嬢さんだなー」
「ごめんなさい。怒っちゃいました?」
「怒ってないことくらいわかるだろ? フレッドにはこういうことするなよ?」
「はーい」
 素直な返事。多分、そもそも俺だからやったんだろうけど。
「これ大吉の正体ってわけか。ん? とすると大凶っていうのは……」
 不意に、背後に強烈な殺気を感じて俺は硬直した。
 ……森の中に潜む豹のようなすさまじい気配。これは、本気だ。
 なんとなく、その殺気の主を予想しながら、俺はゆっくりと振り向いた。
「あ、あら……クリスちゃん……お早いお帰りで……」
「ナッシュ……」
 おそるおそる振り向くと、そこには鎧を脱いだ銀の乙女、クリスがユイリを連れて立っていた。タイミングからして、さっきのシーンを彼女達が目撃したのは明らかだ。クリスの、完全に表情の抜けたお人形のような顔のなか、アメジストの瞳だけが静かに怒りに燃えている。
「お前という奴は……」
 すらり、とクリスの剣が鞘から引き抜かれた。そして顔は怒りの形相へ。
「いたいけな少女になんてことをしているこのど変態!!!」
「うわわわわわ、違う! 違うって! これはユンから……」
「人のせいにするな!! 成敗してくれる!!!!」
 その後、クリスの怒鳴り声を聞きつけてやってきた正義の騎士様と即席協力攻撃で追いかけ回され、俺は夜中まで逃げ回るはめとなった。

クプトの森を一緒に旅したということで、
ユン&ナッシュのお話を書いてみました
アルマ・キナンの集落育ちで
男に免疫がないというよりは、好奇心旺盛なユンです。

我ながら珍しいものを書いてしまった気はしますが、いかがでしたでしょうか?

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