優しくしないで お題:自惚れ

 だってあの人は誰にだって優しいのだもの。


 コンコン、というノックの音で、クリスは仕事の手を止めた。
 顔をあげると、優秀な従者がもうすでにドアへと向かっている。
「どなたでしょうか?」
「パーシヴァルです。よろしいでしょうか?」
 クリスが頷くと、ルイスがドアを開ける。そこにいたのは、湯気の立つ皿を乗せたワゴンを押す、パーシヴァルだった。
 無骨なブラス城の執務室に、突如出現した優雅なランチメニューに、部屋の空気が変わる。
「パーシヴァル、どうした? 今日は非番じゃなかったのか?」
 驚いて腰を上げたクリスに、パーシヴァルは、わざと困ったような表情を作る。
「非番は非番でしたけどね、暇なので料理に勤しんでおりましたら作りすぎてしまいまして。クリス様、一緒に召し上がってはいただけませんか?」
「作りすぎたってお前……この前の非番もそんなこと言っておしかけてきてなかったか? しかもあのときは夕食まで」
「あ、今日も夕食作っていいですか?」
「料理で一日が終わってるじゃないか。しかも、この間なんか弁当まで用意して乗馬にまで連れて行くし」
「楽しかったですねえ、あの日は」
 クリスの言葉など、全然聞いていない。部屋に入ってきたワゴンを見て、ルイスが顔を輝かせた。
「わあ……おいしそうですねえ! クリス様いいなあ!」
「あ……いや、確かにうまそうだが」
 クリスの動揺などお構いなしに笑うと、ルイスはパーシヴァルと入れ違いにドアを出る。
「じゃあ、僕は今日のお昼はレオ様と一緒に食べる約束をしていますので、これで失礼しますねっ!」
「あ、おい!」
 ぱたん、と閉まってしまったドアに追いすがる暇もあらばこそ。部屋には楽しげなパーシヴァルとランチとクリスが残される。
「そういえば今日から新作のタルトが食堂に並ぶんでしたっけ、レオ殿も相変わらず甘いもの好きですねえ」
 のんびりとしたパーシヴァルの声。心なしか、嬉しそうだ。
 振り返ると、とろけるように甘い顔でクリスに笑いかける。
「パーシヴァル」
「今日はチキントマトパイを焼いてみたんです。ちょっとパイ生地の層を多めにしたのでうまく焼けているか……」
「パーシヴァル、待ってくれ」
 楽しげにメニュー解説を始めるパーシヴァルを、クリスが制した。パーシヴァルは目を丸くする。
「どうされました? チキントマトパイ、お嫌いですか?」
「……チキンもトマトも好きだ。だが……」
 ちらりとクリスはワゴンの上を見た。
 そこに乗っているのはいずれもクリスの大好物ばかり。作りすぎた、とは言っているが、本当はクリスのために料理をしてくれていたのだろう。
 それがわかっているから、クリスは余計に胸が苦しくなって、眉をひそめた。
「クリス様?」
「やめて……ほしいんだ、こういうの」
「こういうの、といいますと?」
「料理を作ったり、乗馬に誘ったり……そんな優しいことしないでくれ」
 俯いてそう言うクリスの肩をパーシヴァルが捕らえた。
「なぜですか? ご迷惑でしたか?」
「いや」
「だったら何故」
「迷惑じゃなくて嬉しいから、困るんだ!」
 とうとう叫んだクリスに、パーシヴァルも表情を堅くした。膝を折ると、しゃがんでクリスの顔をのぞき込む。
「どうして……?」
「私がバカだからだ」
「バカ、ですか?」
「お前がそうやって優しいのは、ほかの女性全般に優しいのと同じなのに、自惚れてしまう」
 視線を無理矢理そらすクリスを、パーシヴァルの漆黒の瞳が追う。
「お前がそんなに優しくするのは、私が特別なんじゃないかって……」
 そんなこと、あるわけないのに。
 クリスは唇を噛んだ。
 その想いにとらわれたのはいつからだっただろうか。
 パーシヴァルが、クリスに笑いかけるたび、誘うたび、それがほかの女性達に向けられるものとは違っている、そんな気がしてた。
 特別な贈り物。
 特別な笑顔。
 そんなものが向けられるのは愛する相手だけのはずで。
 絶対に自分に向けられるはずがないのに。
 自惚れるくらいなら、いっそ優しくされない方がいい。そう思って訴えたクリスに、パーシヴァルはあきれたように口をあけた。
「なるほど、そりゃバカだ」
「……っ、!」
 突きつけられた言葉に、身を引こうとしたクリスの腕を、パーシヴァルは強引に引き寄せた。まだパーシヴァルが膝をついていたせいで、低い位置から引っ張られたクリスはそのままパーシヴァルの上に倒れ込む。
「パーシヴァル……っ」
 身を起こしたクリスを抱きしめ、その頬を片手で固定してからパーシヴァルはその瞳をまっすぐに見つめた。
「まず最初に断言しますが、クリス様!」
「な、なんだ?」
「あなたのそれは、自惚れではありません。事実です」
「……は?」
「大の男が、好きな女のためでもないのにわざわざ休日つぶして飯作ったりしませんってば」
 あれだけアピールしていたのに、気づかれてないのかと思った、と大仰にパーシヴァルはまた息を吐く。クリスはその様子を呆然と見つめた。
 自惚れではない。
 笑顔を向けられるたびに思ったことは、勘違いでもなんでもない。
 勘違いでないということは。
「クリス様、私はあなたを愛しています。ですから、あなたは好きなだけ私に優しくされて甘やかされていいんです」
 断言されて、クリスはようやく体から力を抜いた。
「なんだ……そうだったのか」
「それよりクリス様」
 くい、と顎を捕らえられてクリスは再びパーシヴァルの瞳をのぞき込む体勢になった。まだ抱きしめられているので、逃げられない。
「私に愛されていると自惚れると、どうしてそんなに困るのですか?」
 やや毒を含んだ、意地の悪い笑顔を向けられ、クリスはあっさり「降参」した。

自惚れてはいけないと自戒するクリス様と、
自惚れてほしいパーシヴァル。

純粋天然なだけに、こういう勘違いしそうです。
この後ルイスがどれくらいのタイミングで部屋に戻ってくることができたのか……
結構長めに昼休みとってそうです。


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