トリプル・ディト


 今日は休日だ。
 ゼクセン騎士団の仕事に忙殺されている騎士たちに与えられたしばしの休暇。
 今回は、騎士団長と、その側近兼恋人とに珍しくセットで与えられた。
 天の運気も、彼らに味方したのかビネ=デル=ゼクセはいい天気。ぽかぽかと暖かい日の光が居心地のよい空気をつくっている。
 そんな日に繁華街をゆっくり歩く。それはこれ以上ないというくらい、穏やかなデートコースだ。
 ……邪魔なおまけがいなければ。
「ねえねえクリス! あっちの店! あっちの店も見ていこう!」
「そうだな、リリィ。おもしろそうだ!」
「クリス様ー、あまり遠くに行ってはだめですよ」
「あ、すまんパーシヴァル」
「ほっときなさいよ、クリス。その程度で見失うようじゃたかがしれてるわよ。ねえ、ササライ?」
「はい、ちゃんとみてますよ、リリィさん」
 恋人たちが会話する様を、パーシヴァルは顔だけ笑いながらため息をついた。
 何の因果か、騎士団長の休暇は、恋人の休暇と重なっただけでなく、ハルモニアの神官将様々の休暇とも重なって閉まったのである。
 そこでリリィが思いついたのがダブルデート。親友同士、彼氏を連れて歩こうというのである。
 少ない休暇中、友達とも歩けるし、恋人とも一緒にいられるまさに一石二鳥の……
 はた迷惑な企画である。
 女性陣はいい。彼女たちは、もともと親友なのだから。
 しかし、ショッピングなどと、女性二人ばかりで話しが盛り上がる中、その後ろで、友達でも仲間でもない男二人が(知り合いと呼んでいいのかすら迷う)どう会話をしろというのだ。
 しかも
「クリス、クリス! これかわいいと思わない?」
「あはは……間抜けな顔がなんともいえないなあ」
 クリスは、リリィに勧められて、ワゴンセールのブタのクッションを見ていた。かなりデフォルメされたユーモラスなピンクのクッション。
 だが、その円筒形の物体を、『かわいい』と言うのはどうだろう。
 ハムのような胴体に、異常にでかい鼻。とってつけたような小さな目は、なんだか離れすぎていて変な顔だ。
 普段はそうでもないのだが、リリィと買い物に出かけると、こんな変なものを買ってくることが、よくあるのだ。
「この大きさなら、枕にちょうど良さそうだな」
「だったらおそろいで買っちゃう?」
「いいなあ!」
 きゃあきゃあ、と彼女たちは実に楽しげに盛り上がっている。
 って、待ってくださいクリス様。
 その死にかけの、ブタだかハムだかよくわからない物体を、俺たちが毎夜いちゃつくベッドサイドに置く気ですかあ?
 ムードを出して、見つめ合って、これからさあ! というときに、あのブタの離れた目がこっちをみていたりしたら、萎えるぞ本気で!!
 パーシヴァルの心の悲鳴を聞き取った者が、一人だけいた。隣にいたササライである。
「彼女たちにも困ったものだねえ」
 のんびりした口調でそう言われ、パーシヴァルは苦笑いをする。
「あれはちょっと……ササライ様もですか?」
「んー、僕はインテリアにはこだわらないから、ウサギでも、アカマダラベルツノガエルでもなんでもいいんだけどさ、ブタにだけはいい思い出がなくてねえ」
 ふう、とササライはため息をつく。
「十五年前、デュナン統一戦争でハイランドに派遣されていたんだけど、そこにいた王子の口癖が『ブタは死ね』でね、愚民=ブタってことでじゃかすか人を殺してたんだ。それ以来、ブタの置物見ると、死体を連想しちゃってどうにも……」
「はあ」
 神様、彼のこの発言は天然でしょうか、わざとでしょうか。
 どちらにしろ、ブタの置物は今後一切いらないと思いましたけど。
 クリスを止める気力もおこらず、パーシヴァルは視線をさまよわせた。そして、ある一点で止まる。
「……おや」
 視線を向けた公園の木陰に、一人の少女がいた。
 恋人のものと同じくらい見事な銀の髪の小柄な少女。真っ白な肌は透けるようで、瀟洒なデザインのワンピースを優雅にきこなしている。このあたりでは見ない顔だ。
 旅人にしても、これだけきれいな少女の一人旅など危ないな、と思って眺めていると、ササライに袖を引っ張られる。
「買い物を見てるのがつまらないからってよそ見しちゃだめじゃないか。浮気者だねえ」
 ササライの声がことさら大きい気がしたのは、パーシヴァルの勘違いではないだろう。その台詞を聞きつけたリリィがばっとパーシヴァルたちの方へと振り向く。
「パーシヴァル、あんたクリスがいながら何やってんのよ!」
「いえ、リリィ様、私は別に、クリス様に似た髪の人を見かけたので」
「ちょっとークリス、こんなこと言ってるわよーっ」
