輪廻

 突然だが、シエラは怒っていた。
「おいシエラ! 待てよ!!」
 それはもう、怒っていた。
「シエラってば!!」
 常は病的に白い頬を紅潮させ、紅い瞳を吊り上げて。銀糸の髪が乱れるのも気にはしない。
「シエラ!!」
「……」
 シエラは、そこで立ち止まった。引きずっていた巨大なトランクを道に放り出すと、ぜい、と息をつく。
「あー、やっぱそのトランク重いんだろう? 俺が持つよ」
「うるさい! さっさとおんしは帰るのじゃ! この馬鹿ジェクト!!」
「やだ」
 ジェクトとシエラは道の真ん中でにらみ合った。
 ことの発端は三日前にさかのぼる。
 重いトランクを持ってふらりと群島諸国まで足を伸ばしたシエラは、ふと、鍛屋に寄ってみた。
 彼女の武器は爪と、魔法なので特に用はなかったのだが、そこの親方が、昔の知人の変人刀鍛冶職人テッサイの弟子であると聞いて興味を覚えたのだ。
 そこにいたのが、今ついてきている男、ジェクトだ。
 弟子の一人としてそこで働いていた彼は、やってきたシエラを見るなり『あんただ』と言って、そのまま職もなにもかも捨ててついてきてしまった。
 一目惚れだと本人は言う。
「いいかげんにせよ! わらわは旅の連れは作らぬのじゃ!」
「それが十八年前からのルールだっていうんだろ? それは聞き飽きたよ」
「ならばさっさとあきらめよ」
「やだ」
 きっぱりと、ジェクトは言い切った。
 シエラはため息をつく。
 その強情さのためではない。その強情な仕草があまりにも似ていたから。
 彼に。
「俺は絶対に、シエラと行くんだ」
 そう言ってシエラを見下ろしたジェクトの見かけは似ていない。
 鍛冶職人にしては、少々頼りなげなひょろりとした長身。瞳は澄んだ夜の空の色。同色のまっすぐな髪を、無造作に背中にたらしている。
 金髪碧眼の彼とは、全然違う。けれど。
「わらわは、嫌じゃ」
「旅に道連れは必要だよ。そのトランクだって重いだろうし。荷物持ちでもなんでもいいからさ」
「余計にいらぬわ!」
 怒鳴りつけられて、ジェクトは耳を押さえた。
 その言葉は連れ以上に禁句だ。
 十八年前、彼を失って、それ以来誰かに荷物を持たれることすらつらい。
「そんなに怒らなくても……」
「いいかげんにせよ! わらわはもう、この運命に誰も巻き込むつもりはないのじゃ」
「自分の騒動にはだまくらかして強制的に巻き込んだくせに……」
 ぼそりとジェクトがこぼした一言に、シエラは身を固めた。
「何……?」
「あ、やべ」
 ジェクトは口を押さえた。
 ジェクトの住む町にきてから、騒動は起きてはいない(まあジェクトがついてきたというのが騒動だが)。それに、シエラの騒動そのものは、何十年も前に収束してしまっているのだ。
 何故彼がそれを言う?
 というより、何故彼がそれを知っている。
「ジェクト……その言葉、ことと次第によってはただではすまぬぞ」
「……やー……そのー……勘違いってことでー……ごまかされたりは」
「せぬ」
「……やっぱそう?」
 ぱり、とシエラの手の中で電撃がはじけた。
「ジェクト」
「しょーがないか。ま、いずれは言うつもりだったし」
 がりがり、とジェクトは自分の頭をかいた。
「あのさ、シエラ、俺今年で十八なんだけどさ」
「うむ?」
「そのわりには老成しているっていうか落ち着いている気はしない?」
「口は減らぬのう」
 ジェクトは、まあそんなとこだ、と苦笑した。
「それが何故かっていうと、俺の頭には、人間二人分の人生の記憶があるからなんだ」
「二人分の記憶?」
 シエラは目を丸くして、ジェクトを見上げた。
「俺の前の人生……前世っていうのかな? そのとき俺はハルモニアのある貴族の息子だったんだ」
「……はあ?」
 シエラの疑問を無視してジェクトは続ける。
「貴族の跡継ぎだったんだけど、ある男のおかげで家は没落、俺はハルモニアの工作員として働くことになった。……そして、綺麗な吸血鬼と出会ったんだ」
 言って、ジェクトはシエラをうっとりと眺めた。
「彼女の騒動に巻き込まれて、別れて……それから必死でさがして。で、結局その人のことを『カミさん』なんて呼ぶような仲になったんだけど、いかんせん、こっちは人間だったからね。何十年かして、俺は年をとって死んでしまうんだ」
「……」
「で、その吸血鬼に看取ってもらいながら、俺は心のなかで誓うんだ『絶対にすぐに生まれ変わって、シエラにもう一度会うんだ!』ってね」
 にっこり、とジェクトは笑った。
 十八年前死んだ、ナッシュと全く同じ表情で。
「なあシエラ、あんた信じるか?」
 ほほえみはどこまでも優しい。
「俺は、生まれる前からあんたのことが好きだったんだ」
 言われて、シエラは途方に暮れた。


これはありなのかどうなのか、と考えつつ書いた一本です。
なんかね、死んでもナッシュただでは転びそうにないなーと。
ちなみにこの生まれ変わりの人が刀鍛冶なのは
「パイレーツオブ○リビアン」のせいです。
ちなみにブリッツボールのスーパースターとは
全く関係がありません
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