Petit Lady Chapter3

 疲れたな……。
 夜闇の広がる窓の外を見やりながら、パーシヴァルは大きく伸びをした。行儀悪く執務室の机に腰掛けると、肩を落とす。
「お疲れですね」
 くすくすと笑いながら、ルイスが声をかけてきた。パーシヴァルは口の端だけで笑って返す。
 あれから、十人で始めた缶けりはなぜかどんどん人が増え、最終的に城内無差別缶けり大会というとんでもないものに発展してしまい、大変だったのだ。お守りをしていたパーシヴァルの負担は当然人数が増えるたびに加算されていき、夕食どきにワイアットの格好をしたジンバにクリスを預けたときにはもうへとへとだった。
 それが一刻前。夕食を食べ、アラニスたちとお風呂に入ったクリスは今隣の私室で日記を書いている。一人前に、日記を人に見られたくないのだそうだ。
 パーシヴァルの鼻腔を、紅茶のよい香りがくすぐる。
「はい、ミルクティーいかがですか?」
「頂くよ」
 ブラス城におつかいにいっていたため、今回の騒ぎの被害をうけていないルイスが、紅茶を差し出す。疲れた体に、ミルクティーの甘味が心地よかった。
「やれやれ、子供の体力は、大人とは違うな……」
「でも二三日のことなんでしょう? 明日は僕も手伝いますし、なんとかなりますよ」
「お前さんは結構子供受けしそうだしな。頼りにしてるよ」
「まかせてください!」
 二人は笑いあう。コンコン、というノックの音が割って入った。
「はい、誰でしょう?」
「ジンバだ」
 扉を開けると、パーシヴァルの予備服を着込んだジンバがそこに立っていた。パーシヴァルなどは意外だったのだが、ジンバは結構騎士の制服が似合う。こうしていると、ゼクセン騎士団の一員だといっても、誰も疑わないだろう。
「クリスに、おやすみなさいを言ってやる約束をしたんでね。いいかい?」
「ああそういえば、どうぞ、お入りください」
 ジンバは上機嫌で部屋の中に入ってくる。対する騎士と騎士見習は、少々不機嫌になった。父親役なのだからしょうがないのだが、よその人間にクリスがべったり甘えている様子は、少々妬けるものがあったからだ。
「クリスは今何を?」
「日記を書いてます。習慣なのだ、といってましたけど」
 パーシヴァルの説明に、ジンバは目を細める。
「そういやそんなこともあったか……」
「ジンバ殿?」
「あ、いやなんでもない。独り言だ」
「はあ……」
 パーシヴァルが私室の戸を開けると、クリスはもうベッドの上で丸くなって寝ていた。待っているうちに疲れてしまったのだろう。無理もない、とパーシヴァルは思う。
「なんだ、寝てしまっているのか」
 残念そうに言って、ジンバはベッドサイドにかがみこむ。寝顔を見ているジンバは、戦場で見かける顔とは打って変わって、とても優しげで、そして悲しそうだった。
「おやすみ、クリス」
 そう言って、クリスの額にキスすると、ジンバは立ち上がる。あまりにもぴったりはまっていた親子の構図に、ぼんやり見ていたパーシヴァルは、はっと我に返った。
「……その方は、一応うちのなんで、そういったなれなれしすぎる行為は控えていただけると嬉しいのですが?」
 パーシヴァルが軽く睨むが、ジンバはどこ吹く風だ。
「お父さんにこれくらいは許してくれよ」
 私室から、執務室へ移動する。パーシヴァルもあとに続いた。
「まあ何にせよ、いい冥土の土産ができた。感謝するよ」