「まあ気にしなくていいだろう。パーシヴァルが女性に関して視野が広いのはいつものことだ」
「いやクリス様、本当にそんなんじゃなくてですね!」
 しかし、彼女たちは聞いていない。主にリリィが。
「パーシヴァルが見てた人ってのはどんなのよ、ササライ」
「あっちの方向ですね……って」
 パーシヴァルの視線を追った二人は
「シエラ様じゃない」
「シエラ様だ」
 と、二人同時に少女の名を呼んだ。
「ちょっとササライ! あんたなんでシエラ様を知ってるのよーっ!」
「真の紋章持ち同士、いろいろと因縁があるんですよ」
「だって知り合いだなんて一言も言ってなかったじゃない!」
「しがらみがあるんですよ、いろいろと」
「あたしに隠し事するほどのしがらみなわけー?」
 恋人同士のかわいい喧嘩、というにはあまりにけたたましいやりとりを止めたのはクリスだった。
「ちょ、ちょっとリリィ! シエラ様って、あのシエラか? 劇でやっていた」
「そうよ。十五年前だけどよく覚えてる。あのきれいな銀の髪に紅い瞳、間違いないわ」
「へえ……そうは見えないけどな」
 少女は、まだ十五、六歳に見えた。しかし、リリィの言うことが正しいのだとすれば、もう八百余年もの間、彼女は生きているということになる。
「けどなんでここにいるのかしら、シエラ様」
 リリィが首をかしげた。
「彼女も宿星の一人なのかもしれないな」
 真剣に考え込んだクリスの疑問を、
「あ、それはないない」
 ササライがあっさり切って捨てた。
「あんたがなんでそんなこと断言できるのよ」
 リリィがびし、とササライの胸ぐらに指をつきつける。ササライはおっとりと笑った。
「今回の戦争に、五行の紋章以外のものが介在しては、集まる力が大きくなりすぎてしまいますからね。彼女は傍観者です。ここにいるのは連れがいるからで」
「だから、なんでそういう情報を持ってんのよ、あんたは」
「ハルモニアの特殊技術……といいたいところですが、彼女の連れが、私の知り合いなんです」
「はあ?」
 リリィが次の疑問を口に出す前に、ササライは声をかけた。
「もういいかげんばれてるんだから、でてきたらどうだい、ナッシュ! シエラ様もお待ちかねだよ!」
「ナッシュ?」
 クリスが反駁する。すると、路地の間の陰から、男が一人、闇から抜け出すようにして現れた。ややくすんではいるが、ハルモニア産の見事な金髪に、緑の瞳。服も落ち着いた緑。ハルモニアの工作員、ナッシュである。彼はなぜか手にクレープを三つも持っていた。
「なあんで見つかっちゃうかなあ……」
 いつもへらへらと笑っている彼にしては珍しく、心底嫌そうな顔でぼそり言う。
「運が悪いからでしょ? いいかげんあきらめたら?」
「そっとしておいてくださいよ! お願いですから……と!」
 上司と言い合いを始めたナッシュは、いきなりその場を飛び退いた。同時に、今までいた場所に大きな雷が落ちる。空は晴天であるにもかかわらず、だ。
「遅い!」
 魔法を発動させたときのポーズのまま、公園にいたシエラが怒鳴りつけた。華奢な外見からは想像できなかった、その様子にパーシヴァルは面食らう。いつだったか、ナディールが小さいビッキーの演じるシエラをはまり役と言っていたが、なるほど、そういうことか。
「まったく人を待たせたばかりか、見つかりおって、情けない」
 つかつかと歩み寄ってくる少女を、ナッシュは軽くにらむ。
「あのなあ、そもそもあんたがクレープを三種類も食べたいなんて言い出さなかったらこんな手間はかからなかったんだよ!」
「なんじゃ、わらわのせいかえ?」
「それ以外の何だと……」
 ぱり、とシエラの手の中で空気がはじける音がした。
「ごめんなさい、俺が悪いです。だから雷はやめてください」
「わかればよいのじゃ」
 ふん、と胸をそらすシエラの隣で、ナッシュは肩をおとす。いつもの余裕などかけらもみられなかった。よほど彼女には弱いらしい。
「ナッシュ? なぜシエラ様と」
 クリスの問いに、ナッシュはにっこり笑った。
「ほらあそこの角に、最近クレープ屋ができてさ。おいしんだ、これが。はい一つどうぞ」
「え、あ」
 ナッシュはにこにこ笑いながら、三つ持っていたクレープのうち、ブルーベリーをクリスに、ハニークリームをリリィに渡す。
「じゃ、そういうことで」
「あ、ありがと……」
 笑ったままさわやかに立ち去ろうとしたナッシュは、次の瞬間立ち止まった。
「ナッシュ! このリリィ様はそんなクレープ一つでごまかされたりしないわよ!」
「お嬢さん……この往来の真ん中で人に剣をつきつけるのは危ないとおじさん思うなあ」
