相談

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 私は何故、今ここにいるのだろう……。
 ミルクティーをすすりんがら、クリスは根本的な疑問を自らに投げかけた。
 本日、ビュッデヒュッケ城の天気は晴天。春の柔らかな光をうけて、レストランはぽかぽかととても暖かい。そんないるだけで幸せになりそうな状況なのに、クリスの心の中は、土砂降りの雨が降っていた。気分が重い……ああ、しかも、胃まで痛くなってきた。
 クリスのそんな様子を知ってか知らずか、正面に座っている親友は、のんきにムースショコラをぱくついている。
(リリィ……お前、とんでもないのに惚れられたな……)
 クリスはふう、とため息をついた。

 ことは、昨日ナッシュがクリスの部屋にやってきたことに始まる。
「ク、リ、ス、ちゃ〜ん、いる?」
 窓から聞こえてきた能天気な声に、クリスは眉をひそめた。書類に走らせていたペンを止めて、顔を上げると、やはり能天気な顔をした金髪の三十男が窓枠に腰掛けている。
「いいかげんまともな場所から入ってくる癖をつけろ。それから、ちゃん付けで呼ぶんじゃない」
「んもー。これはおじさんなりの親愛の情なんだけどなあ。それに、正面から入ってきたら、君の騎士さんたちに追い返されちゃうでしょ? それは遠慮したいし」
「執務中だからな。だいたい、話ならレストランでもなんでも、外にいるときに声をかければいいじゃないか」
 言うと、ナッシュはしかめっつらになった。
「それがちょっとねえ、人に聞かせたくない話なんだ」
「……機密事項か」
 クリスの目が真剣なものに変わった。このおちゃらけ男は、見た目どおりの人間ではない。その真実の姿で時折語る情報には、見逃せないものが多くある。
 しかし、今回はそうではなかったらしい。ナッシュは慌てて手を振った。
「あ! いやいや、そんな深刻な話じゃないんだ。……や、深刻じゃないわけじゃないんだが……」
「今人に聞かせられないって言ったじゃないか」
「ん〜〜〜人にきかせられなかったりするのも本当なんだけど……いやいや」
「お前、変だぞ?」
 いつも立て板に水、とすらすら台詞が出てくるこの男らしくない。歯の奥にものが詰まったような物言いに、クリスは苛立ちを見せる。ばりばり、と頭を掻いたあと、ナッシュはずい、と顔をクリスに寄せた。
「まあ、言ってしまったほうが早いか。なあクリス、お前さん、人の恋愛に協力する気はないか?」
「……お前のナンパには、協力しないぞ」
 じと目で見られて、ナッシュは肩をおとした。
「俺、そんなに信用ないかなあ」
「ない」
「断言するなよ。おじさん泣いちゃうよ? まあ聞けクリス。俺の話じゃない。俺の上司の話だ」
「上司? というとササライ様か? なんだ、あの人までナンパをするのか?」
 ハルモニアはナンパ王国か。そんな台詞に、ナッシュは思わず窓から落ちそうになった。
「頼むから、それササライの前で言うなよ。ナンパじゃなくて、これは真剣な話なんだ。どうもササライの奴、ティントのリリィ嬢に惚れちまったらしくってさ」
「ササライ様が……リリィに?!」
 クリスが絶句した。その反応を予想していたナッシュは苦笑いになる。
「俺も、あの腹黒大魔王に恋愛するような部分がよくあったものだと思ったけどね。でも本気らしいんだ。ま、あの人と俺は付き合い長いし、これはちょっと協力してやろうかな、と思ったんだけど」
「……ササライ様が、リリィに……そ、そうか……」
 クリスは、ナッシュがなぜここまで歯切れの悪い物言いをしていたかがわかった。そしてわざわざ二人きりを狙ったことも。これは、人に聞かせられない。
「で、お前さんはリリィ嬢の親友だからな、協力してもらえるとありがたいんだが」
「協力ったって……私のような恋愛オンチにできることなどたかが知れているぞ? それに、その……リリィにササライ様を気にかけるよう、しむけるようなことは……」