 笑うジンバに、紅茶の片付けをしていたルイスが呆れる。
「どうしてナッシュさんといい、ジンバさんといい、働き盛りなのに年寄りくさいことを言うんだろう……」
「年寄りだからさ。さて、じゃあおれは行くよ、おやすみ」
 男相手だというのに軽くウィンクして、ジンバは去っていった。ふう、とパーシヴァルは肩から力を抜いた。
「やれやれ、今日の仕事はこれでおしまいかな?」
「そうですね。クリス様も寝ていらっしゃるようですし……」
「……っと、そういえば机の上のランプを消してなかったな。ルイス、俺が消してくるから、先にあがっていいよ」
「はい」
 ルイスの返事を聞きながら、パーシヴァルはクリスの私室に戻った。小さくても火は火、子供のクリスが倒して火事にでもなったらおおごとだ。
 部屋に入ると、寝ていたはずのクリスが体を起こしていた。
「クリス様? 起こしてしまいましたか」
「……お父様は?」
 寝ぼけ眼で、クリスは辺りを見回す。
「先ほどおやすみを言いにいらっしゃってましたよ」
「えー……そうなの?」
 クリスの頬が膨れた。今からならジンバを呼び止めることも可能だろう。だが、またあの挨拶をクリスにされるのかと思うと、ちょっと抵抗がある。少し考えた後、パーシヴァルはベッドサイドに座り、クリスの手を握った。
「私で我慢してください」
「パーシィで?」
「クリス様が眠るまで、私がそばにいてあげますから、それじゃだめですか?」
 言うと、クリスは満面の笑顔になった。
「うん、いい。パーシィがいるなら!」
 上機嫌のクリスは、パーシヴァルによじ登るようにして抱きついてきた。
「ふふ、パーシィ、だーい好き!」
 ちゅっ。
 珊瑚の粒のようなクリスの唇が、パーシヴァルのそれに触れる。驚いたパーシヴァルの目の前で、更に驚くべきことが起こった。
「……え?」
 燐光が、クリスにまとわりついていた。その光は次々に数を増やし、ついには彼女自身が輝きだす。
「クリス様?」
 その後の変化は、劇的だった。
 まず、髪が伸び始めた。そして手足が、体が、緩やかに成長を始める。
 子供から少女へ、少女から女へ。
 さながら、蝶が羽化するかのように。
 銀の髪が腰まで伸び、顔や体が見知ったものへと変化したところで、成長はとまった。そして、光も収まる。
 閉じられていた瞼が開き、アメジストの透き通るような瞳がのぞいた。
「クリス、様?」
 呼びかける。珊瑚色の形の良い唇が言葉をつむいだ。
「パーシヴァル?」
 まだ、焦点のあってない声。だが、それはいつもの彼女の口調だった。
「は、はははっ、貴方だ!」
 パーシヴァルは思わずクリスを抱きしめていた。
「パ、パーシヴァル?」
「よかった……。このままじゃロリコンになるしかないのかと、内心ひやひやしてたんですよ?」
「パーシヴァル?」
 抱きしめたまま離さないパーシヴァルを引き剥がそうとして、クリスは気づいた。彼女は、裸だった。そう、布切れ一枚も身に付けてはいない。
 夜。部屋に二人きりで男に抱かれていて。しかも自分は何も着ていない。
 直前まで子供服を着ていたのだが、成長の途中でそれは布切れになっていたし、そんなことは、クリスに分かりはしない。
「パーシヴァル?」
「はい、クリス様」
 にっこりと笑いかけた男に向かって、クリスは拳を振るう。そして、城中に怒鳴り声が響いた。
「何をやっとるんだ、お前は!」



