踊るなら、タンゴ

そうね、タンゴなら踊ってあげてもいいわ。

 ビュッデヒュッケ城、親睦を深めるというよりは、ただ楽しむためだけに開かれたダンスパーティーで、男に誘われたリリィ=ペンドラゴン大統領令嬢はそう答えた。
「タンゴですか」
 誘った男は苦笑いした。リリィは艶然と笑う。
「そうよ! だって今日のドレス、とってもタンゴにあうと思わない?」
「そうですね……」
 男は、リリィのドレスに目を移した。
 リリィは、深紅のシンプルなキャミソールドレスを着ていた。
 デザインはシンプルだが、生地は極上。光沢ある、けれど落ち着いた深い赤に白い肌が映える。
 太ももどころか足の付け根近くまで大胆にはいったスリットを気にもとめず、組んだ足からはほっそりとした足のラインがのぞいている。
 情熱のダンス、タンゴに、その姿は確かにふさわしい。
「おいリリィ、それはササライ様に対して……」
 リリィの隣で一緒に座っていたクリスが彼女をたしなめた。騎士服でなく、白いドレスを着せられているせいか、声はいつもより抑えめに。
「いーの! ねえそうでしょ、ササライ」
「ええ。貴女が踊ってくださるなら、お好きな曲で」
 リリィに挑戦的な視線を向けられ、誘った男、ササライはにっこりと笑った。クリスは半ばあきれ顔になってササライを見る。
 社交ダンスのナンバーでも、タンゴは激しい踊りだ。バレエのようにリフトをしないまでも、男性がかなり女性を支えてやれなければ成立しない。
 しかし、シックなダークグリーンのドレスシャツを身にまとったササライの体はほっそりと小柄で、ヒールをはいたリリィとは、視線の高さが同じだ。この体格差で踊るには、無理があるだろう。
「これでも軍人ですからね、体力には自信があるんです」
「あんた軍人を強調する場所間違えてるわよ」
 ドレスと同じ色のレースの手袋に包まれた手をリリィに差し出され、ササライは優雅に彼女を立たせる。
 二人の様子を見て、クリスは口を閉じた。
 何を言っても無駄のようだったから。
 もしササライが失敗すれば、怒り狂ったリリィによってこのパーティはぶちこわしになるだろうが、まあササライが勝算のない勝負をひきうける訳がない。
 そして、すぐにそれを思い知ることとなった。
「ネイ! 曲を変えて! タンゴよ。思いっきり激しいの!!」
 リリィのよく通る声でのリクエストに、すぐに曲は変更された。踊りやすいワルツから、情熱と狂気の曲、タンゴへ。
「勝負よ、ササライ!」
 前奏が始まるとともに、高らかにリリィは宣言する。
 その宣言通り、彼女は曲に合わせて、思い切りササライの腕を引いた。
 曲の激しさそのままにステップを繰り出す。
 普通の男ならそのまま引かれてたたらを踏むところだが、それを予想していたのかササライかかるくそれに合わせた。どころか、リリィの体を引き寄せる。
 ぴったりと、抱き合う程に密着して。
 反発して離れたリリィの勢いをうまく操って、今度はターン。
 くるりと綺麗にターンさせられて、リリィはササライを睨んだ。
 同じステップを踏みながら、ササライもまた挑戦的な瞳で微笑む。
 勝負は、これから。
 軽く引き寄せられたリリィはササライの両手を掴むとぐん、と思い切り後方に体重をかけた。
 背をそらせたリリィの頭が床にたたきつけられる直前、ササライが体を引き戻す。
 ぎりぎりの力勝負だが、軍人だと言った通り、彼には見かけ以上の体力があるようだ。
 起きあがってきたリリィの腰を抱きササライは至近距離でリリィの瞳をのぞき込んだ。
 とがめるように。
『支えきれなかったらどうするつもりでした!?』
『あら、貴方ならできると思ってたけど?』
 言葉ではなく、視線だけでそう、会話して。
 彼らは抱き合ったままターンを繰り返した。
 視線と、吐息と、腕をぴったりと寄り添わせて何度も。
 気が済むと同時に、リリィは前触れなく体を離した。くるりと反対方向に回ってササライから距離をとる彼女を、手が離れてしまう直前で、ササライはもう一度引き戻す。
 近づくのを嫌がるリリィの動きに合わせつつも、ササライは執拗に追いすがる。
 追いかけっこに最終的に勝利したのはササライだった。
 根負けしたリリィの腰を後ろから抱いて、ササライが微笑む。
 軽く睨まれると、ササライはリリィの体を反転させ、基本位置に戻した。
 リリィの背中を滑るササライの指先が、次のステップの指示を出すと、その通りにリリィはターン。
 けれど、指示通りはそこまで。
 その先を無視して余計にターンを繰り返したリリィを、予想していたのか、ササライが間一髪のところで捕まえる。
 踊りという名前の勝負。
 ルールは一つ、曲に合わせて美しく。
 絡むは視線。
 吐息ならば尚絡む。
 時に口づけさえ交わすほど近づいて。
 そのつないだ手がちぎれる程離れて。
 お互いに、触れる相手の熱に反応してステップを踏む。
 わき上がる、劣情そのままに。
 ターンを繰り返すたびに、リリィのドレスと髪と肢体が奔放に翻った。
 全てに手を伸ばし、
 ササライがやっと捕まえたところで曲が終了した。

