お得感

「あれ、パーシヴァル」
 階段を上がりきったところで声をかけられて、パーシヴァルは顔をあげた。見ると、廊下の先に銀髪の女性騎士が立っている。
「クリス、貴女もガラハド様にご用時が?」
 返事をしながら、パーシヴァルは相好を崩した。男だらけの騎士団のなかで、ただ一輪咲く百合の花を見つけたのだから当然だろう。
 まして、その花が己の恋人ならなおさら。
「ああ。呼ばれてな。パーシヴァルは?」
「書類を届けに来たんです」
 評議会から送られてきた書類の束を持ち上げると、クリスが苦笑した。
「相変わらず評議会は書類が好きだなあ」
「まあそれが仕事ですからね」
 言い合いながら、二人で連れだって歩く。その距離が、どことなくぎこちないのは、恋人としてのつきあいがまだ浅いからだろう。
 騎士としてならばともに過ごした時間はとても長いのに、不思議な話だとクリスがくすぐったそうに笑ったのはつい昨日のことだ。
 二人並んで騎士団長執務室のドアの前に立ち、ノックをすると、中から威厳という名の重みを持った声が応えた。
「失礼します」
 部屋に入ると、ゼクセン騎士団長ガラハドと、副団長ペリーズが二人を迎えた。ガラハドは、クリスと一緒に入ってきた男を認めると、眉を上げる。
「ん、パーシヴァルお前も一緒か?」
「さきほど廊下で一緒になりました」
「そうか……で、パーシヴァルの用件の内容は評議会の書類か。ではクリスの用を先にすませたほうがよさそうだな」
 言うと、ガラハドは机の引き出しをあけた。
「ガラハド様、私の用件とは何でしょうか? こちらに来るようにと伝えられただけなのですが」
「ああたいしたことじゃないんだ。実は家内からこれを預かってきていてな」
 言って、ガラハドは机の上に箱を一つ置いた。
 リボンをかけられたその平たい箱は、中身が相当軽い物らしく、小さな音をたてて机の上におちつく。
「奥方様が? 何でしょう」
「開けてくれ」
 戦場においては、敵に悪鬼とさえ呼ばれる騎士団長は、にっこりと暖かな笑みをクリスに向けた。団長、副団長、パーシヴァルに見守られながらクリスは箱を開ける。
「これは……」
 箱を開けて、クリスは手を止めた。
 箱の中に入っていたのは、白いブラウスだった。シンプルな、けれど上品なデザインのそのブラウスは、胸元に小さく白百合が刺繍されている。
「家内がお前に、とな。確か今日がお前の誕生日だったろう?」
「……っ、あ、ありがとうございます!!」
 ブラウスを抱きしめるとクリスは真っ赤になってお辞儀した。その目の端には、わずかながら涙がにじんでいる。
「そんなにかしこまらなくていいぞ、クリス。家内にとっては、お前にプレゼントを用意すること自体が楽しいんだから」
「いえ! かしこまりますよ! 奥方様からこんな素敵なプレゼントをいただけるなんて、嬉しすぎてどうお礼をすればよいか……」
「なら、たまにうちの家を訪ねてくれないか? うちの夫婦に子供がいないせいか、どうも家内はお前を自分の娘のように思っている節があってなあ」
「そんなことでよければいつでも……」
「まあもっとも、そう思っているのは家内だけではないがな」
 にやり。
 言葉以上の意味を含めたガラハドの笑いに、クリスは耳まで真っ赤に染め上げた。
「そそそそそそれはっ……ガラハド様!」
「だから、できるだけ私が休暇のときに来てくれるとありがたいのだが、いいだろうか?」
「了解しました!」
 混乱しているのか大まじめなのか、クリスはブラウスをもったまま敬礼をする。
「お、おいおいおい」
「では!」
 ガラハドが止める間もあらばこそ。箱を持つと、クリスはぎくしゃくと部屋を出て行った。
 廊下で転んだらしい、がしゃん、という音が届いてきて、部屋に残っていた三人の顔から笑いが漏れる。
「かわいいなあ、うちのお姫さんは」
 ガラハドはくっくっく、と腹を抱えて笑っている。
「ガラハド様、ずるいですよ」
 ずっと黙っていたペリーズが不服そうに言った。
「クリスを娘のように思っているのは私も一緒なのですから」
「お前のところは息子が二人いるだろう」
「娘となると別ですよ」
「ものは言いようだな」
 言い合いをしているペリーズとガラハドの前にパーシヴァルが書類を置く。
「お父上が二人もいらっしゃって、クリス様は幸せものですね」
「そうだろうか」
「むしろお父上が沢山いらっしゃってお得なのではないかと」
 パーシヴァルの軽口に、ガラハドとペリーズは笑う。
「だといいがな。クリスには感謝しているよ。あいつのおかげで、娘を持った父親の気分が味わえたから」
 ガラハドは幸せそうに笑う。と、その笑みがふと止まった。
「ああ、父親気分といえば」
「なんでしょう?」
 パーシヴァルが顔をあげた。ペリーズも不思議そうな顔になる。
「娘を持った気分になるのは嬉しいが、娘を嫁にやる気分というのはあまり嬉しくないなあ」
 ペリーズの顔はまだ笑っていたが、目が笑っていなかった。
 その一睨みで敵が射殺せるのではないかと噂される、鋭い眼光が何故かパーシヴァルをひたと捉えている。
「ガラハド……様?」
「そうですねえ、嬉しくないですねえ」
 ペリーズもまた、顔だけ笑ってパーシヴァルを見ていた。
 クリスと恋人となったのはつい三日前だ。そして、職場が職場なので、その関係はもちろん秘密にしてある。
 クリスは嘘がつけない性格だが、人にほいほい秘密をしゃべったりはしない。
 パーシヴァル自身も、秘密をそう人に気取られるタイプではない。
 なのに。
(この二人は何故知ってるんだ!)
「パーシヴァル」
 ガラハドに静かに声をかけられて、パーシヴァルは顔をひきつらせながら返事をした。
「何でしょう?」
「愛娘を嫁にやったあと、相手が浮気とかしたら、父親っていうのは怒るんだろうなあ……」
「そ、そうですか?!」
「まあ浮気はしなくても、泣かせていたりした時点で私などは許しませんけど」
 ペリーズの声も静かだが、その下に、溶岩のようなものが垣間見える。
 ここにこれ以上立つくらいなら、敵陣に一人放り出されたほうがまだましである。
「まあパーシヴァル、普通にクリスとつきあっていては味わうことのできない舅との会話ができて、相手の男もお得だと思わんか?」
 にっこりと、いっそ爽やかに笑い、ガラハドはパーシヴァルの肩を叩いた。
(全然得じゃありません!!)
 ゼクセン騎士団最強コンビに挟まれ、パーシヴァルは声にならない悲鳴をあげた。



 オフラインで発行していた本のねたっす。
 前団長&副団長ご存命話。
 漫画版だと、クリスは団長のことを父親のように思っているのですよ。
で、団長のほうはどう思っていたのかなーと。
 娘みたいに思っていることはいいのですが、
そのおかげでパーシヴァルにとばっちりが。
しかも、ワイアットさん、実は死んでませんからね。
更にシックスクランとの同盟後、いじめられたりして。
 舅三人?
 ……かわいそーに…………。

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