「今日はさんざんだったな……」
 私室のドアをくぐりながら、クリスはため息をついた。
 クリスが子供になった日の翌日。城内を回ったクリスは、あちこちで子ども扱いされ、たいそう難儀していた。
 こんなことをやっていた、あんなことをした、と言われるのだが、あいにくクリスに記憶はない。そんなことをされても混乱するばかりだ。ルシアのところへいけば、飴をもらい、ヒューゴには「あげるってやくそくしたから」と木彫りのお守りをもらい(ヒューゴが作ったらしい)ジョー軍曹には子供用の木刀をもらう。そしてレストランに行けば、注文もしてないのオムライスが出てくる(嫌いではないが、その中央に立てられた旗はどういう意味だ)。極めつけはリザードたちで、挨拶に行くと、なぜか皆にかわるがわる頭をなでなでされた。
 ……何をやったんだ、自分。
 人当たりがよくなったので、まあよい方向に働いたのだということは分かるのだが。
 それでも非常に困惑する。
 ふう、とまた息を落とすとベッドに腰掛けた。
「やれやれ」
 それに加え、元に戻ったときそばにいた人物が問題だった。裸のクリスを抱きしめた、あの男。
 なんとも思わない相手ならばすぐ忘れることもできよう。だが、彼はパーシヴァルだった。
 部下や同士、そんな普通の感情以外の思いを彼に寄せていると気がついたのはつい最近。気が付いて、それをどう扱えばよいのか、不器用な自分に戸惑っていた矢先だったというのに。
「これじゃきまずくて顔を合わせられないじゃないか……」
 途方に暮れる。その言葉がぴったりくる状態だった。
 そんな彼女の思考を遮ったのは、ノックの音だ。
「はい?」
「クリス様、ちょっといいですか?」
「ああ」
 入ってきたのは、今考えていた相手、パーシヴァルだった。クリスに殴られ、騎士団連中の袋叩きにあいかけた彼の顔には、まだ湿布が張られている。まともに顔が見れなくて、クリスは視線をそらした。
「部隊編成表をお持ちしました。それと、劇場の脚本もあります」
「そう……置いておいて」
 見向きもしないクリスに、パーシヴァルはため息をもらす。
「つれないですねえ。昨日はパーシィ、パーシィとなついて下さっていたのに」
「その話はよせ。全く、身に覚えがないからむずがゆくてしょうがないんだ」
「結構好評だったんですよ?」
 クリスはパーシヴァルに向き直る。
「しかし、話に尾ひれがついて何がなんだか……しかも、クィーンやリリィなんかはわざと嘘を教えているフシもあるし」
 ふむ、とパーシヴァルはあごに手を当てた。
「それなら、ご自分のつけた記録はいかがですか?」
「自分?」
 パーシヴァルはクリスの机をごそごそといじり始める。
「確か昨日日記を書いてらっしゃったんですよ。拝見したかったのですが、「パーシィは見ちゃ駄目」って怒られまして。あ、あった」
 そして、クリスに真新しい日記帳が渡された。その表には殴り書きで「くりす」と書いてある。そういえば、小さい頃滅多に家に帰ってこない父に、今まで何をしていたかすぐにお話できるように、日記をかいていた覚えがある。
「紅茶、いれましょうか?」
「頼む」
 パーシヴァルは茶器をいじり始める。それを見届けてから、クリスは日記のページを開いた。
「……!」
 一瞬の間。クリスはそのまま凍りついたように硬直する。
「お茶はいりましたよー、ってどうされました、クリス様」
 日記を覗き込もうとしたパーシヴァルの目前で、クリスは力いっぱいそれを閉じた。彼女の白い肌が耳まで真っ赤に染め上げられている。
「クリス様? 何か変なことでも書いてあったのですか?」
「い、いいいいいいいやなんでもない。なんでもないぞっ」
 その様子はどう見てもなんでもなくはない。
「クリス様?」
「本当になんでもないったら!」
 日記帳を後ろ手に隠し、立ち上がる。その拍子に、日記帳は手から滑り落ちた。
「あっ……」
 運の悪いことに、日記帳は書いてあったところを表にして広がる。そこには、こう書いてあった。


きょう、かっこいいきしさまに、たすけてもらいました。
おおきくなったら、くりすはきしになって、
それから、ぱーしぃのおよめさんに、なりたいとおもいます


そのころのボルス(in トラン)そのころのナッシュ(in 牢屋 with ギョーム)

なんだかんだいって、おちはパークリ。
でもキャラクター数が多くて目が回りそうでした。
お楽しみいただけたでしょうか?
今回自分的ヒットは死にかけのボルスと
かわいそうなナッシュです(ナッシュ? 大好きだよ!)
>帰るわよ!