「ササライ、やるじゃない」
 荒い息の下、それでも楽しそうに笑いながらリリィが言った。ササライはほほえみ返すが、これは多分にやせ我慢だ。
 好き勝手に動いて、悪戯をしかけてくる彼女と同等に踊るにはかなりの体力と、そして神経がいる。
 二人はホールからクリス達のいるテーブル席へと足を運んだ。(この曲の間、ホールは完全に彼ら二人の独壇場だった)
 ずっと見ていたらしい親友は、何故か顔が赤い。
「クリス、見てた? おもしろかったわよー!」
「ん……んん、まあその……すばらしかった…と、思う。うん」
 クリスはもごもごと何か葉の奥に引っかかったような返答をした。リリィは首をかしげる。芸能音痴なせいだろうか?
「どうしたの? クリス」
「ん〜〜や、その。……リリィ、すまないが耳を貸してくれ」
「ん?」
 リリィは素直にクリスに顔を近づけた。ちょうど、ササライも近づいてきたナッシュに呼ばれて離れたところだ。
「リリィ……あまり、外で情熱的なダンスをササライ殿と踊らないほうがいいぞ」
「何でよ」
 むう、とリリィはむくれた。
 今日のダンスは楽しかったから。
 そして、ササライと一緒に踊ったさっきの踊りは、間違いなく綺麗だったと、断言できる。
 それを言うと、クリスは複雑な表情になった。
「綺麗は綺麗だったし、素敵だったんだが……その、二人とも情熱的すぎてだな……」
「すぎて?」
「あれじゃ目の前でヤッてるのと同じだ」
 見てるこっちが恥ずかしい、と沈没した友人の赤くなった耳を見て、リリィはようやく事態を察した。
 ササライに目を向けると、ナッシュになにやら耳打ちされて、固まっている。どうやら似たようなことを言われたのだろう。
「〜〜〜〜〜〜〜っ!」


 その後、彼女はタンゴだけは踊らなくなったそうな……。

とか言っておいてベッドの中では踊ってたりして。
リズム感のない私は、ダンスを即興で踊れる人たちを尊敬します。
二人に似合うダンスは、タンゴとか、フラメンコとか、
情熱のリズムだと思うんですよね。
で、フラメンコはいまいち男性パートが地味なのでタンゴ。
……しかし、描写がどこまで伝わっているのかが不安……

精進しよう……

>戻ります