コンコン、というノックの音にぎょっとして、パーシヴァルは顔をあげた。
とっさにナイフを手に持ち腰を浮かせる。ありえない音のしたほうを見ると、見たくもない男の顔が見えた。
「ナッシュ殿……」
「あー、ごめんパーシィちゃん。中、入れてくれる?」
パーシヴァルは、男を睨み付けた。
ここはゼクセン、グラスランド、ハルモニアの連合軍が集合する古城、ビュッデヒュッケ城。……の裏の古い船を改造した建物の一汁だった。
大人数が暮らすには少々手狭になってきた城だが、ゼクセン騎士団の守りの要、誉れ高き六騎士と呼ばれるパーシヴァルには小さいながらも個室が与えられている。
ノックは、そろそろ寝ようかと思いつつくつろいでいたところにもたらされた。
深夜とはいえ、ノックをしてきた来客に対し、パーシヴァルがいきなり剣を抜いたのには理由がある。
ノックが、ドアではなく、湖に面しているはずの窓からしたからだ。
およそ人が入ってくるとは思えない方向である。
油断なく構えながら窓に近づくと、ナッシュの手には細いひもが握られている。どうやら、甲板からロープを降ろして来たらしい。
「何やってるんですか、貴方は」
わざわざ、ナッシュが移動しなければいけない方の窓を開けてやる。ナッシュは、それを軽くかわすと、パーシヴァルの部屋に入ってきた。
「君に頼みたいことがあってね。ちょいとつきあってくれ」
「私に頼み、ですか?」
この男に斬りつけたい理由はあっても、手を貸してやる理由はない。パーシヴァルがいぶかしそうな顔をすると、ナッシュはにやりと笑った。
「クリスちゃんのことで、って言っても断る?」
「クリス様の……? それはどういう」
「ま、ついてきなよ」
くすくすと笑いながらロープをしまうと、ナッシュはさっさとドアからパーシヴァルの部屋を出て行った。クリスのこと、と聞いて放ってはおけずパーシヴァルはあわててその後を追った。
「問題はこれなんだよ」
「……これ……ですか」
「そう、これ」
ナッシュが指さす先の人物を見て、パーシヴァルはため息をついた。
ナッシュに連れられ、人目をさけるようにしてやってきたナッシュの私室。そのソファには部屋着のクリスがいた。それも、酒瓶をかかえて酔いつぶれた状態で。少し声をかけてみたが、意識はそう簡単に戻りそうにない。
「何したんですか、貴方は!」
「何もしてないよ! ここのところ、ストレスをためてたみたいだから息抜きさせてやろうと思ってな、ちょっといい酒を持って酒盛りに誘ったんだ。そうしたら予想外に疲れがたまってたらしくてなあ……俺が止める間もなく、酒瓶空にして寝ちまったんだよ」
「寝ている間に不埒なことをしてないでしょうね」
「してたらお前さんを呼びに行かないよ! 俺も寝られて困ってるんだ」
男二人が見ているとは知らず、クリスは幸せそうに寝ている。
「さすがに俺の部屋に一晩泊めるわけにもいかないからな、引き取ってもらおうとお前さんに声をかけたんだ」
「何故私に? 他にも騎士はいるでしょうに」
パーシヴァルは素朴な疑問をナッシュに投げかけた。この城に騎士は多い。声をかける相手はいくらでもいたはずだ。
「この時間だろ? 泊めないまでも、一緒に歩いてるだけでもゴシップねたになりそうだからね。君なら運ぶ途中で見とがめられても、うまく切り抜けそうだから」
それに、とナッシュはクリスに目を向ける。
「君に責任がないわけじゃないし」
「責任? 私に何の」
言われのない非難に、パーシヴァルが声をあげようとした時だ。クリスがまた寝返りをうった。うったついでに小さくつぶやく。
「パーシヴァル……の……ばか……」
明らかな名指しの罵倒に、パーシヴァルの顔がひきつる。ナッシュは、「な?」といって笑った。
「とにかく、お前さんはクリスを送り届ける義務があるんだ。ちゃんと連れ帰ってくれよ」
ナッシュは、パーシヴァルにクリスを抱き上げさせると、部屋から追い出した。釈然としないまま、パーシヴァルは廊下を歩く羽目になる。
クリスを腕に抱いて歩くのは、悪い気分ではないがいかんせん相手は酔っぱらっている。
「……なんだってんだ」
歩きながらぼそりとつぶやく。
今腕の中にいる女性は世界でただ一人、パーシヴァルが剣を捧げた相手だった。剣を取り兵を率いるそのまなざしの強さに惹かれ、手に入れたいと心から想った存在。
自分でも滑稽だと想うほど、この女の気を引くためにあのてこのての努力を常日頃行っているというのに。
(よりにもよってバカと言われるとはな)
「私のどこが不満なんですかね」
「……お前……とりまきに囲まれすぎだ……」
「……はい?」
ないと思っていた問いには、答えがあった。
腕の中のクリスを見下ろすと、酔っぱらいは寝言半分に文句を言う。
「離してくれなくて困るとか言ってる割に……全然困ってないだろ……」
パーシヴァルは、天井を仰ぎ見て息を吐いた。どうやら、クリスのお怒りを買った原因は女性に絡む素行問題らしい。
とはいえ、これは性分のようなものである。
さてどうしようかと思った時、最後のつぶやきがパーシヴァルの耳に届いた。
「私がお前に近づきにくいじゃないか……」
不満そうなその声に含まれるのは、可愛らしい嫉妬心。
パーシヴァルは、口元がほころぶのを止められなかった。
なるほど、それが深酒の原因だとすれば。
酔った彼女の介抱をするのは、パーシヴァルの義務だ。
「では今度から気をつけるとしますよ」
くすりと笑って額に口づけを落とすと、「信用ならん」と寝ぼけながら怒られた。
酔っぱらいクリスちゃんで短め一本。
ナッシュとのやりとりが書いていて楽しかったです。
パーシヴァル、絶対ナッシュが嫌いだと思うので。
さて、翌日クリスが目覚めるのはどこでしょうかねえ……
>もどりまーす