「なあ、触っていいか?」
「はい?」
いきなり声をかけられてパーシヴァルは顔をあげた。
「なんですか、いきなり」
見上げると、クリスが本当に不思議そうな顔でパーシヴァルを見下ろしている。
のどかな昼下がりの執務室。騎士服を着たまま何故か繕い物をしているパーシヴァルは、話しながらも規則正しく針を使っていた。
「……なんで視線はずしてもペースが落ちないんだお前は」
クリスが呆れる。
「貴女のつくった破れ目があまりに大きいので、ちょっと急いで縫ってるだけですよ」
ちくちく、ちくちく、針は均一に二枚の布を縫い合わせる。
今彼が縫っているのは、クリスが誤って引っかけて裂いてしまったカーテンだ。装具がカーテンにひっかかったところで、運悪くクリスがバランスを崩しそのまま尻餅をついてしまったのだ。
大きな裂け目ができてしまって呆然としていたクリスのもとに訪れたパーシヴァルは、天使に見えた。
それで、誰も来ないうちに繕い物をすることになったわけなのだが、パーシヴァルの手際のよさは、クリスの予想を超えていた。
「それで、触ってみたいというのは何ですか? 針は落とすと厄介なのでちょっと待ってくださいよ」
「私が触りたいのは針じゃない。お前の手だ」
「私の手、ですか?」
きゅ、と糸を引いて玉結びにすると、歯で糸を噛みちぎってパーシヴァルは縫い物を終了した。布を持ち上げて見てみるが、縫い目はあまり目立たない。あとで女官にこっそり伝えておけば大丈夫だろう。
「何故です?」
手を差し出すと、クリスは真剣にその手を眺めた。
しげしげと見ていたかと思うと、自分の手と相手の手を比べてみたりしているその様子にパーシヴァルも居心地が悪くなる。
「そんなに見ておもしろいものではないですよ?」
騎士の手はさほど綺麗なものではない。剣でできたまめのせいで手のひらは分厚くなっているし、指紋もところどころすり切れている。間接も節くれ立っていて傷だらけだ。(それは彼女も同じだが)
「そんなに私の手がおもしろいですか?」
「ああ、不思議だ」
「だから、何がです?」
「お前の指のほうが私のものより太いし、間接だって太いのに、なんでこんなに器用に動くのかと思ってな」
「……それが不思議ですかあ?」
パーシヴァルは呆れるが、クリスは大まじめだ。
「だって、その針なんてお前の指先くらいしかないんだぞ? それなのになんで自由自在に動くんだ! 私がそれをやったらまず二針目で指を刺してるぞ」
「的確な分析ですね」
「不器用なのは自覚してる」
だから、なお一層不思議なのだと言うと、パーシヴァルは笑った。
「要は慣れの問題ですよ。裁縫も料理も昔からやってましたからね。貴女も剣術なら見ないで型ができるでしょう?」
田舎育ちのパーシヴァルには兄弟が多い。
裁縫も料理も洗濯も農業も全部できなければ兄弟の面倒がみていけないせいか、なんでもこなせるようになってしまったのだ。
そういうと、クリスは口をとがらせた。
「絶対嘘だな。慣れでできるものなら私はとっくに全部できるようになってるぞ」
生来努力家の彼女のことだ。不得意な家事にも一度は挑戦し……挫折したらしい。
「だからこの手がどうしても不思議でしょうがないんだ」
クリスはまたパーシヴァルの手を見た。
魔法の手は、他の剣士とあまり変わらない。特徴があるとすれば、他の男性に比べて爪が丁寧に整えられていることくらいだろうか。
「不思議といえば、私にとっては貴女のほうが不思議ですよ」
パーシヴァルの言葉に、クリスは顔をあげた。
「何がだ?」
「剣を持たせたらどこまでも強くて、誰も敵わないのに、何故貴女の体は抱きしめるとそんなに柔らかいのか、とか何故貴女の肌はそんなに滑らかなのか、とか、何故貴女の髪はそんなに柔らかいのかとか」
ね、不思議だと思いませんか?
訪ねられて、クリスは真っ赤になる。
「お、お前な……!!」
「ねえクリス、触ってもいいですか?」
「い、いいいいいい今は昼間だ!」
ずざざ、と音を立てて後ずさったクリスを見てパーシヴァルが笑う。
「では夜ならよいのですね」
「……〜〜〜っ」
「昼間だからだめなのでしょう?」
「お前の不思議を私ももう一つみつけたぞ」
ほほえみながらゆっくりと間を詰めてくる恋人をクリスが睨む。
「何ですか?」
「お前は口も信じられんくらい器用だ」
「じゃあ触って確かめてみます?」
差し出された唇を、クリスはやはり唇で触れて確かめた。
パークリ祭り、お題「触ってもいいですか」で。
敬語なので、きっとパーシヴァルを想定したお題なのだろうな、と思ったのですが、
クリス様が触れたがるシーンでもおもしろいかなと思って作りました。
ほのぼの……のはずがなんか最終的にセクハラ話になってますが、
ま、パーシヴァルですし。
>戻ります