「はぐらかさないでよ! あんたがなんでシエラ様と知り合いなのよーっ」
「ん? おんしは……」
 最後に残ったストロベリーのクレープをナッシュから渡されたシエラがリリィを見た。リリィは剣を持ったままそれでも優雅にシエラへと礼をする。
「お久しぶりです! シエラ様。十五年前、ネクロードの花嫁にされそうだったところを助けて頂いた、リリィ=ペンドラゴンです」
「おお、あのときの幼子かえ? これはまた綺麗なおなごに成長したのう」
 言われて思い至ったらしい。シエラは少女の外見にはそぐわないほど落ち着いた、まるで母親のように穏やかなほほえみをうかべる。
 だが、よい再会の場面だとは思うが、両者ともナッシュに突きつけられたままの剣のことはまるで気にしていならしい。二人とも、外見はともかくいい性格をしているな、とパーシヴァルの脳裏を埒外のことがよぎる。
「しかし、シエラ様、失礼ですがなぜナッシュなんて怪しい男と?」
「なぜ……のう。なぜじゃろうのう?」
 くす、と笑うと、シエラは意味ありげにナッシュを見上げた。言外に、『お前が答えろ』と命令され、口から先に生まれてきたおしゃべり男は
「う〜〜〜〜〜〜〜〜〜」
 天を見上げ
「〜〜〜〜〜〜〜んんんん」
 地面を見下ろし(額に脂汗まで浮いている)、それから、消え入りそうな声で
「…………………………か、カミさん」
 とやっとつぶやいた。
「カミさん?! 奥さんってこと?!」
 リリィが大声で聞き返し、ナッシュが後ずさる。
「う、ま、間違ってない! 嘘でもない! だろう、シエラ!!」
「そういうことにしてやろうかのう」
「そういうことって……あんたそれはひどいぞ」
 必死の形相のナッシュの目には涙までたまっていた。
「カミさんって……その方がお前の言っていた、怖くて何でもお見通しの奥方か?」
 クリスが思わずこぼした言葉に、シエラのほほえみが少しこわばる。
「ほう、おんしはわらわのことをそのように言っておったのか」
 ずざ、とナッシュが音をたててその場から退避した。って、おいおっさん、クリス様の後ろに隠れるんじゃない。パーシヴァルが剣に手を添えつつほほえみかけるとナッシュは更に後ろに下がった。
「クリス、そういう不用意な発言はしないでくれ! いい女だってことも言ってただろうが!」
「あ、うんまあ、そういやそうだったな」
「今更フォローにはならないと思いますけどね……」
「パーシヴァル、傷口に塩を塗るような発言、ありがとうよ」
「どういたしまして」
 にっこり。嫌みたっぷりのパーシヴァルのほほえみに、ナッシュはうなる。
「ったく、疑問がとけたんなら俺はもう行くぞ。カミさんと久しぶりのデートなんだから邪魔しないでくれ。シエラ、行こうぜ」
「あ、ちょっと待ってよ!!」
 シエラの肩を抱いて行こうとしたナッシュの腕を、リリィがつかむ。
「リリィ?」
「待ってください、シエラ様。久しぶりにお会いしたのですから、お話がしたいです。今クリスたちと買い物をしているのですが、一緒にいかがです?」
「を?」
 シエラが、興味を引かれたような表情になったのを見て取り、ナッシュが嫌そうな顔になる。
 ササライが嬉しそうに手を打った。
「あ、それいいですねえ。ダブルデートに、もう一組加わってトリプルデート、いい案ですよ」
「え?!」
 逃げようとしたナッシュの肩を、がし、とパーシヴァルが掴む。
「私も賛成です。ナッシュさん、一緒に行きましょう」
「ちょっと……っ!!」
 ふりほどこうとしたナッシュの反対側の肩を、ササライが掴む。
「君も、たまには奥方に何かプレゼントしてあげたらどう? 少しくらいなら、僕も協力するから」
 完全にフリーズしてしまったナッシュの視線の先で、シエラを含む、彼女たち三人はもうすでにかなり盛り上がっていた。
「ササライ様……パーシヴァル……お前ら……」
「ふふ」
 にっこりと笑ってナッシュを拘束するササライとパーシヴァルの顔には一言一句違わず、同じ言葉が刻まれていた。
『おもしろいおもちゃ、みっけ』
 二組ならつまらないダブルデートも、トリプルデートなら楽しくなるかも。
 皆楽しそうに笑うなか、ナッシュだけがこの世の終わりのような顔をしていた。

ライン



ナッシエでパークリでササリリな話です
どの部屋に入れるかかなり迷ったのですが、
一番割をくってる人の部屋に格納
ナッシュがこのあとどれだけいじめられたかは考えるまい。
強く生きろ、ナッシュ

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