「了解しました」
耳元でぼそりと囁かれ、クリスは身を硬くした。
「あ、ああ。よろしく頼む」
ぎこちなく、返事をしながら相手から身をひきはがす。
この心臓に悪い仕草は、パーシヴァルの癖だった。
執務中、あるいは休憩中。誰も見ていないところで、誰も二人に注意を向けていないときに、不意に耳元で囁く。
内容はたいしたことはない。
今のような受け答えの返事であったり、自分に対する呼びかけであったり。
艶のある言葉では決してない。
だが、必ず、耳元で。
パーシヴァルの声は低い。そして、耳障りが良い。蠱惑的でさえある。
そんな声が、耳元でするたび、クリスはぞくりとさせられる。
雷の紋章の攻撃を受け、体に電流が走ったことがある。これは、あれに近い。
しかし、紋章術と違うのは、決して痛みなどはないこと。
そして、その感触がひどく甘いこと。
「パーシヴァル」
今日こそは、この癖をやめさせよう。
そう思ってクリスは非難を含めた声音でパーシヴァルの名を呼んだ。
これをされると落ち着かなくなって、しばらく書類に集中できないのだ。
「お前の声がいいのは……知っている」
「お褒めに預かりまして、光栄です」
にっこり。
パーシヴァルは綺麗に笑い返した。
ああ、だめだ。
これは話を聞く体勢ではない。この男が、こういう笑い方をしたときは、絶対に話を聞いてくれない。
クリスは、あきらめてため息をついた。
「全く……せっかくいい声なのだから、私相手に無駄遣いせずに、誰か好いた女にでもやればよかろう? きっと一発で落ちるぞ。私が保証する」
言うと、パーシヴァルはすい、と滑らかに体をクリスに寄せた。クリスの耳が、パーシヴァルの唇の射程距離に入る。
また、耳元で囁かれた。
「だから、しているのですよ」
クリスのみみたぶを、唇だけで甘く噛み、パーシヴァルは離れた。
「……っ!」
それはどういう意味なのか。
聞き返そうとするクリスをほうっておいて、パーシヴァルは執務室の扉へと体を向ける。
「結構きかないみたいですね、これ。残念」
顔だけ振り向いて、ぺろりと舌をだす。
その背中を見送ったあと、クリスはその場にへたり込んだ。
「そういう意味か……ああもう」
悔しい。
落ちた。
自分の言葉どおり一発で。
恋に。
気に入ってるSSです
パーシヴァルがセクハラ野郎ですが、そのへんは愛嬌ってことで
>もどりまーす