可愛い男


 トントントン、と規則正しい足音が自室に近づいてくるのを感じてキカは覚醒した。
 ソファに寝転がって昼寝していた体勢のまま、目を開けずに耳だけで足音の主を判断する。
 海賊の中にあってもいまだ軍隊時代の癖のぬけない足音。これはシグルドだろう。
 だんだん近くなるその音に対してせっかくむさぼっていた惰眠という快楽から抜け出すかどうか考えたキカは、そのまま目を開けない事にした。
 シグルドの用件はわかっている。
 この間密輸船を襲ったときのアガリの集計表だ。
 特に急いで目を通す必要のない書類。
 シグルドのことだ、入ってきてキカが寝ているとわかればそのまま書類を置いてほうっておいてくれるだろう。
 覚醒したときのまま、狸寝入りを決め込んでいるとノックの音がした。
「キカ様?」
 またノック。
 しばらくしてから、ためらいがちにドアが開く音がした。
 とん・・・とん、と足音が部屋の中に入ってくる。
「・・・お休み中、ですか・・・」
 小さなため息。
 そしてテーブルの上に書類が置かれる音。
 生真面目な男はキカの予想通りの反応を示した。
 ・・・・ここまでは。
「・・・」
 そのまま出て行くかと思ったシグルドは、しばらくその場で沈黙していたかと思うとキカの眠るソファに近づいた。
 男の体温が触れたかと思うと、ふわりとキカの体が宙に浮く。
(・・え?)
 驚いているうちに、シグルドはキカを抱いて部屋を横切ると彼女のベッドへ向かった。体をかがめるとそっとその体をベッドに横たえる。
 どころか、靴まで脱がせてシーツをかけてくださる。
(・・・お前はどこの素敵な下僕だ)
 おそらく単純に風邪をひいてはまずいと思ったのだろうが、あまり至れり尽くせり奉仕されるとさすがに気恥ずかしい。
 怒鳴りつけてたいところだが、今は狸寝入り中だ。
 そうはいかない。
 いい加減出て行ってくれとキカは心の中で悲鳴をあげた。
 しかし、シグルドはそのまま動かない。。
(シグルド?)
 その不可解な行動をいぶかしんでいると、シグルドは体をかがめてきた。
 狸寝入りを気づかれたか、と思ったがそうではなかったらしい。
 さらり、と顔にかかった髪を払われた。やさしく、ひどくいとおしげな手つきで。
 男はキカの寝顔を見つめているようだ。
「・・・キカ、様」
 ため息とともにつぶやかれる自分の名前。
 普段は押し殺している感情がそのまま吐息になる。
(シグ・・ルド?)
 シグルドはキカの手を取るとそっと指先にキスした。
「愛しています」
 その一言に、さすがにキカは目をあけた。
 瞬間、シグルドの黒い瞳と目が合う。
 シグルドはびきっ、と音がするくらいに硬直した。
「・・・・っ! ・・・・・き、キカ様」
「シグルド・・・・」
 見ているうちにシグルドの顔は耳まで真っ赤になった。
「し、失礼いたしました!!!」
 叫ぶや否や、シグルドは脱兎のごとく部屋から飛び出す。
 あとには呆然としているキカだけが取り残された。
「・・・あいつ」
 キカはそう言いながら体を起こそうとしたが、できなかった。だって。
 あのあまりのあわてように大笑いしてしまっていたから。
(あ、あいつはどこの乙女だ!!)
 荒くれどもばかりの海賊稼業。女と見れば略奪するのが当たり前。
 そんな中にあるというのにあの男は。
 寝ている女の手にキスをするのが精一杯。
 しかも気づかれたら気づかれたであの可憐な反応はどうなのだ。
 顔を赤らめて逃げるなど、今日び小娘でもやらない。
「なんであんなにかわいいんだあいつは・・・!!」
 しばらくの間ベッドの中で笑い続けたキカは翌日久しぶりに腹筋が筋肉痛になった。



久々のSS更新ー。
ということでシグキカでございます。
前の優しい男から連作で考えていたのですが今までぜんぜん作品にする暇がなかったので思い切って。
私の中のシグルドは「乙女」です。
そりゃーもう少女漫画の主人公かってくらいの勢いで!
そしてその乙女っぷりをキカ様に愛でられるのですよ。

いいんだ、キカ様が男前だからそれでバランスがとれるんだ。



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