「あー、そこまではさすがに期待してないって。俺が頼みたいのは、一つだけさ」
 『あの』疾風の騎士様の秋波を、五年もの間無視というか気付かずにいた超がつくほどの鈍のうえ、舞台演劇で史上最悪のブーイングをうける演技下手に、ナッシュは複雑なことを期待してはいない。
「女の子同士なら、恋愛の話だってよくするだろう? リリィに好きな男がいるかどうか、教えてくれないかな?」
「リリィの好きな男か?」
「うん。まあこれくらいは確認しておかないと話が進めようがないし」
 うーん、とクリスは唸った。言っていいものかどうか迷っているようである。
「……いなかったと、思うが」
「そっか! いや〜〜〜恩に着る!! よかった……いなくて」
「そんなに大仰にすることか?」
「クリスはササライのことをよく知らないからそう言えるんだ。リリィに好きな男がいてみろ! 暗殺命令が下るのは俺なんだぞ?」
 涙眼で迫られて、クリスはあとずさった。
「そんな、たかが恋愛問題でそこまでは」
「する。それも笑顔で命令するね。そういう奴だ」
 はうぅぅ、とナッシュはため息をついた。それを見ながらクリスは『そんなきれた人間をリリィとくっつけるのは危険なのでは』とも思う。いやしかし、そういう諸刃の剣にこそ鞘は必要で……いやいやいやリリィでは『剣に砥石』だ。
 予想外の相談事に、クリスも相当混乱しているらしい。
「リリィが今フリーっていうんなら、あとは……あ、そうだ、クリス、リリィがササライのことをどう思ってるか、なんてことは知らない、よなあ」
「知らん」
「……むー……なあクリス」
「リリィから聞き出せとか言うんじゃないだろうな?」
 ナッシュは大仰にクリスを拝んだ。
「お願いっ! それさえわかればあとはこっちでなんとかするからさあ」
「無茶を言うな! 大体、お前スパイだろうが。自分でリリィから口八丁手八丁で聞き出せばいいじゃないか」
「それができればこうしてここにいないって。あの心の広さが猫の額の五十分の一しかない上司は、仕事上のことであってもほかの男がリリィに近づくのを嫌がるんだ!」
「どういう表現だ……」
 頭が痛くなるのを感じてクリスは額に手をやった。ナッシュがぼそりと言う。
「ゼクセの老舗、リリエンベルグのナポレオンパイ」
「……!」
「いっつも行列ができてて、滅多に食べられない店の、人気商品だよなあ」
「ナッシュ?」
「喰いたく、ない?」
 う、とクリスはつまった。確かにアレはおいしい。だが、だからといってそれにつられて友人を売るような真似は……。
「ダージリンの新茶の茶葉もつける」
「や……その」
「しょうがない! じゃあ更にシフト操作もして、パーシィちゃんと一緒にソレでお茶ができるように画策してやるから」
 それができたらできたで問題があるような気がする。だが、最高のお茶菓子とお茶で恋人とお茶、というのは確かに魅力で。
「! ……く……」
「クーリースー……頼むよう。ちょっと聞いてみるだけじゃん。結果が良かろうが悪かろうが、それは問わないしさ。ね?」
「う……い、一回聞いてみるだけだぞ?」
「うん。それでいいよ。失敗してもおじさんサービスしちゃう」
 にっこりナッシュが笑い……そしてリリィとティータイムを迎えることとなる。





 と言ったものの……どう聞けばいいんだ?
 クリスは頭をかかえた。なんだか、年頃の娘におっかなびっくり恋愛話を持ちかける父親のような気分だ。非常に居心地が悪い。
『ササライ様のことをどう思っている?』などと単刀直入に聞いてみるとする。しかし、それでは確実に何故そんなことを聞いてくるのかと追求されるだろう。それはさすがにまずい。さりげなく人からものを聞き出すということのなんと難しいことか。
 大体、恋愛の話なんかリリィから言い出さないかぎり、したことなかったんじゃないんだろうか?
