東の空がわずかに白みかけるのを感じて、シエラは目を開けた。
夜明けが近い。
ゆっくりと体を起こす。隣には子供のような表情で眠る男の顔があった。
夜闇の中、男の豪奢な金髪がわずかな光をはじいている。
つい半日前まで、シエラはこの男と共に戦っていた。
この世で最初の同胞を灰に返すためのシエラの戦い。
かろうじて同胞を輪廻の輪に戻すことができたのは、不幸にも巻き込まれたこの男のおかげだ。
勝利と、そして救い。
かつて愛した男を葬ったにもかかわらず、ひどく穏やかな気持ちでいられるのは、この男がそばにいてくれたからだ。
想いを、与えられたからだ。
シエラの闇を全て知りながら向けられた恋慕は、枯れたと思われていたシエラの涙さえ呼び戻した。
だがしかし……いやだからこそこのまま共に朝を迎えることはできない。
シエラはそっとベッドを抜け出すと身支度を整えた。
男の無邪気な寝顔にそっと口づける。
「すまぬ」
シエラには、まだ運命が待っている。
血と悲劇しかないその運命に、この優しい男を巻き込むわけにはいかない。
シエラは、荷物を持ち上げると部屋から逃げ出した。
空に舞う見慣れた影を発見して、ナッシュは口笛を吹いた。
「おーいドミンゲス! こっち、こっちだ!」
ピルル……と、可愛らしい鳴き声を出して、相棒はナッシュのもとへ舞い降りる。
「よし……良い子だ」
頭をなでてやると、ドミンゲスは甘えるようにナッシュの手を嘴でつつく。ナッシュはポケットからえさを出すとドミンゲスの前に出してやった。
「それで、首尾は?」
「バンゼン」
鳥特有の、妙に甲高い声でそうしゃべると、ドミンゲスはえさをつつきだした。それを聞いてナッシュは微笑む。
ザジとの因縁に決着をつけてから半年がたっていた。
家にも国にも帰ることもできず、相変わらずふらふらと旅をしている。
いや、目的が一つないわけではない。
それは女を探すこと。
一年近く前、任務を遂行していて俺をひっかけ、だまくらかして働かせたあげくに、逃げ出した女だ。
経緯だけ書くと、恨みで追いかけているようだが、ナッシュを突き動かしている感情は全く別のものだ。
執着より少し暖かくて、気まぐれよりずっと重くナッシュを支配している感情。
しかし恐らく、女はナッシュが探すことを望んでいない。
あの夜、求め合ったくせに朝にはいなくなっていたことがそれを物語っている。
彼女の前にあるのは、悲劇の道筋。
その運命にナッシュが巻き込まれることを望んでいない。
だが悲劇だからこそ。
「そんないばらの道に一人で放り出すなんてこと、できるわけないだろうが」
ナッシュは顔をあげた。
道の先に、街への入り口がある。
かき集めた情報によると、この街の宿に目的の女がいるらしい。ドミンゲスにも確認させた。
「ごめんな」
小さくつぶやくと、ナッシュは街へと足を踏み入れた。
ふと思いついた、小さなお話です。
お互いを思い合うからこそ、
相手の気遣いをあえて無視するナッシュとシエラ。
いじっぱりならではの話かも。
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