だからテディは大嫌い

「貴女が欲しい物って何ですか?」
 恋人達の祭典、バレンタインデーの翌日、恋人にそう尋ねられてリリィは顔をあげた。
「欲しいもの?」
「ほら、折角バレンタインデーにプレゼントを頂いたことですし、ホワイトデーのお返しをしなきゃ、と思いまして」
「プレゼント……ねえ」
 リリィは手に持っていたティーカップに目を落とす。
「別に、今特に欲しいものなんてないわ」
「そうですか?」
「絶対にいらないものはあるけど……」
「え?」
「ううん、なんでもないわ!」
 きょとんとしたササライの問いかけを一方的に中断し、リリィは紅茶を勢いよく紅茶を飲み干した。

そして、ちょうど一ヶ月

 リリィは、不機嫌に廊下を歩いていた。
「いや本当に申し訳ありません、リリィ様」
「申し訳がないってんなら来なきゃいいでしょうが!」
「そういうわけにもいかないんですよぉ……!」
「知らないわよ!」
 怒鳴りつけた相手は、目の覚めるような青の軍服を着たハルモニア将校だ。といっても、将校達の長、ササライではない。彼の従者である鷲鼻の将校、ディオスだ。
「お願いします、リリィ様! 貴女でなければササライ様の結界を解くことはできないんです!」
「だから、そんなの知らないって言ってるでしょー? 人にデートの約束しておいてすっぽかす馬鹿のことなんて!!」
 びりびり、と城中のガラス窓をふるわせて、リリィはまた怒鳴る。ディオスは耳を押さえて縮こまった。
 今日は3月15日、ホワイトデー翌日である。
 本来ならば、14日の昨日は恋人のササライとデートをして、プレゼントを受け取って、まあそれなりに幸せな一日を送る予定だった。
 実際、前日まではササライもしっかり覚えていたし、むしろ五月蠅いくらいに念押しをしていた。
 なのに。
 折角人がしゃれた服の一つでも着て待っていたというのに、あの馬鹿は何故か予告なしに予定をすっぽかしたのである。
 しかも今日になって従者が駆け込んできて報告したところによると、13日から部屋に閉じこもって結界をはっていて、閉じこもっているのだそうだ。
 部隊の長がその状態では困る、ということで唯一結界を破ることのできそうなリリィが引っ張り出されたわけなのだが、何故約束をすっぽかされたリリィが、わざわざササライの所に出向かなければならないのか。
 リリィはいらいらと頭を掻いた。
 それと同時に、ふと苦い記憶が頭をよぎる。
 それは、茶色のふかふかの毛皮の幻影を伴っていた。
 リリィの、一番欲しくないプレゼント、それはティディベアだ。
 女の子なら誰もが一度は手にするふかふかの可愛らしいぬいぐるみ。けれど、それはリリィにとっては寂しい子供時代の象徴だった。
 五歳のとき、約束を破った父親から渡されたテディベアに喜んでしまったのが悪かった。
 娘がそれで泣きやんだのを見た父親が、その後約束を破るたびにテディベアを送ってよこすようになったのだ。
 誕生日のときも、お祭りのときも、リリィがニューリーフ学園に入学するときも。
 おかげで、実家の自分の部屋には、現在父親が約束を破った回数のぶんだけテディベアが山と積まれている。
 テディベアなんて大嫌い。
 そして。
「人の約束破る馬鹿はもっと嫌いよっ!!」
 部屋を開けたらその場で絶対別れてやる!!
 そう堅く心に誓ったリリィは、ササライの部屋のドアを思い切りよく蹴破った。
 なんだか蹴った瞬間、どこかでガラス細工が壊れるような音がしたが、とりあえず気にしないことにして部屋の中を見回す。
「ササライっ、いるの?!……って、何これ……」
 部屋の中に入った瞬間、彼女を迎えたのは、部屋中に散乱する毛皮の切れ端だった。
 いや、毛皮だけではない。木くずと、綿、ボタン、糸……およそ軍人の私室には似つかわしくない手芸グッズがそこかしこにちらかっている。
「ん……え……リリィさん?」
 もぞ……と一際おおきな毛皮のかたまりが動いたと思ったら、そこからパジャマ姿のササライが顔を出した。いつもさらさらの茶色い猫っ毛はぼさぼさで、何故かその手は包帯が幾重にも巻かれている。