 ううん、と思い悩みながら、またティーカップに口をつけた。
「クリス、どうしたの? さっきから様子が変だけど」
「や、ちょっとナッシュに無理難題をふっかけられてな。たいしたことじゃないから」
「ふうん? あのオヤジ、あんまり無理言うようならあたしに言ってよ! 思い切りおしおきしてやるから!」
「そのうちな」
 はは、と乾いた笑いを漏らし、クリスはまた考える。一応ナッシュの話になったのだから、ハルモニア関係に話題をもっていこうかと思ったときだ。
「クリスさん、リリィさん!」
 大量の紙の束を抱えた城内パパラッチ、アーサーがやってきた。
「アーサー? どうしたの」
 リリィとクリスが顔を向けると、アーサーは二人に向かって紙の束から二枚、紙を取り出した。
「アンケートに協力してください!」
「アンケート?」
 リリィが受け取りながらきく。
「ええ。『ビュッデヒュッケ城いい男ランキング』というのをやっていまして。城内の女性に配っているんです!」
「また暇なことやってるわねー。それより、『ナッシュの白い美少女』の続報はどうしたのよ、続報は」
「やー、それが、集めた資料に何故か雷が落ちてて、取材続行が不可能になりまして」
「情けないわねえ」
「……私が答えていいものなんだろうか?」
 クリスは怪訝な顔で紙片を見つめる。
「あ! もちろん匿名で集計しますんで。そのへんは大丈夫です! ヒューゴさんにも協力してもらって、投票用紙は目安箱に入れてもらえばいいってことになりましたし」
「ふうん。あんたもたまには気の利くことするじゃない。わかったわ。投票しとく」
「ありがとうございます! じゃあ僕はこれで!」
 紙の束を抱えなおすと、アーサーはまた元気よく走っていった。
「やれやれ……壁新聞の内容もいつもこんなだったら罪がなくていいんだがな」
 アンケート用紙を見て、クリスが苦笑した。
「えー? そう? この程度じゃつまんないと思うけど」
 ぴらぴら、とリリィはアンケート用紙を振った。
「クリス、あんたは誰に投票する? ……って、愚問か。パーシヴァルって結構上位にきそうよね」
「リリィ……そ、そうだ! リリィ、貴女は誰に投票する?」
「え? あたし?」
 いきなり勢いづいたクリスに、リリィは驚く。
「そうだ」
 これでササライ、などと言ってくれると助かるんだが……!
 しかし、そこまで都合よくはいってくれない。
「えー? 今投票したくなるくらいの好みっていないのよね。大体、この城、美形は多いけど、みんなどっかっこっかおかしい性格だったりお手つきだったりするじゃない!」
 えらいいいようである。だが、ある意味正しい。クリスは決死の覚悟で提案した。
「……さ、ささササライ様なんてどうだ? ……そ、その……顔は……いいぞ」
「……なんでそこでササライが出てくんのよ。あんた今日本当におかしいわよ? ……そうねえ、ササライねえ」
 リリィはお茶を飲む。
「あれもやっぱりパスね。だって顔は確かにいいけど、年下じゃない! 年下、好みじゃないのよね。それに性格壊れてるし、腹黒いし、偉そうだし」
「……リリィは、ササライ様のことが嫌いなのか?」
 言ったクリスの顔は完全にひきつっていた。
「嫌いじゃないわよ。好みじゃないだけ」
「………………そうか」
 クリスは、この一件をどうナッシュに話そうかと考え、また胃痛を抱えたのであった……。



難産だったわりに、
途中からどこらへんが書きたかったか
解らなくなった一本です。
う〜〜ん、ササライ様、前途は多難です。
ノノモリさんのリクエストにおこたえして
おまけをつけてみました
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