彼の真実

「ロイ君!」
 廊下の真ん中で呼び止められてロイは足を止めた。
「なあに? リオン。僕はロイじゃないよ?」
 ふんわりと優しく微笑みながら、ロイは振り向く。この城の主であり、軍のアイドル(?)でもある王子そっくりに。
 頭にかぶった銀のかつらと、鮮やかな衣装をまとったロイは、傍目からでは王子にしか見えない。
 しかし、リオンは真っ赤に怒ってずんずんとロイに向かってくると、その目を睨んだ。
「いいえ、貴方はロイ君です!」
「どこが?」
「全部です! 影武者は、ばれていないから意味があるのですよ? 用もなく王子の格好をしないでください!」
「だったらあんたも大声でロイロイ言うなよなー」
 ここまで迷いなく断定されたのでは、ロイの負けだ。
 ロイは格好はそのままで座りこむと、いつもの調子で行儀悪く頭をかいた。
「ばれたら困るんだろー?」
「ロイ君がその格好をしていなければ言いません! それから、その格好でヤンキー座りをしないでくださいっ」
「座り方くらいいいだろうが。それから、この格好はあの軍師のねーちゃんのご命令ってやつだよ」
「ルクレティア様の?」
 その場で座り込んでいたロイを無理矢理立たせながらリオンが目を丸くする。
「作戦だとよ。まーあのねーちゃんの命令だからどうせろくでもないことだろうけど。どうだ、まだ怒るか?」
「座り方を直して頂ければ怒りません」
「へいへい……」
「返事は『はい』です!」
 ほとんど歳が変わらないはずなのに、姉のように叱りつけるリオンに、ロイは苦笑する。
 リオンはいつも真正面から叱るせいだろうか? ロイはリオンに叱られて腹が立ったことはあまりない。
「……女王騎士だろうが、叔母だろうが、結構みんな騙されるってーのに、お前だけは騙せないよなー」
「そうですか? 私はむしろ騙される方のほうがわかりません」
「そんなに違うか?」
「ええ、違いますよ」
 リオンは当然のようにさらりと答える。
 その目には一点の曇りもない。
「どのへんが?」
「全部です」
「…………あのな」
 影武者相手に、本人と全部違うと言い切るリオンもリオンだ。ロイは軽く舌打ちする。
「影武者として、後学のために聞いておきたいんだけど、どこが、どう違う?」
「そうですねえ」
 リオンは、言葉を切ると、じっとロイを見つめた。
 他意はないことはわかっているのに、一瞬ロイはどきりとする。
「目につくのは立ち振る舞いですね。王子は小さなころから儀式や式典に出席するためにマナーを学ばれていましたから、無意識に立ち振る舞いに気を遣っています」
「お育ちが違うってことか」
「そうではありません。王子だって最初はマナーを覚えるの、苦手でしたよ。ただ、他の貴族の目がありましたから、覚えなくてはいけなかったのです」
 王宮に巣くっていた貴族連中のたちの悪さはロイも知っている。恐らく、優雅に振る舞えなければ認められなかったのだろう。
「要は慣れと訓練ってことか? それは」
「そうなりますね。それから、言葉遣い、武術の型……一番決定的に違うのは表情ですね」
「表情?」
「王子はいつもとてもお優しい表情をされているでしょう? あれはただ優しいからだけじゃなくて、お強くて気高くていらっしゃるから。だから誰もが癒される柔らかなほほえみになるのです。今のロイ君には絶対真似できませんよ」
「……あーそーかよ」
 聞いていてだんだんいらついてきたロイは、そっぽを向いて答えた。
 だっておもしろくない。
 いつだって自分と王子を見分けるリオン。
 しかし、彼女が自分と王子を見分ける起点は結局は王子なのだ。
 どこまでいっても、王子は「本物」で、自分は「王子じゃない奴」でしかない。
 そう答えることなんてわかっていたし、事実そういう答えが返ってくる質問を投げかけたのはロイ自身だが、それで割り切れるものではない。
「ロイ君? 聞いているんですか?!」
「きーてるよ」
「聞いてるって顔じゃないです!」
 リオンがまたロイにくってかかろうとした時だった。
「リオン!」
 ロイとそっくり同じ声が、リオンに投げかけられた。
 リオンは、ぱっと顔を輝かせて振り向く。
「王子!」
 そこには、今のロイと同じ顔をして同じ衣装を着た本物の王子殿下がいた。
 リオンの言うところの、『本物』の王子様。
 彼女は、ロイには絶対向けない綺麗な笑顔を王子に向ける。
「どうされました? 王子」
「ルクレティアのたてた作戦で、また出なきゃいけなくなったんだ。護衛について出てくれる? あとのメンバーはもう声をかけてるから」
「はい! お供致します!」
 リオンは、嬉しそうに返事をしてロイの目の前から王子の側へと向かう。当然のようにならぶ、見慣れた構図。
 王子は、絵に描いたように上品な笑顔をロイに向けた。
「ルクレティアから話は聞いたよ。危険な任務だけど……ロイ、よろしく頼む」
「わーってるよ」
「ロイ君!」
 やる気のなさそうなロイをリオンが叱りつける。まあまあ、とぽややんとした笑顔のまま王子が割ってはいった。
「ロイなら大丈夫だよ。さ、リオン行こう?」
「そうですね……」
 肩にまで触れて、王子が促すとリオンは踵を返して自室へ向かっていった。王子もロイに背を向ける。
 と。
 王子がふと、顔だけロイを振り向いた。
 リオンはともかく王子が振り返るとはおもっていなかったロイはぎょっとする。
 そして更に驚くべきことに、王子殿下様は、んべっ、とロイに向かって舌をおだしになりやがった。
「……っ」
 あからさまな挑発に、一瞬頭が真っ白になる。
 こめられた意味は、目を見ればはっきりわかる。
(リオンに手を出すな)
 つまりそういうことらしい。
「……んだとコラぁ」
 ロイの頭の中を、先ほどのリオンの台詞がぐるぐる回る。
 あれの、どこが『気高い』って?
 あれの、どこが『癒されるほほえみ』だって?
「ただの男じゃねえか……」
 ぷつん、と頭のどこかで血管が1,2本切れた気がした。
 

ロイ視点での王子×リオンですー。
二人の間に挟まれて、ちょっとロイ君かわいそうです……

うちの王子はぽややんとしてそうだろうが、
受くさかろーが、しっかり男の子ですー。
がんばれ男の子!
(ロイ君含む)


>戻ります