口説き文句

 友人に、教えられたのは、とても簡単な一言。
『パーシヴァルみたいなタイプにはぜったいこういうのがキクって!』
 言い切られて、私は困惑した。
 それは、本当だろうか?
 言葉は簡潔に過ぎて、単語ですらない。
『なによ、クリス、私を疑うわけ?』
 私は沈黙した。
 別に彼女がうそを教えているとは思っていない。
 けれど。
 そんな簡単な一言で、彼が動揺するだろうか?
 言ってはなんだが、相手は百戦錬磨のつわものだ。これしきのこと、なんでもないかもしれない。
 大体、子供だましのようなものなのだ。
 いい大人が、まさかそんな台詞で。
 まさか、ね。
 けれど。
 けれどけれど。
 それで本当に顔色が変わったら、と思うとそれはそれでおもしろい。
 いつもからかわれている意趣返しにもなるし。
 まさかとは、おもうけど。
 冗談ですませられるような言葉だし。
 失敗したら、ごまかせばいいのだ。
 だから。
 一回だけ。
 一回だけ試してみよう。
 言うと、友人はにやりと笑った。


「クリス様」
 軽いノックの音がして、標的は部屋にやってきた。
 いいタイミングだったので、私は笑ってしまった。
 ちょうどサロメもルイスもほかの仕事で部屋にいない。
「クリス様、どうかされましたか?」
 上機嫌で笑う私の顔を、パーシヴァルは不思議そうに見る。
「や、なんでもない」
「そうですか?」
「ああ。それより」
 こいこい、と私はパーシヴァルに手招きをした。
「なんですか?」
 恋人であるせいか、パーシヴァルは至近距離に近づくのをためらったりはしない。(まあ、それはくっつく前からか)寄せられた顔に、私も顔を近づけた。
 そして、耳を軽く引っ張る。
 内緒話をするように。
 リリィに言われたのだ。言うなら、耳元で、と。
 そして、声はとびきり甘く。
 トーンはいつもより一オクターブ上げて。



「にゃあ」




 それは、ただの猫の鳴きまね。

 言葉ですらないのだけど。
 しかし、恋人は聞いた瞬間、軽く息を呑んだ。
 いつもは憎らしいくらい色の変わらない頬には朱が散っている。
「っ…………どこでそんなこと覚えてきたんですか」
「秘密だ。ふふ、効果あったみたいだな」
「ありましたよ。ほら、こんなにどきどきしてる」
 パーシヴァルは、軽く抱きしめてきた。直接耳で感じた相手の鼓動はなるほど早い。
 しかし、抱きしめた手が、微妙な位置に移動を始めたので私は身をよじった。
「パーシヴァル、今はまだ昼……」
「昼間に誘ってきたのはそちらでは? 仔猫さん」
 見上げると、恋人は、ヒトからオオカミへと変貌を遂げていた。
「あ、もう」
「好奇心は猫を殺すって言葉、知ってます?」
「それは全然用法が違うだろうが! ……っ」
 抵抗は、キスに絡めとられ、私はそのままパーシヴァルの腕に抱かれた。

 それから、クリスの部屋では時折、飼ってもいないのに猫の鳴き声がするようになったのだが、それはまた、別の話。

ちょっと思いついて書いてみました。
演技力をさほど必要とせず、クリスが恥ずかしがらず、
軽く言ってしまえる口説き文句ってなんかないかな、
と考えていたらできました。



>帰ります〜〜