 翡翠の瞳は、しばらくぼんやりとリリィを眺めていたが、眺めて、今の状況を理解したとたん表情が固まった。
「リリィさん……? え? 何故ここにいるんですか?! って、あ、朝ーーーーー?!」
「朝どころではなく、15日の昼です、ササライ様」
 従者は申し訳なさそうに補足説明をつける。ササライは真っ青になって声にならない悲鳴をあげた。
「じゅ、じゅうごにち……?」
 呆然とするササライに、リリィはいっそ華やかな笑顔を向ける。
「そうよー15日よー。目が覚めたみたいね、じゃ、あたしはこれで」
「ああああああああ、リリィさん、ごめんなさい!! ごめんなさいっ!! これにはわけが……!」
 部屋から去ろうとするリリィに追いすがろうと、ササライは慌てて起きあがった。その拍子にササライの懐から何かのカタマリが転がり落ちる。
「何これ」
 足下に転がってきたそれを、リリィは拾い上げた。
「あ……っ、それは……」
 リリィが拾い上げた物、それは茶色の毛皮の、何かのぬいぐるみだった。ただし、至る所で木くずがはみだしていてずたぼろで、元の動物が何なのか判然としないが。
「ごみ?」
「ちがいますよ! テディベアですよ!!」
「……クマの耳はもっと短いと思うけど?」
「え? そうですか? うーん……難しいですねえ……」
 がんばって作ったのですけど、とササライは首を傾げる。
「これ、あんたが作ったの?」
「ええ。ホワイトデーにプレゼントを贈ろうと思ったのですけど、リリィさんって、お嬢様でしょ? 物のプレゼントってもらい慣れてると思ったんですよ。だから手作りにしようって思って……貴女の従者に聞いたら、テディベアを一杯持ってると言っていたのでお好きかと思ったんです」
 ササライはしょんぼり、とうなだれた。
「でも慣れないことはするもんじゃないですね。うまくいかなくて徹夜したあげくに当日すっぽかしちゃうなんて」
 包帯だらけの手でササライはこめかみを掻く。呆れたことに、包帯の数は利き腕のほうが多かった。
「リリィさん、少し遅くなってしまったのですが、そのクマ、受け取ってもらえませんか?」
「ササライ……これ、血がついてる」
「ええ? 本当ですか?」
 ササライはぎょっとしてリリィの手の中のぬいぐるみのようなものを見た。よく見ると、それは確かにササライが手を切ったときについた血で、ところどころまだらに染まっている。
「あんたこんな呪いがかかりそうな不気味アイテム、本気で恋人にプレゼントしようって思ってたわけ?」
 睨まれて、ササライが慌てる。
「あ……その、でも……! やっぱり手作りのほうがいいかと思って……」
「しょうがないからもらってあげるわよ」
「そうですよね、受け取れませんよね……って?」
「しょうがないからもらってやる、って言ってるの! 本当に手間がかかるわねえ」
「いいんですか?」
「まあ、こういうテディベアなら受け取ってあげなくもないわよ」
 リリィはむくれながらそう言うと、テディベアを抱きしめた。そして、びし、といつものようにササライに人差し指をつきつける。
「ただし! 昨日すっぽかしたぶんはきっちり埋め合わせしてもらうからね!」
「はい!」
 幸せに笑うササライを見つつ、リリィもこっそり笑っていたことササライには内緒である。

ネタはあったのに書く暇のなかった作品その2です。
リリィさんにプレゼントをあげるササライ氏。

リリィさんは、普通の宝石のプレゼントなんてもらい慣れてそうなので
ササライ様苦労しそうです。

最初、手作りのクッキー、なんてのも考えていたのですが
そうすると、リリィさんの胃腸が心配になったのでやめました。
(粉だらけで笑うササライさんというのも面白そうでしたが)


気がついたら、サイトが二周年を迎えてました。

忙しいですが、それを言い訳にせずにサイトを発展させていきたいと思います


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